8−9 視察 (3)
「海獣だから陸上でそこまで嗅覚が利くとは思えないが、念のため風下から捜索を行う。広い砂浜だから、半マイル程度離れて風上に歩いてもらう。発見したら上空になんらかの魔法を打ち上げて皆に知らせてくれ」
第三王子エドウィンの指示は妥当なものだったから、皆文句を言わずに従った。一番西にはデボラとレジーナの水籠り組、次はクリスティンとクロちゃんの組、ジャッキーとエグバートの組、そして意外と上手くやっているイザベラとカーラの魔女組の隣には、王子と護衛の団体が捜索するという形になった。
「朝の砂浜を二人で歩くなんて、ちょっと素敵ね」
クリスティンの言葉にクロちゃんは頬を染めた。二人は手を繋いで渚を斜めに見ながらゆっくり歩いた。
「風が冷たくないか?」
「もう日が昇っているから、程良い温度よ。大丈夫」
クリスティンは繋いだ手を握る力を一瞬だけ強めて、謝意の代わりにした。言葉以外の仕草でも心を伝えようとしてくれるクリスティンに、クロちゃんの口元は緩んだ。
「アザラシはどうしてこの海岸に来たんだろうな」
「そうね、内海から来たのなら、大陸側のビスケー湾あたりに営巣地を作りそうなのにね」
「何か気付いている事があるのか?」
「王立図書館に行って、生態を調べたのよ。哺乳類であるのに関わらず高い潜水能力がある。だから長距離を泳いで来る可能性はあるのだけれど、何日も潜ってはいられないでしょう。普通は中継地を経ないとやって来れない。そして繁殖の事があるから、群れを遠く離れる事は本能的に無いと思われるのね。だから、中継地となった場所がある筈で、それなら大陸の方で何らかの情報があった筈。それが無いと言う事から、自然な事では無いと思うのね」
「自然でないと言う事は?」
「そこは実物を見てから考えたいの。二日に一遍程度やって来るのは何故か。動きを見てみたいの」
「見て分かる事?」
「多分分からないけど、見た事の無い動物はやっぱりこの目で見てみたいでしょ?」
「それはそうか」
クロちゃんとしては、普段は知的なクリスティンがただ見てみたい、と瞳を輝かすのも新たな魅力であるし、そんな瞳をさせるものが自分で無い事が妬ましかった。そんなクロちゃんの心情が顔に出ていたらしい。クリスティンは彼の手を少し強めに握って微笑んだ。
「さあ、そんな海獣が現れるまで、しばらく二人だけの散歩を楽しみましょう」
「うん…」
クリスティンに気を遣わせた自分の未熟さをクロちゃんは恥じた。
そうして黙ってしまったクロちゃんに、クリスティンはやさしく話かけた。多分、飼い主としての思いやりだが。
「クロちゃんは水辺の哺乳類って見た事ある?」
「狼は森に住むから、海辺の生き物は分からないなぁ」
「かわうそとかビーバーとかいるかもしれないけど?」
「かわうそとイタチの区別はつかないかもしれないな。あと、池は見た事があってもダムは見た事が無いなぁ」
「せっせとダムを作る為に泳ぎ回るケモノってとても可愛いでしょうね」
「水をせき止められて下流の人間が迷惑しなけりゃ良いんだが」
「ふふふ、一匹のケモノが下流の生態を変えてしまうのも自然の在り様ではあるのよ」
「そうかもしれないけど」
こんな風にアッシュと散歩が出来たら良かったのに、とクリスティンはふと思った。彼はそこまで飼い犬らしくなってくれなかった。
(クロちゃんといる時にアッシュの事を考えちゃいけないわね)
クリスティンも少し反省した。新しい飼い犬の前で以前の飼い犬の事を思い出すのも裏切り行為に見えるかもしれない、と思ったんだ。
そんな時、西の方で水煙が上がった。デボラ達が何か見つけたんだ。
「急ごう」
「待って、クロちゃん。足元を固めるから。凸凹はそのままだから少し走りにくいと思うけど、砂で足を取られる事はなくなるわ」
そうしてクリスティンは大き目のポシェットから魔法棒を取り出した。その先には小さな金剛石を咥えた丸い頭の寸胴な生物の姿が削られていた。多分、アザラシを象ったんだ。
(そんなに楽しみにしていたんだね…)
クロちゃんはまだ見ぬアザラシに嫉妬した。くそう。
クリスティンはアザラシ魔法棒をすっと前に出した。それだけだった。
「さあ、足元は固めたわ。水煙の下に急ぎましょう」
「ああ」
二人は手を離して走り出した。
その少し前、デボラとレジーナはクリスティン達の西側を歩いていた。
「行けども行けども砂ばかり…この辺、何か生き物いないの?」
レジーナは苦笑した。こいつは本当に子供だなぁ…砂浜を歩く事に風情を感じられないんだな。
「春になればカニぐらいいるかもしれないが、今はまだ冬だからな」
デボラは頬を膨らました。
「つーまーんーなーいー!」
「あたしに言っても何も出ないぞ」
「ケチ!」
「ケチじゃない」
そんな風にデボラが砂浜の上の異物捜しに飽きた頃、砂浜と違う色が見えた。
「おい、あっちに行ってみるぞ!」
「何?見えない」
「だから近づいてみよう」
そうして歩み寄った二人の前に、灰色の塊が寝そべっていた。
「皆を呼んだ方が良いな…デボラ、ちょっと待ってろ」
レジーナが魔法でウォーターボールのなりそこないで頭上に水煙を作る間に、デボラは急にやる気を出した。畜生如き、自分の魔法で一蹴だ、と粋がってしまったのだ。ウツボ巻き魔法棒を取り出して、魔力を溜めた。
「出でよ、アイスランス!」
「おい、待て!」
もちろん、デボラは待てと言われて待つバカいない、と口に出すタイプだった。今は言わなかったが。子供の身長ほどの氷の塊が弾道軌道を描いて灰色に近づいて行った。ドスン、と音がして、氷が破片を巻き散らしながら海側に跳ね飛んで行った。
「ぶもぉおぉおぉ!(怒)」
灰色の小山が砂煙を上げながら這い寄って来た。
「おい、逃げるぞ!」
逃げようとしたデボラは一歩目で砂に足を取られて転び、顔から砂浜に突っ込んだ。
「ぶぎゃっ」
「ああ、もう世話が焼ける!」
レジーナはデボラを荷物の様に抱えて海から遠ざかる様に走り出した。
初めて見る動物を前に取り乱すクリスティンと、押してはいけないボタンをあえて押すデボラ、どっちが需要があるかと言う事でこちらになりました。
明日はキアラの更新です。こちらの次の更新は日曜日になります。




