8−1 お話しましょ (1)
数日後にハワード家にクリスティンとクロちゃんが呼ばれた。
今後の事を話し合いたい事と、どう考えてもメンバーの(唯一の)主力として活躍したクリスティンを労う為の食事会を兼ねての事だった。
クリスティンは手持ちの町娘服を持ち込み、クロちゃんにはハワード家から新たに服が与えられた。クリスティンは外見の偽装を解いて、ハワード兄妹に対する信頼を示した。ハワード家のメイド達に手伝われて着替えた二人は、応接室で昼食を振舞われた。
「まあ、殿下の意向とは言え、隠したい事を暴かれる事になった事は申し訳ないと思うよ」
「それは、まあ、権力争い等に使われるのでなければ、王子様に知られた方が他の貴族に知られるよりは良かったと思っています。問題は、今後も使われる事になるのかな、という点だけです」
「ああ、それはなるべく断る方向にしたいが、殿下は一度決めたら動かせない人なのでね…」
「まあ、そうなったらそうなった時に考えましょう。とりあえずご馳走になります」
「ああ、そうしてくれ」
真冬の大都市であるから、保存の効く根菜の煮込みが中心となる。伯爵家の応接室だから気兼ねなく薪が焚かれていたので、煮込み料理で温まる必要もなかったが、メインも魚介の煮込みが出て来た。割と王都南の海は暖かいのかもしれず、冬でも漁が行われるのだろう。
食後のお茶が出たところで、クリスティンが切り出した。
「私とクロちゃんだけ呼んだと言う事は、私の事を聞きたいのですよね?」
「ああ、済まないが、殿下対応で確認しておきたい。どうしても我慢出来ない事は聞いておきたいし」
「何なら体を張って殿下を阻止するからさ、嫌な事は今の内に言ってね」
クライブとジャッキーの興味本位でなくクリスティンの事を思って確認したい気持ちを聞かされて、クリスティンも一息吐いた。
「偽装を解いているのだから、あらましは話しますよ。里の全体像は話せませんが、簡単な身の上は聞いてもらいたいです」
「ああ、話せる事だけで良いから」
「まず、魔女の里は男子禁制の場所です。男児が生まれたら速やかに近くの町村に里子に出します。女系相続と考えて下さい」
「それはどういう理由で行っているのか分かれば聞きたいんだが」
「簡単な事で、確実に血統を継ぐ為です。男系相続だと女性側の浮気で血統が途切れますが、女系相続なら間違いなくその母親の血を継ぎます。男系相続には合理性がないのです。そして、魔女の里では魔力に劣る者は肩身が狭く、里を出る事になります。小さい里で次世代が殆ど外に出る様な事になれば、里の存続に係わりますから」
ジャッキーが気になったのは結婚だった。
「女しかいないとなると、結婚はどうするの?」
「しないの。魔力の強そうな男を引っかけて種をもらう。その為に18才の夏に里の外に一度出るの」
「あれ、そうなるとクリスティンはその年にまだ学院にいると思うけど?」
「魔女の里の魔女は基本的に魔法学院には入らないわ。里の方が魔法の高度な知識の蓄積は多いからね」
「そうなると、クリスティンは里を出て帰らないと言う事?」
「もう里にいる理由がないから出たのよ」
「それまでは理由があったという事?」
クリスティンは苦笑した。
「何度か口から出たと思うけど、番犬のアッシュが亡くなったから、もう村にいる理由が無くなったの」
「ん~、大事にしていたと言う事?」
「…里の魔女と言っても色々な人がいるけど、魔法研究と自身の研鑽が一番重要なのね。だから、普通に母はあまり娘に情をかけるタイプじゃなかったのよ。最初に乳幼児は共同保育されるけど、3才になって部屋に閉じ込めていられなくなったら、基本は母親が面倒を見るんだけど、そういう甲斐性は母には無いから、
子供を守る為にアッシュが連れてこられたの。私は子供心に寂しさを感じていたらしく、気付くとアッシュが嫌がるまでアッシュの傍にしゃがんでいたわ」
「そうか、片親だけど母親に仕事というか研究があったら、世話なんて出来ないものね」
「それは良いのよ。私は教えられたことはすぐ覚える方だから、家事も危険な事以外はする様になったし。ただ、肉親の温もりというのはどうしても欲しかったみたい。だからアッシュに父親や兄を感じてくっついていたのよ」
犬…違ったハイイロオオカミが父親扱いって…クライブもジャッキーもクロちゃんも絶句した。クロちゃんでさえ、通常は人間状態の父母に甘えた記憶があるのに。
「そんな顔しないで。私はアッシュで満足していたんだから」
「あー、それで里を出る事にしたと…」
居なくなった存在の思い出のある場所にいると辛いから、とジャッキーは理解した。
「まあ、それだけじゃないんだけど」
クライブがもう一つ聞きたい事の話題を出す時と判断して口を開いた。
「里の人間との関係は上手くいっていたのか?たとえばイザベラは微妙な関係だった様だが」
自分の足首が大好きな同性の幼馴染ってどうよ、とクライブは思っていた。
「母は土魔法部に属していたから、共同保育をしてくれていた母の友人達は問題ないです。多分、親戚の叔母さんとかはああいう感じじゃないかなと思っていました。他の属性の人達とは、同じ里でもそこまで親しくはなかったですね。イザベラは、里長の親族なんです。先代のバーサ、当代のタバサと里長は血族で継いでいるのだけれど、それは特別な血という訳ではなくて、要するに各魔法部のリーダーになれる様な才能のない血族だと言う事です。子孫に各魔法部のリーダーが出たら、その親が不公平な予算配分をする事は目に見えているから、そういう事が今までなかったと言う事です」
里長、威厳は無いんだね、とクライブ、ジャッキー、クロちゃんは思った。特にクロちゃんは、人狼ならリーダーは一番強いオスなのに、と思った。それは言い方を変えれば、刃向かう者は殺すか追い出す冷酷なオスとも言えるが。
「イザベラは同い年なのかな?同年代の里の娘達とは上手くいっていたのか?」
「イザベラはそういう訳で、各魔法部の共同保育とは離れて里長の親族に育てられました。だから気付くと各部の子供と親しくなろうとしていた気がします」
「気がする、程度なんだ」
「だから、各部の子供たちの中でもリーダー格と上手く付き合えない訳です。4才にはもう才能がある程度見える様になりますから」
ジャッキーは驚いた。
「え!まさか4才から魔法教育してるの!?」
「本格的な事はしないけど、4才頃には魔力を扱わせてみて、魔力が強そうな子供とそうでない子供は別のグループにするの。将来、子供の喧嘩で死傷者を出さない為に」
聞いていた三人共、流石に顔を顰めた。ジャッキーとしてはガキ大将として仲介して来て、大けがをしない様に気を付けて来ただけに驚いた。
「ええと、やんちゃな子供同士の喧嘩だとそこまでエスカレートすると?」
ふぅっとクリスティンは息を吐いた。
「十六才にもなって、年下をねじ伏せたがる人もいるじゃない。精神的に未熟ならば、力で相手をねじ伏せたいという欲望を抑えられない人はいるのよ」
ああ、クロフォード家の長男みたいな奴ね、と三人共思い当たった。
8章をイントロにして、9章に大きめイベントみたいになりそうです。問題先送りとも言う。
ちなみに、坂の上の雲は今日が二百三高地(前編)ですよ。「そこから旅順港は見えるか!?」あれ、当時は有線電話だったと思うけど、激戦地にすぐ電話兵が走っていったんですかね?




