6−1 クライブのデート
冬休み中のある日、クリスティンの住む下位貴族寮にハワード家の侍女がやって来た。
「ジャッキーお嬢様が明日、外出にお付き合い頂きたいと仰っています。お返事をお願いします」
「了承しました。時間は何時に何処へ伺えばよろしいの?」
「明朝9時に学院の馬車乗り場へ馬車を向かわせます」
「では、9時に馬車乗り場で待つと伝えて下さい」
そう言われてもクリスティンとしては町娘にしては小奇麗なワンピースくらいしか外出着を持っていないのだが、ジャッキーならそのあたりは考えてくれるだろう。そう考えて、ワンピースの皺を多少伸ばした。
「やあ、急に呼び出してごめんね」
「前日に連絡をくれたから急とは言えないけど、何かあるの?」
「いやー、あの兄がデートらしいんで、遠くから見守ろうかと」
クリスティンは苦笑いするしか無かったが、妹としては気になるだろう。ただの野次馬根性かもしれないが。そういう意味ではクリスティンもデートでクライブがどんなにやけ顔をするかは興味があった。
「それで、相手は分かっているの?」
「うん。ダンスパーティでファーストダンスの相手だったジェシカ・フィールディング嬢」
ファーストダンスの話をされると弱い。クリスティンはクロちゃんしか見ていなかったから。
「えーと、ごめん、その時は見ていなかったけど、いい雰囲気だったの?」
「ギクシャクしてた!」
ああ、つまり互いの距離感を確かめ合っている段階か、とクリスティンは理解した。
「つまり、天国と地獄のどちらにも傾きかねない段階という訳ね」
「そう!野次馬としては見ていて一番楽しい段階!」
言っちゃったよ、この人。クリスティンとしては二の句が告げられなかった。もちろん、クリスティンとしても気持ちは一緒だが。
クライブとジェシカは年末のバザールに向かったらしい。バザールを楽しむとなると、貴族の様な恰好は向かない。もちろん、ジャッキーとクリスティンは町娘にしては小奇麗という恰好である。それにしてもあまり品位のない店舗の周辺は歩かないだろうから、大体のあたりをつけてジャッキーは歩いて行った。
「いた!」
クライブとジェシカは輸入陶器の店の前にいた。ジェシカの方にはさすがに侍女らしき女が平民の恰好をして侍っていた。バザールのデートで陶器の様な荷物になる物を買っても、貴族なら屋敷に届けて貰えばいいから問題ではない。
「デートなんだからもうちょっと華やかな店に行けばいいのに」
「若い二人には何を見ても楽しいものよ」
「クリスティン、婆臭い…」
「親心と言って」
しかし、クリスティンとしては二人が何を見ているかより、ジェシカ本人の方に問題がある様に見えた。上手く隠しているが。それならそれで、何かに怯える様に、魔法探知のさざ波を絶えず出すのは止めるべきだ。こんな探知、分かる者なら簡単に欺瞞出来る。さっきからクリスティンが何度もやっている様に。
(都会の水が合わないのか、単に用心深い性格なのか?)
いずれにせよ、警戒しているという事を発する信号にしかならない。こんな迂闊な事をやっていたら、当然の様に第三王子に目を付けられるだろうに。
クライブとジェシカはしばらく輸入雑貨を見ていた。手持無沙汰なジャッキーとクリスティンは、リンゴを一個ずつ買って齧っていた。田舎者の二人は小一時間立っていても問題無かったが、ご令嬢のジェシカはそうでもないらしい。クライブはジェシカを天幕が張られたカフェに誘った。流石に同じ店に入るのは憚られた為、ジャッキーとクリスティンは隣のスープスタンドでスープを頼んだ。遠目に見るクライブは愛想良くしていたが、ジェシカは小難しそうな顔をしていた。例により会話が噛みあっていない様である。
「苦戦中みたいね」
「お嬢様としては、自分の方からは告白出来ないというプライドがあるのか、告白後の上下関係を考えると告白出来ないのか、そこを勘案してくれないお兄さんがもどかしいのでしょうね」
「告白後の上下関係!?」
「先に気持ちを明らかにした方が負け、っていう考え方はあるでしょ」
「いやー、若い女の気持ちは分からないね…」
「ジャッキー、婆臭い…」
しかし、クライブは悪い人ではない。良い人というのも時に罪なものだが。クリスティンとしては、そんなクライブにイライラしているジェシカに好感を持てなくなっていた。そもそも、さっきから彼女が神経質に打ち出している魔法探知のさざ波を整形して返すのもいい加減面倒になってきた。
だから、次に来た探知波を拒絶の意味で三倍波にして返してやった。ジェシカは席から立ちあがって、クリスティンを見た。クリスティンの方はにっこり微笑んであげた。だからジェシカは早足でクリスティンに向かってきた。クリスティンとしてはここまでの欺瞞に気付かない未熟な彼女に礼儀を示す必要を感じず、座ったまま彼女が来るのを待った。
眉間に皺を寄せたジェシカが口を開いた。
「クリスティン・クロフォード、こんなところで何をしているの?」
「見ての通りよ、スープを飲んでいるだけ」
「こちらの探知を胡麻化しておいて、何を言うの」
クリスティンとしては笑うしかなかった。でも礼儀として声を立てて笑えなかったから、口元を歪めるだけで済ました。
「メッセージは受け取ったのでしょう?怯える小鳥さんには伝わらなかったかしら?」
ジェシカの眉間の皺が深くなった。
「自分の能力を誇示したとでも言うの?」
「誇示なんて。一端の魔法使いなら誰でも出来る事でしょう?」
手玉にとられた、その事がジェシカのプライドを酷く傷つけた。
「若輩者にも分かる様にご指導頂けないかしら?」
「せっかく隠した尻尾なら、怖がって変な鳴き声など上げない事ね。隠しているのは嘴じゃなく、牙ではないかと勘ぐる人がいないとは限らないわ」
ジェシカとしては奥歯を噛みしめる以外出来る事は無かった。隠し事も知られていると教えられたのだから。
「ご忠告感謝するわ」
ジェシカはクライブに一声かけて去って行った。
置いてけぼりなのはクライブである。
「その、説明は貰えるかな?」
クリスティンとしては言える事は少なかった。
「彼女には隠し事があるの。だから、たまにはお兄さんの方から折れてあげて」
「隠し事が何か分からなければ折れようが無いよ!」
「そこは私からは言えないから」
そこでジャッキーが能天気な発言を挟んだ。
「クリスティンにガツンとやられたらあの女も素直に兄さんに甘えるかと思ったのに…」
クライブもクリスティンも絶句するしかなかった。クリスティンとジェシカの激突も、その力関係もジャッキーは嗅覚で理解していたのだから。
こう見えてもジャッキーは普通の女の子です。腕っぷしが男子より強いだけの。
明日からは蝙蝠の更新です。




