めざめとであい。
別れの痛みは、再開の喜びに比べれば何でもない。
ーチャールズ・ディケンズ
「今日から学校寮でしょう?…寂しくなるわね」
「大きな休みの時は帰って来るよ。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
私はお母さんに別れを告げて、新しい高校へと一歩を踏み出した。
私の名前は朱野 莉乃。
勉強が人よりできて、運動が壊滅的な、普通の女の子。
けれど、私には一つだけ、他の人とは違うところがある。
それは、
前世の記憶があることだ。
私は前世の記憶をもって、この世界に生まれた。
記憶が戻ってきたのは小学3年生の頃。
突然18年分の記憶をぶち込まれて酷い高熱を出した。
それは4日で収まり、気付けば私は前世の記憶をもっていた。
名前は同じだったから、試しに"莉乃 殺人事件"で検索をかけてみた。
そしたら、私の知っているお話を書いた記事が何個も出てきた。
"女子高校生が幼馴染の同級生を殺害" "ナイフで滅多刺し…怨恨殺人の線が濃厚か"
"滅多刺しの凄惨な現場…犯人は自宅で首吊り自殺"
…見なきゃ良かったと思う。
誰も、私のことも鈴花のことも理解していない。
私にとって、この人生は苦痛だった。
別に、不幸だったわけじゃない。
ただ胸の奥に穴が空いたみたいな、空虚感がこの15年間ずっとあった。
大切なものが欠けたまま、意味もなく生きていること。
それは思いの外苦しいことだった。
私はふと、そんなことを思い出しながら新しい通学路を歩いた。
やがて、桜並木の向こうに大きな校舎が見えてきた。
鷺ノ宮学園。
中高大一貫の学園で、私は高等部からの新入生として入る。
割と名門でもある。
けれど、今日はまだ登校日じゃない。
今日の目的は学園寮の手続きだ。
ここは中高大それぞれに学園寮が用意されており、全ての生徒は入る権利を持っている。
勿論入らない選択もできるけれど、私は寮を選んだ。
別に私の家が学園から遠かったわけじゃない。徒歩15分圏内だ。
選んだ理由は単純。
家に居たくなかったから。
鈴花がいない日々は恐ろしく透明で、空っぽだった。
あのまま家に居続けたら、お母さんに"何の感情も抱いていない"ことがバレてしまいそうで。
だから私は逃げた、あの家から。
◇ ◇ ◇ ◇
「初めまして。ここの寮長を務めている田辺 亜紀です」
寮の手続きを終えた私は、寮長に会いに行った。
寮長に部屋の場所を教えてもらうためだ。
「初めまして、朱野 莉乃です」
亜紀さんはにっこりと微笑むと、私を先導しながら部屋へと案内してくれた。
私は亜紀さんの後ろ姿を見つめた。
引き締まったモデル体型に、綺麗な長い黒髪。
決して主張しすぎない、けれども確かな存在感を放つ胸。
そして美しさを放つ所作の一つ一つ。
鈴花には劣るけれど、モテそうな人だ。
「…そういえば、先輩はーーー」
「あぁ違うよ、私は莉乃ちゃんと同い年」
「そうなんですか!?」
驚きだ。
背も高くて、大人な雰囲気を纏っている亜紀さん。
まさか同級生だったとは。
「でも、この学園では一応先輩かな?中等部の時からいるからね」
「じゃあ…亜紀さん、で」
とりあえず、心の中の呼び方と一致させることにした。
「そういえば、何が聞きたかったの?」
「あ、大したことじゃなくて。私のルームメイトはどんな人なんだろうなって」
「莉乃ちゃんの?41号室の人ってことだよね…えっと…あ、織本さんのことかな」
織本さんっていうのか。
「静かで…落ち着いてて、あんまり感情が動かない人だね」
「そうなんですか」
丁度いい。
私にいちいち話しかけられても、私はその人に興味を向けることができない。
だから、関わってくることが無いならそれでいい。
「あ、ついたよ。ここが莉乃ちゃんの部屋ね」
「ありがとうございます」
「もう織本さんは中にいるから、挨拶済ませちゃってね」
「はい」
扉の前で亜紀さんと別れて、私は扉を開いた。
「失礼します。今日からお世話になる、朱野と言いまーー」
そして私は、言葉を失った。
そこには。
「あ、織本です…よろしくお願ーー」
私と同じように、口と目を開いて呆然とする、鈴花がいたからだ。
二度と見るはずのなかった顔。
世界で一番愛おしくて、そして私が壊した。




