2−7 凍らせれば良いという訳でもない
エドウィン王子はクライブ以外に教師か用務員に使える駒がいるらしい。金曜までには氷結の魔女らしき1年生に当たりをつけてきた。
「1年3組のデボラ・パーマー男爵令嬢、養女の様だね。水魔法師として盛んに練習場を予約して練習しているよ。1年で一番熱心だ」
王子も1年なんだが、彼は勤勉なところを見せてはいけないと思っているらしいし、爪を隠すタイプかもしれない。
「そういう訳で、明日の昼下がりに監視をしようと思うのだけれど、皆、都合をつけておいて欲しいね」
「授業は無いのでまあ都合はつきますが」
「じゃあ、そういう事で、よろしく頼むよ」
毎度の事だが、王子に呼びつけられた応接室を出て、しばらく歩いて監視者がいない事を確認してからクライブが話し出した。
「まあ、打合せ通りに私は盾と片手剣だがアイスウォール対策の大き目の金槌は用意した。エグバードはとりあえず大剣で場合によっては氷壁をたたき壊す。
ジャッキーには本人の望み通りメリケンサックを用意した」
「男なら拳で語らないとね」
「お前の性別は女だからな。ちゃんと嫁には行けよ」
「気が向いたらね」
クロちゃんの能力はクライブの判断の外にある。指示する事はない訳だが。クリスティンには当然言う事がある。
「クロちゃん、無理しちゃダメだよ。命は一つなんだからね」
「無理はしねぇよ。出来る範囲で身を守りながら攻めるさ」
「本当に無理しないでね…」
クリスティンは袖の上から両手でクロちゃんの右手首を握った。
クロちゃんとしては手首を掴まれたのは初めてである。飛びあがった。
(は、始めて腕を掴んでくれた!どうしよう、俺、もう死んでも良い!)
真上を向いてうれし涙をポロっと漏らしたクロちゃんに、ハワード家関係者は冷たい目で見ていた。
(この駄犬が!袖の上から手首掴まれただけで昇天しやがって!)
(婚約者もいない男の前でデレデレしてんじゃねぇよ駄犬が!)
(オレの方が良い人なのになんでこんな駄犬ばかり良い目を見るんだよ)
こうしてハワード家関係者のクロちゃんの脳内呼称が駄犬に変わった。
土曜の午後、こげ茶色の髪の小柄な女の子が図書室を出て、魔法練習場の横を通って裏の泉の方に歩いていく。泉の前で振り返り、左右を見渡し人気の無い事を確認し、泉に向き合う。伸ばした両手の先が薄く光り、その光が広がり泉を覆う。彼女の近くから泉が凍ってゆき、僅かな時間で全面が凍りつく。
「そういう目立つ事は止めておいた方が良いよ。面倒な人に目を付けられるから」
誰もいなかった筈なのに人の声がして驚いた彼女が振り向く。
近くの木の前から茶色の髪の少女が歩いてくる。クリスティンだ。
「誰!?あまりに地味だから見落としたじゃない!」
「通りすがりの1年生。忠告はしたよ?」
「あなたがその面倒な人って事?」
「私はこのくらいなら興味ないかな」
こげ茶色の髪の少女ほっと一息を吐いた。
「地味子が脅かさないでよ」
クリスティンは思った。地味子と言われたからではない。
(駄目子ね、この子。私が地味に見えるから格下と勝手な判断をしている。
人は見たいものを見たい様にしか見ないと言うけど、見下している相手は特にそう。自分が私の何を知っているのか、という一番大事な事をもう忘れている)
「それで、もうこういう事は止めてくれる?」
「そんなの私の勝手でしょ。それとも実力で止める?」
こげ茶の髪の少女は口元を持ち上げ、両手をクリスティンの方に向けた。
それより速くクリスティンは右手を持ち上げ相手に向けていた。手には先頭にカエルを象った形状にターコイズが埋め込まれている白木の指揮棒程の長さの棒を持っていた。
「何それ?魔法の杖のつもり?普通は光る宝石を付けるものよ」
「狙いを定めるだけだからこれで良いの」
『あなたにはこれで十分』と彼女には聞こえた。見下している相手に見下された、とこげ茶の髪の少女は判断した。だからまた無詠唱で魔法を放とうとしたが…クリスティンが3つの単語を放つ方が早かった。簡易詠唱だ。
「水、集、丸」
それでこげ茶の髪の少女の両手の前にウォーターボールが出現した。それはそこに留まり続ける。
こげ茶の髪の少女は機先を制されたとは言え、まだ強がる余裕があった。
「そんなウォーターボールで私をどうにか出来ると思っているの?」
(本格的に駄目子ね、この子。何も分かってない)
クリスティンは威嚇したのだ。あなたの前の空間の魔法子、つまり魔法を司るものは私が先に把握できるよ、と。それが理解出来ないのだから話しても意味が無い。クリスティンは右足の踵を上下して2回音を鳴らした。
その音を聞いて泉の裏からエドウィン王子と護衛が、クリスティンの後ろの木々の影からクライブ達が現れた。
「改心してくれれば良かったんだけれどね」
「心にも無いことを仰らないで下さい」
クリスティンの言葉に王子は応えた。
「君も私の事を理解してくれているようだね。嬉しいよ」
クリスティンは勿論、嬉しがらせる意図は無かった。こげ茶の髪の少女は勿論、振り返る余裕は無いからクリスティンの話相手が誰だか分からない。人狼を含む4人がにじり寄って来ているからだ。
彼女の両手が光ってアイスランスを4本、次々と投射した。
クロちゃん、盾を持つクライブ、両手剣を持つエドバーグ、そして素手(彼女はメリケンサックを知らなかった)のジャッキーの順に。
「ガアッ!」
クロちゃんの咆哮でクロちゃんの前のアイスランスが砕け散った。その咆哮に魔力をのせている為、相手の魔法現象を遡って無かったことにしたのだ。最早呪い返しに近い。
(キャー!クロちゃん凄い!もう立派な人狼なんだね!?ときめいちゃう!)
…それは恋愛のときめきではなく、飼い主が立派になった子犬に感動するときめきだった。何故なら、クリスティンの脳内では主語であるクロちゃんの前には『あんなに可愛い』という枕詞が常に付いているから。クライブは腰が高く、盾ごとアイスランスに跳ね飛ばされた。エグバードも両手剣を盾替わりにしようとして跳ね飛ばされた。そしてジャッキーは素早くアイスランスを避けた。
(ジャッキー、未熟とはいえ魔女の魔法にそれはちょっと人間技じゃないと思うよ)
こげ茶の髪の少女はクロちゃんとジャッキーに第二弾を放った。クロちゃんは咆哮で迎撃し、ジャッキーもまた避けた。
(しかし、この子は本格的に駄目子ね。私の魔法の成果物であるウォーターボールが近くに浮いているのを完全に忘れている。私がその気ならこれで口を塞いで窒息させるのに)
そう思う間にジャッキーが彼女に肉薄した。魔法で迎撃するクロちゃんと避けるジャッキーでは当然ジャッキーの方が早く辿り着いたのだ。
至近距離で放たれるアイスランスをジャッキーは苦も無く避け、彼女を仰向けに倒し、腕ひしぎ十字固めで拘束した。
(どこから突っ込んだら良いのやら…)
クリスティンも苦笑する早業だった。
「離せーっ!魔法師相手に格闘技なんて無作法よ!」
どんなルールだよ、と全員思った。魔法師相手なら接近して格闘するのは定石だ。クリスティンはカエル・ターコイズ棒を彼女の顔に近づけて言った。
「水籠りの魔女の里ではそういうルールなの?なら魔法なら良い?」
「ギャーッ!動けない相手にこんな至近距離で魔法放つとかどんな人でなしよ!」
クリスティンにはこの子の脳内ルールが全く理解出来なかった。
本作は恋愛小説ですからバトルは1話で纏めるのです。ところで、腕ひしぎ十字固めはネットで絵を見ると思っていたのとは違う…でも他に見当たらないのでこの名で書いておきます。




