5−4 風塵の魔女(3)
クリスティンが逃げてしまった以上、ジャッキーには頼る相手は兄しかいなかった。
「兄さん、責任を取って説得してくれる?」
「何の責任だよ!?」
「毎回役に立ってない責任」
「いや、魔女とか謎の工作員とか相手に役に立つ学院生っていう方がおかしいんであって、私は普通だぞ?役に立たないで普通だろう」
「その分、私達が頑張ってるんだから、事後の女の説得くらいちゃんとやってよ」
「その、誤解を招く言い方は止めてくれ」
「妙な事に拘らないでさっさと説得して!」
とは言え、魔女の噂より口の減らない女として有名な2年3組のカーラ・フランクランドを言い負かす自信などクライブにはなかった。
「あ、えーと、カーラ嬢?不幸な行き違いはあった様だが、未来志向でつきあっていくのが我々皆が幸せになる一番のやり方だと思うんだ」
「残念ながらあなたと幸せになる予定はないから、私は私の主張を取り下げないわ」
「大体、何をもって生命に係わると定義するかな?」
「溺れかかったという事実が殺傷性を物語っているわ。行動に伴う責任は取ってもらう必要があると思うの」
「ちゃんと助けたじゃないか」
「それでも他人の生命を危険に晒したと言う事実は残るわ。相手が示談に応じる状況でないと判断している以上、過剰な行動があった事を理解して責任を取るべきよ」
「そうは言ってもね、必ず生命を奪う攻撃ではないし、救命活動が必要になった訳でもないし、クリスティンはどう思う?」
3ft逃げた後輩に話を振らないでよ、とクリスティンは思ったが、言うべき事はあったから口を開いた。
「鎌鼬は気球を割ったから、人間相手に深手を負わせる可能性はありました。あれは豚の腸を縫い合わせたものなので。当たりどころが悪ければ顔面の機能障害を起こす可能性もあったし、出血多量で死ぬ事も考えられます」
何よりクロちゃんにそんな攻撃をする事は許せない!と静かな怒りを燃やすクリスティンであった。
「対戦中に雪だるま作ってた娘ね。緊張感の無いあなたには分からないでしょうけど、勝負の世界に生きる者は、互いの殺気を感じるものなのよ」
「それなら殺気を感じて防御をすべきでしたね」
クライブもクリスティンも、もちろんクロちゃんもジャッキーの攻撃に殺気なんか感じていなかった。ジャッキーの本気はもっと先にあるんだ。後、クリスティンは氷玉を転がしていたのであって、雪だるまではない。
風塵の魔女、カーラは眉間に皺を寄せた。
「だからあなたの様な素人には分からない事なのよ」
クライブが思うに、クリスティンは充分凄みを感じさせる人物なのだが、デボラといい、このカーラといい、魔女の里出身にしては鈍すぎないか、と思う。もっとも、クリスティンの隠蔽が上手いのかもしれないが。対戦中に氷玉を転がしていれば、のんびりしている様に見えても仕方が無い。
ここで第三王子エドウィンが皆の近くに辿り着いた。
「それでは試しにこう発表してみようか?『風塵の魔女と第三王子特別調査隊の対戦は、調査隊側が魔女を抑えたが、魔女側からの抗議により調査隊の判定負けになった、おぼれ死にかかったから過剰攻撃の反則だという主張だ』とね」
その言い方では、勝敗はとにかく、魔女側が笑いものになるのは確かだ。風塵の魔女カーラはぐっと言葉に詰まった。
「そういう言い方で反則負けを主張する側に責任を負わせるのは卑怯だわ」
「客観視すれば、君の言っている事はこう見える、と言っているんだがね」
そう、所詮は敗北を言葉で糊塗しようとしているだけだから、第三者視点で見ればみっともなく見えるのは確かだ。だが、王子にこれ以上語らせて過剰な要求をされるのも困るので、クライブが後を続けた。
「まあ、そういう事で、穏当に対応しようじゃないか。ここは勝敗は抜きで、和解という形にしてみてはどうかな?」
魔女カーラとしては勝敗についてはどっちにしろ悪名になり兼ねない。勝敗抜きの和解が一番望ましい事は確かだ。
「そちらがそう言うならこちらとしては後を引きずる気はないわ」
「それで、これはあくまで善意の申し出なんだが、学院内で誰かに迷惑をかけられないか心配している人達で集まって互助会というか相談出来る様な会合をしているんだが、参加しないかい?」
王子が呟いた。
「クライブ…」
カーラは一瞬こめかみに指を当てて思案したが、決心した。
「そうね、最近クラスの人が私に近寄らないので、いじめに遭っているのかもしれない。相談に乗って欲しいわ」
…それはいじめじゃなくて、あなたがいろいろ口うるさ過ぎるのが原因じゃないか、と全員が思ったが、誰も口には出さなかった。
「それは大変だ。私も相談に乗るが、女同士話し合うのも良いだろうから、ジャッキーとも交互に話してみてくれ」
「まあ、多くの人に意見を聞いてもらうのも良いでしょう」
えー、クライブ以外にもくどくど説教するつもりなのか、と皆は途方に暮れたが、何とか話が纏まりそうなので黙っていた。
「そういう訳で殿下、勝敗抜きでお互い矛を収めると言う事で、何らかの発表も不要です。よろしいでしょうか」
「まあ、せっかく話が纏まったのだから、それでよしとするか」
「ありがとうございます」
そうして期末のダンスパーティに備えたダンス練習が再開された。
「おい、そこのケダモノ、人が怖がる様な顔はやめろ」
「済まんな、ここの1年女生徒の虫払いとして参加するから、怖い顔をする練習をしているんだ」
「普通の顔をしていれば充分怖いだろうお前は。加減というものを知るべきだ」
クリスティンとしては助け船を出す以外選択肢が無かった。
「クロちゃんはちょっと可愛い顔をしているから、締まった顔くらいがちょうど良いの」
「可愛い?お前は目が悪いんじゃないか?眼鏡でもかけたらどうだ?」
「北風さんとは趣味が合わないだけよ」
「…北風さんって誰の事だ?」
「風塵の魔女さんだからもじって北風さん、と呼んでいるのよ」
「何で北が付くんだ?風塵の魔女の里は東部だぞ?」
里の場所なんて喋っちゃ駄目でしょ、とクリスティンは思ったが、ああ言えばこう言うタイプの人に文句をつけるのはご法度だ。デボラで学んでいる。
「ほら、北の方がクールビューティな感じで良いでしょ」
風塵の魔女カーラは眉を潜めた。
「あまりクールビューティーと言われた事はないが?」
spitfireと言われた事はあるでしょうね、とクリスティンは思ったが、自分から地雷を踏む気は無かった。
「ほら、下級生から見ると上級生は何かと大人っぽく見えるから」
とお茶を濁した。そういう北風さんのダンス練習の相手はとりあえず空いているエグバードが務めたが、ステップを踏むのが手一杯のエグバードとの練習を北風さんは拒否した。
そうしてクライブが結局ダンス練習の相手をする様になった。
「クライブは流石に伯爵家令息、ダンスは上手じゃない。私のファーストダンスの相手をしてくれない?」
「いや、同じクラスで約束してるんだ」
「…意外とモテる?」
「そういう相手じゃないんだがな」
クライブは愛想が良いとまでは言わないがそつのない対応なので意外と女から声を掛けやすいところはあるな、とジャッキーもクリスティンも思った。
つまり女性陣から魅力的なタイプとは思われていないクライブお兄さん。
月火は蝙蝠の投稿ですが…停滞中。




