↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/109

10−10 犬の扱いならこの人

 クリスティンは学院を出てすぐ、民家の間に持っていた紙を泳がせた。紙は風に乗って民家の間を飛んで行った。クリスティンとクロちゃんはレジーナ以外にも王子の指揮下による監視を受けていたが、この監視はあくまでクリスティンの監視役だった為、紙片の行方を追う事はしなかった。紙片は離れた民家まで飛んで行った。もちろん、民家からはクロフォード男爵家へ使いが走って行った。


「それで、見当は付いているのか?」

クリスティンはふふふ、と微笑むだけだった。

学院から離れて暫くして、クリスティンはクロちゃんの手を握った。

「まだ少し時間があるから」

クリスティンはそれだけ口にしたが、だからゆっくり歩こう、と言う意味だとクロちゃんは受け取った。

「何も無ければ平和な街なんだがな」

「何も無いわ、きっと」

そうか、ともクロちゃんは口にしなかった。こうして手を繋いで歩く時間が大切だったから。


二人は平民街を抜けて、貧民街に入ろうとしていた。貧民街の横道からこちらを覗いていた薄汚れたうす茶色の子犬が踵を返して走って行った。

「あれが斥候と言う訳か」

「そうかもしれないわね」

そういうクリスティンの手からは緊張が伝わって来なかったから、クロちゃんはそういうものか、とだけ思った。


 貧民街を2ブロック程入った交差点では、三方に犬が群れていて、唸り声を上げていた。クロちゃんはクリスティンを見たが、クリスティンは小さく首を振った。二人共気付いていても敢えて無視して通り過ぎたのだが、後ろの横道からのっそりと現れ出たものがあった。


 クリスティンは三方の犬の群れを見ていたが、そうなると自分がこいつを相手にする必用があるのか、とクロちゃんは思った。クロちゃんが振り向いた先には、茶色がかった灰色の毛を持つ大型の犬に似た生き物がいた。もちろん、犬じゃない。狼だった。低く唸り声を上げた狼に、クロちゃんは眉間に皺を寄せただけだった。声を失った狼は、くるん、とひっくり返りきゅい~んと鳴きだした。一瞬で勝負が付いた。狼は決して敵わないと悟ってクロちゃんの子分となる事を選択したんだ。


 三方に広がっていた野犬の群れは困惑した。ボスが向こうに付いてしまったんだから。そういう訳で、クリスティンは狼の天を向いたお腹をさすった。狼はまた背を上に向けてクリスティンを睨んだが、クリスティンは微笑むだけだった。思わず口をぽかんと開けた狼は、やがて腹を地面に付けた。その背中や喉をクリスティンはゆっくりとなでなでし続けた。

「良い子ね…」

ぴくん、と狼がクロちゃんを見た。クロちゃんのこめかみに血管が浮かんでいるのを見た狼はぶるっと震えたが。

「クロちゃん、貴方の方が大事だから、そう怒らないで」

「ああ…」

クロちゃんとしてはクリスティンを怒らせる訳にはいかないから、しゅん、と斜め下を向いてしまった。


 それを見ていた野犬達は混乱してしまった。今のこの群れの最上位は誰だか分からなくなってしまったんだ。クリスティンは久しぶりの狼の感触を楽しんでいたかったが、クロちゃんが拗ねてしまうと困ってしまうので、この辺で切り上げる事にした。狼の背中を大きく二度撫でて、その手を離した。しゃがんでいたクリスティンが立ち上がったので、狼もクリスティンの背中に付いて行く様に立ち上がった。クリスティン、クロちゃん、狼と縦に並んで貧民街の中へ進んで行こうとしたので、前に集まっていた野犬達は慌てて両側に寄って道を開けた。


 そうしてクリスティン達が1ブロック程中に入って行くと、前から薄汚れた女が歩いて来た。

「クリスティン…」

以前よりずっと薄汚れているが、それはノルマンディーの魔法使い、モイラだった。

「全く、近くに来ているなら呼んでくれれば良かったのに」

クリスティンはそう言うが。

「だって、あなたは私を騙したんじゃない…」

モイラの声は震えていた。

「何を騙したって?」

「私の友達だって騙したじゃない…」

「騙してなんかいないわ。あなたの友達になるクリスティン、て名乗ったのよ。あの時から私達は友達なのよ」

「そんな嘘…」

「実際に友達なんだから嘘じゃないわ」

「だって争った事しかないのに、友達になんて…」

「あなたが認めなくったって、私はあなたの友達になる、と宣言したんだから友達よ。さあ、モイラ。友達に話したい事があるのでしょ?言ってご覧なさい」

「友達なんて…私は失敗の責任を取らされて…あなたを何とかしないと帰れない…」

「アザラシの作戦の失敗の事?それともこの王国全体の上陸作戦の失敗の事?」

「もちろん、両方…」

「東岸の事は東岸の上陸部隊の失敗でしょ?南岸の事も上陸部隊の指揮官の責任でしょ?あなたが責められる事なんてないわ」

「そんなの、男達は寄って集って全部私のせいにして…」

「誰も庇ってくれなかったのね?」

こくん、とモイラは俯いた顔を更に下に下げた。


 クロちゃんもその論法が分かった。南岸の牽制作戦が失敗したから東岸の作戦も失敗した、そう言う事にしたんだ。だから、南岸の作戦失敗の原因のアザラシ作戦の失敗が敗因と言う論法で責任を押し付けた。元々アザラシ作戦は牽制で、主力は海賊の男達であり、その主力が上手く攻められなかったのが原因なのに、女に責任を押し付けるなんて男らしくない、クロちゃんもそいつらを軽蔑した。…その、特に南岸の海賊達が失敗したのは間違いなくクリスティンが強力過ぎるからなので、それを攻めに来るのは間違っていないが、モイラ一人では普通はどうにもなるまい。つまり、死んで来いという命令を受けてモイラはここに来たんだ。


 クリスティンはモイラに近づいて、その両頬を両手で包んで、彼女の顔を上向きにした。クリスティンはモイラと目を合わせて言った。

「あなたには私に言いたい事があるのでしょう?言ってご覧なさい」

クリスティンの見つめるモイラの瞳孔が揺れていた。

「あ…あ…」

モイラの口からは意味のある言葉は出てこなかった。

「分かっているわ。友達だもの。あなたの言いたい事なんて。でも、お互い闇魔法が使えるから、相手が言った言葉を信用しきれないでしょ。その言葉で洗脳する恐れがあるから。だから、あなたが言うしかないの」

「で…も…」

「良いのよ。遠慮しなくて。言ってご覧なさい」

「でも、あなたは…」

「遠慮しないで。友達なんだから」

「でも、ずっと国の為に働いて来たのに、ここで降りてしまったら…」

「その国は、他人の功績を奪い罪は押し付ける様なろくでなしの男の巣窟なんでしょ。そんな男どもの国なんて気にしなくて良いのよ」

「でも、だからってあなたに…」

「良いのよ。不幸から抜け出る選択肢がここにあるんだから、言ってしまいなさい。私達、友達じゃない」

モイラの瞳が潤んだ。

「た…助けて、クリスティン…」

 あれ、クロちゃんがもっと暴れるつもりだったのに、ひと睨みだけだった。少ししてもう一波乱入れます。


 戸田奈津子さんが叙勲の時のインタビューで言ってましたが、「私は演技が出来ないけど、頭の中で役者が何度も(日本語で)演技しているの」みたいな事を仰ってました。私の中でも主要キャラは何度も舞台稽古してますが、今回のモイラとクリスティンはもうちょっと舞台稽古させたかったかな、と思ってます。説得力不足か、それともそろそろ冗長なのか。判断が難しい。


 明日はキアラの更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。