1−4 この男、分かっていないのか?
校舎の北側には魔法練習場があり、裏庭園があり、裏の森があった。
魔法の練習であらぬ方向に魔法を打つ下手くそがいた場合に、被害を最小限にするために人気のない場所を緩衝地としているんだ。一方、人気のない裏の森は男子生徒達がいざこざを起こすのに適していた。
「寮の食堂はこれ」
クリスティンが示した食堂は平屋だが1年棟の半分くらいの広さはあった。
「広いね、寮生専用なのに」
「女子寮が平民150人、下位貴族50人と
言われているし、男子はそれ以上いるから、これでも溢れちゃうよ」
「それで最初に入り込む必要があるんだね」
「出遅れたら半時間遅らせるべきなんだけど、料理が冷めてると思う」
「ああ、それはそうだろうね」
「それで本当に最後になると温かいベーコンエッグが出るらしい」
「毎食食べない人がいるから人数分料理を用意しないんだね?」
「寝坊したり居眠りしたりして食事の時間に間に合わない人がいるみたいだから」
「厳しいね~」
そんな話をしている時に黒髪の男子生徒が校舎側から歩いてくる。
元ガキ大将のジャッキーにはピンと来るものがあった。ケンカかそれ以外の何らかの勝負か、そういうものの後に闘志がまだ収まっていないのを感じた。
(オジサン臭くないから1年だよね。入学早々元気で良いね)
もしケンカだとしたら一方的だったのだろう。顔に青タン貼り付けていないし、服も汚れていない。黒髪の生徒は二人の前を通り過ぎて行った。
「そう言えば、女子寮と男子寮には違いがあるの?」
「中身は知らないけど、外見は大差があるの」
クリスティンはあれが女子寮、これが男子寮、と指を差す。
なるほど女子寮は煉瓦の壁に囲まれた中に建っていた。男子寮は生垣に囲まれていた。
「女子修道院の様に逃げられない様にしてあるんだね」
「逆だよ。男子が入り込まない様に壁で囲んであるんだよ」
「あれくらい根性で登っちゃうでしょ?」
「煉瓦の壁を登るのは根性だけじゃ無理だよ」
しかも壁に設けられた門の前には立哨の護衛が帯剣して立っていた。下位とは言え貴族の子女がいるのだからパフォーマンスとして必要なのだろう。
寮を見て満足したジャッキーは帰っていった。
翌日、第三王子の呼び出しがあった。
例によって豪勢な昼食になった。
クリスティンからすると豪勢ではあってもどこか味気なく感じた。
(田舎の家庭料理とか寮の料理は一度に大量に作るからなんでもぶち込む豪快さがあるのよね。この料理は色々丁寧に作っているけど素材の味が死んでる気がする)
例によって王子が季節の話題を提供しながら食事が進み、デザートの時間に本題が出てきた。
「ライカンスロープの目撃証言があってね、どうも学院の生徒じゃないかという話になっている。大男でない事と、この秋に急に目撃証言があったから、学院の新入生じゃないかと推測されてね。場合によっては恐怖の魔女の配下かもしれないので、噂を集めて欲しいんだ」
まるでもう魔女の侵略が始まっているかの様に話す王子にクライブは危機感を抱いた。
「殿下、魔女の里に対して危機感を煽るようなお言葉はお避け頂く様にお願いします」
「とは言え情報は必要なのだが?」
「魔女の里とは協定により両者非干渉と決まっております。民衆は隣国または国内異端である魔女の里などに潜在的な警戒感を抱いております。だから分かりやすいデマにも過剰に反応します。本来、国家間またはそれに類する武装集団に対する戦争などは三十年単位で対応を考えないといけません。国力伸長し軍備増強に耐える国家の経済的体力を養う十年、実際に軍備増強を行いそれを背景に何らかの外交要求を行う数年、それでも成果が得られない場合に戦火を開いた後の調停役となる国家との外交交渉、その後の実際の戦闘、そして停戦交渉、停戦協定の互いの実施で次の十年、そして戦争により消耗した国力を回復する十年、この様に戦争を始める際には国家計画が必要なのです。それら経るべき過程を全て無視して戦争が始まるのが、両者の民衆および支配層の感情を刺激する扇動です。
国家上層部が一番警戒しなければいけないのが、扇動者なのですよ。現在、魔女の里の噂とライカンスロープの噂は個別の噂なのでしょう?それを結び付けて民衆の感情を燃やす燃料とする様な言動はお避け頂きたいと思います」
第三王子は斜め後ろを振り向いて護衛の近衛騎士を見たが、彼は視線を合わせようとしなかった。彼は王子の護衛であってこれに対して意見を言う立場にない。
王子に親身になって助言を与える者は公式には一人もいないのだ。王は第三王子を二人の兄の引き立て役として使うつもりなので、好きにさせている。第三王子エドウィンは溜息をついた。
「分かった。だがライカンスロープは何らかの法では規制されない存在だ。歩く暴力だ。独立した問題として情報を集めたい。協力して欲しい」
なるほど彼にとっては魔女の里の魔女もライカンスロープも同じく王都に危機を及ぼす可能性のある歩く暴力という事か。クライブとクリスティンはそう理解した。ジャッキーとエドバーグは二者を結び付けて喋ってはいけないのだ、という事だけ理解した。
「分かりました。ちなみにライカンスロープの目撃証言はいつ、どこで、どの様に目撃されたのですか?」
「噂だから割り引いて考えて欲しいのだが、やはり夕暮れ時だね。遠吠えを聞いた、森で背の高い黒い影が素早く動いた、などだね」
「目撃された場所は学院外なのですか?」
「遠吠えの証言は学内の人間だね」
「1年ですか?それとも上級生?」
「2年の寮生から打ち上げがあったと聞いているよ」
誰だよ、王子に未確認の情報を漏らした奴は、とクライブは呪った。
「分かりました。学内外の獣に対する目撃証言を集めます」
「うん、それで良いよ」
応接室を出てしばらく歩いて、監視者がいないのを確認してからクライブは口を開いた。
「まあ、話の通りなんだけど、魔女の話とライカンスロープの話を結び付けるのは止めて欲しい。火を点けたくない」
「そもそも、魔女の使い魔と言えば蝙蝠とか梟とかだと思うんだけど」
「ライカンスロープはどちらかと言えば東の伝承だから、我が国周辺の伝承に含まれないからな」
クリスティンの興味は別の方向だった。
「ライカンスロープは何の獣人だと王子様は思ったのでしょうね?遠吠え、と言っているから狼男系なのでしょうか?」
「遠吠え、と言うからには狼系なのだろうな。それで実は猫女とか言われたら怒るぞ」
クリスティンは遠吠えの真似をする猫女を想像した。ちょっと可愛い。
そう言う訳で、新たな聞き取り事項が加わった。
1章は説明章なのでなるべく短期に投稿したいのですが。明日はきついかなぁ〜。




