10−13 北の森 (1)
入手した金貨で馬車くらい雇える筈だったが、クライブが親を説得して馬車を用意してくれた。その馬車で北の森に向う事になった。
「モイラがこれから後ろ盾無く生きていくには、お金は取っておく方が良いだろう。国防の為ならハワード家も馬車くらい出すさ」
モイラは恐縮してしまっている。
「お手数をおかけして申し訳ありません」
「何、有能な魔女と縁を繋いでおくのは良い事だからね」
「私は大した能力が無いのですが…」
今まで周囲から散々な扱いをされてきたモイラは自己評価が低かった。クライブもこの女性が萎びているのには同情している。
「こちらにクリスティンがいなかったら大事になっていたさ。二人が仲良くなってくれて良かったよ」
クリスティンが隣に座るモイラの手に自分の手を重ねて、モイラを見てにっこり笑った。モイラもこの年下の友人の温もりと笑顔に癒される様になっていた。
王都から北上して、王家の別荘近くの南方の農村にクロフォード男爵は拠点を用意していた。別荘より北に進むと、北の国に進出したノルマン公の部下と思われる工作員の連中の目に付くと思われたのである。そこで粗末な馬車に乗り換え、一行は王家の別荘を東に迂回して林の中を北上して行った。
その北の国の領土内では、ノルマン公の部下ジョゼフ・クルーエが副官と護衛を含めて六騎で工作員との接触を計っていた。南の国の王都の情報を独占する事で、他の者達より上司の受けを良くしたいという欲望からだった。
やがて商人風の男が小走りで南からやって来たが、四匹ほどの野犬に追いかけられていた。
「助けてください!近くに野犬がいて、撒けないんです!」
ジョゼフは護衛二騎に目をやった。
護衛は騎乗したまま野犬に向かって行った。
すると野犬達は横に避けた後、そのまま馬に吠え掛かった。
馬が吠え声を気にして勢いよく走り出してしまい、乗っている兵は馬を抑えようとするが犬が絶え間なく吠えるのでそのまま馬が止まらなくなってしまった。二騎と野犬達はそのまま南下して行ってしまった。
逃げて来た商人風の男はジョゼフに礼を言った。
「ありがとうございます。ノルマンディーに栄光を」
商人風の男が符丁を口にしたので、ジョゼフも答える事にした。
「ノルマン公に栄光を。では、報告せよ」
「はい。ブライトンではモイラの活動に対して監視が増えており、行動が制限されているとの事、自分が餌になるから他の工作員に裏を探らせて欲しいとの報告がありました」
「ふむ、工作員は検討するが、今しばらく単独での諜報を続けよ、と伝えよ」
「分かりました。また、工作費が不足しており、支給して欲しいとも言っております」
「モイラの不手際で南方面の上陸作戦が失敗しているのだ!挽回の為には自力で諜報活動を続けよと伝えよ」
「分かりました。その他、今後のご指示がありましたらお願いします」
「情報収集が遅い!もっとペースを上げよ、と伝えよ」
「分かりました。その旨、伝えます」
そう言うと男は西へ向かった。この地で誰かと会ったという疑惑を持たれない為、同じ道を戻らない様に習慣付けていたんだ。
ところが、少しするとまた商人風の男が戻って来た。やはり小走りで。
「何かあったか!?」
「犬です!また野犬が現れて!」
その後ろから六匹の野犬がやって来た。
ジョゼフは護衛二騎に目をやった。
護衛達は野犬に向かって行ったが、やはり馬を避けた後、馬の後ろから吠えかかった。そうして野犬達に吠えかかられて二騎の護衛達も道を走って行ってしまった。
「仕方ないな。あいつらは犬を撒いて戻ってくるだろうから、お前は元来た道を戻れ。犬には気を付けろよ」
「はい、元の道を戻ります」
男は最初に来た道を戻って行った。
ジョゼフは副官に声をかけて、護衛達を待たずに戻る事にした。
「野犬の群れがいる様だ。集まって来る前に戻ろう」
「はい。護衛達だけなら何とか戻って来れるでしょう」
そうしてジョゼフと副官が道を戻ろうとすると、道を横切って深さ5ft以上、幅20ft以上の亀裂が発生しており、その道は進めなくなってしまっていた。
「何かがけ崩れでもあったのでしょうか?」
「それなら大きな音がしただろうが…地盤が軟弱になっている恐れがある、別の道を戻る事にしよう」
そう言って商人風の工作員と逢った場所まで戻る事にした。
そうして二人が騎乗して元の場所に戻ったところ、商人が最初進もうとした道から何かが駆けて来た。副官の馬に飛び掛かって来たそれは、茶色がかった灰色の毛を持つ犬より大きな生き物だった。
「うわっ」
たまらず副官は落馬して呻き声を上げた。
「なっ」
ジョゼフはその大きな犬を見ると、その犬もジョゼフを見て唸り声を上げた。もちろん、それは犬じゃない。狼だった。ジョゼフは副官を見捨ててもう一方の道、つまり商人風の工作員がやって来た道を馬を走らせて逃げ出した。
ジョゼフが馬を走らせて行くと、やがて分岐があったが、片一方は木が五本以上倒れており通れなくなっていた。咄嗟の判断でジョゼフは通れる道に馬を向かわせた。これだけ進めば狼は撒けただろう、と思ったジョゼフは馬を休ませようとしたが、そうすると道を外れた木々の間から、唸り声が沢山上がり出した。つまり、野犬の群れがこの辺りにおり、縄張りにやって来る者を追い出そうとしていると思われた。
仕方なく、ジョゼフはゆっくりと馬を進めた。辺りはそろそろ暗くなり、何とか北へ向かう道を見つけて戻りたいと考えてはいたが、暗い森の中で彼は方角を見失っていた。
とりあえず日曜に続きます。明日はキアラの更新です。




