◆ 第三章 お飾りの妃は手柄をたてる(6)
◇ ◇ ◇
「あれからもう一週間か」
ベアトリスはカレンダーを眺め、ひとり呟く。
錦鷹団では小柄な男性団員の女装による追加の囮捜査を行い、何人かの売春女性に接触することに成功した。
そこから明らかになったのは、モヒート商会という中堅商会がこの事件に関わっている疑いが強いということだ。
「カイルさん。こちらの調書はここに置いておいて大丈夫でしょうか?」
「あ、うん」
「それと、モヒート商会についての調査書です。建物内部の地図も入手しました」
「あ、うん」
ベアトリスの声掛けに対して全てを「あ、うん」で済ませているのは、カイル=ベイツ。ベイツ侯爵家の長男で、錦鷹団の団員のひとりだ。ベアトリスがここの錦鷹団に入るきっかけとなったあの手紙の差出人でもある。
(カイルさんって、本当に寡黙だな)
ベアトリスはそんなことを思いながら、作業に集中するカイルの横顔を眺める。
錦鷹団には団員が十数名いるが、主要なメンバーはサミュエルとランスともうひとり、このカイルの三人だ。そして、この三人はジャン団長の右腕的な役割も果たしている
ただ、カイルはあまりベアトリスとは仕事で絡むことがなかったので、これまでほとんど言葉を交わしたことがなかった。今回、アルフレッドから違法薬物組織の摘発の主担当であるカイルを手助けするようにと言われたので初めて会話をしたが、すべての会話が「あ、うん」の一言で終了してしまい、人となりが全く掴めない。
(うーん。ベイツ侯爵家のカイル様って言ったら、セルベス国有数の名門貴族なのに全然社交に姿を現さないと友人からも聞いたことはあったけれど……。想像していたタイプとは予想が違ったわ)
アルフレッドからカイルは寡黙であると聞いてはいたものの、ここまで寡黙だとは思わなかった。事前の友人からの情報やアルフレッドから聞いた話を勘案して、ベアトリスはカイルのことを勝手に、もっとこう、ミステリアスな感じの人だと思っていたのだ。
実際のカイルはと言うと、濡れ羽色の髪の毛はいつもぼさぼさで目元までかかっているため、ぼさっとした印象を受ける。その髪のせいで顔がよく見えないのだが、鼻から下を見る分には整っているように見える。長身で、実験服のようなロングガウンを着ていることが多い。
「明日の件の打合せは、あとで呼んでいただけると言うことでよろしいですか?」
「あ、うん」
安定の返事だ。ベアトリスは片手で持っていた書類を両手に持ち直す。
「それでは、わたくしは失礼い──」
そのとき、「え、それっ!」と大きな声がした。カイルが喋ったのだ。
(え? 「あ、うん」以外に喋った!)
驚くベアトリスの左手を、カイルはむんずと掴む。
「やっぱり! これって、宝凜の指輪じゃない!?」
「ほ、ほうりんの指輪?」
カイルがまじまじと見つめているのは、一週間ほど前にアルフレッドから贈られた指輪だ。ベアトリスは初めて聞く聞き慣れない名称に、首を傾げて聞き返す。
「うん、そう。宝凜の指輪はね、ものすごく貴重な魔導具なんだよ。魔力を込めることにより、嵌めている人に危機が迫りそうになると撥ね除ける護身の力がある」
「え? これって魔導具なんですか?」
ベアトリスは驚いた。だって、アルフレッドはそんなこと一言も言っていなかったから。
「魔導具だよ。それも、超貴重な国宝級の。王宮の宝物殿に置かれているのを一度だけ見たことがあるけど、それに間違いないと思う」
「宝物殿!?」
それはつまり、これはとんでもないお宝であるということではないだろうか。
(あの人、なんでそんなもの贈ってきてるのー!)
高そうだとは思っていたけれど、国宝級の物を贈ってくるだなんて想定外だ。




