冬至祭り
ツアーが終わり、冬至祭りがやってきた。
再び都には大勢の周辺住民が押し寄せてきていた。今も大通りを中心ににぎわっている。
大道芸人があちこちで芸を披露して喝采を浴びている他に、移動屋台や行商人もあちこちで商品を並べて客寄せを熱心に行っている。
酒蔵は次回の下り酒に備えていて、新作の酒のイメージ宣伝に余念がない。
再び都のあちこちに周辺住民の守護樹が集まって、森を形成していていた。鮮やかな垂れ幕やツリー飾りなどが大量に盛りつけられている。
大通りや商店街、護岸の散歩道も様々な色合いの横断幕や旗などが所狭しとひるがえり、オブジェや店の看板なども派手な動きをして人々の目を引いている。
夏至祭りの時とは異なり、参加しているエルフたちは防寒服で身をしっかりと包んでいた。そのため、余計に森の木々が動いているようにしか見えない。
各家庭での準備は、ツアーがあった影響で夏至祭りの時ほどには念入りにされていない。
それでも岩派の家では自家製のフレッシュで甘いワインの出来栄えに一喜一憂し、森派の家では同様に自家製ドブロクと焼酎の出来栄えに悲喜こもごもなシーンが展開されていた。
ラウトの家でも、粟の焼酎の出来に父が至極満足した表情を浮かべている。彼が丹精こめて仕込んで蒸留し、ハーブをたっぷり添加した逸品だ。自称だが。今は母の料理を手伝っている。
この時期の森派の冬至料理は、丸々と肥えたカキや大アサリに巻貝、フジツボにホヤなどをふっくらと蒸して、その家秘伝のソースをかけた海鮮料理である。
淡水のジャムナ内海では、他の異世界とは違って本来は海の生き物が淡水に適応して繁殖している。そういった事情なので、こうして食卓によく並ぶのである。
姉は、行商人や民間農園の売り子から購入した様々な色合いのチーズを、鼻歌混じりで切り分けていた。それらを新鮮野菜のサラダに混ぜている。
他には、いつもの虫の幼虫や成虫、卵を揚げたり蒸したり発酵させたりした皿が並んでいく。
ラジオからはアバンの歌う聖歌が流れてきている。さらに窓の外では本人が空飛ぶじゅうたんに乗って、町の中を飛行しながらライブコンサートをしている姿が見られた。
「おい、腐れハゲ。そろそろコラールさんとのデートの時間だろ。さっさと用意して行け、この腐れハゲ」
姉がニヤニヤしながら、大アサリの下ごしらえをしていたラウトを急かした。
ラウトがジト目になって引きつった笑いを浮かべる。
「……姉さん。もう腐ってもいないし、ハゲてもいないんだから勘弁してよ。……それじゃあ2時間ほど出かけてきます。姉さんも支度するんでしょ?」
「いやー、モテる身はつらいわー。トリプルデートがやっぱり限界よね。1人当たり30分、んで、移動に15分。今回は魔法研究所と、大学と医局よん。完璧すぎて私の美貌が怖いわね」
「はいはい、それは良かったね」と、適当すぎる相づちを打って、手早く服装を整えて出て行くラウトである。
姉もすぐに外出していった。そんな姉弟を見送った母が、料理の手を少し休めて微笑んだ。
「ラウトが薬師部に配属になって、どうなることかと案じていたけれど……何とかなりましたねえ父さん。ナンティは相変わらずですけど」
父も手を休めて、グラスに注いだ新作焼酎を一口飲んでうなずいた。目元が緩みっぱなしなので、満足な出来なのだろう。
「そうだね。腐ったりハゲたり死んだりしたけど、頑張っていると思うよ。彼女もできたし。後は私たちが生きている間に無事に結婚してくれれば申し分ないんだけどね。ナンティは相変わらずだけど」
「3人と同時デートなんて、私たちの時代では考えられないわね。まあ、しっかり者だから心配ないでしょう」
母のため息混じりの言葉に同意する父である。
「さて、次はキノコ料理か。下ごしらえをしようかね」
特設会場では国王が壇上に立って、冬至祭りの祝詞を朗々と歌い上げていた。観衆たちもそれに唱和している。
祝詞の歌声が石造りの建物の多い都に反響して、神秘的な雰囲気をさらに盛り上げている。
当然、精霊場が強くなっているので、出稼ぎたちは頭を抱えて右往左往している。虫や鳥なども特設会場とその周辺から大挙して逃げ出し始めていた。
(そういえば、ラウトさんの歌声って初めて聞いたかな。結構良いじゃない)
観衆の海の中に混じって祝詞を歌っているコラールが、念話で隣のラウトを褒める。
ラウトが耳の先を赤くして照れながら念話で返した。2人とも私服姿なのだが、そこはエルフなので大したオシャレは期待できない。
(姉さんからは酷い評価をもらうけれどね。しかし3宗派共同で歌えるこの祝詞は良いもんだね。この後は屋台を回りながら都の先端部の展望台まで行く予定だけど、予想外に人が多いなあ)
コラールが歌いながらウインクをラウトにした。
(南半球のブトワルとウダヤギリからの下り酒が本格的に出回ってきたから、その屋台を中心に回りましょうよ。展望台は人気があるからたどり着けないかもしれないわね。あとは、野生キノコの行商人を色々見て行きましょう。口コミ掲示板で人気の屋台がたくさん出ているから、今年も期待できそうね)
ラウトが歌いながら苦笑する。
(うん。それは賛成だけど、あんまり変なキノコは避けた方が良いと思うよ。酔っ払ってしまったら、その後の冬至の食事にありつけなくなるから)
コラールの耳先が赤くなった。確かに2回連続で王宮の屋根で朝を迎えるような事態になるとマズイと思っているのだろう。コホンと咳払いをして横目でラウトを見つめた。
(ほら、歌に集中できていないわよ、ラウトさん)
病院は夏至祭りの時のように緊急外来だけの受け付けになっていた。今回は野生キノコが相手なので、酔っ払って担ぎ込まれるエルフの数が少し多めである。当然ながら、異世界からの出稼ぎ連中も中毒症状で次々に担ぎこまれて来ていた。
まあ、いつものことなので、平然と診療に当たっているバランであるが。手元の空中ディスプレーには薬師部屋でせっせと薬を調製しているミンヤックの姿が映っている。
「ラウト君の休暇を認めてしまったけれど、問題なさそうかい? ジャンビ君」
作業の手を休めないままミンヤックが「フン」と鼻を鳴らした。
「既にキノコの波動解析が終わっているから大丈夫だ。この最後のキノコの解毒剤を調合して波動試験にかければオレの仕事はほぼ終わりだよ。遺伝変異がそこそこ多かったが、まあ予想の範囲内だったな。この後はゴーレムに任せればいいから、オレは酒でも飲んでいるよ」
バランがその返事を聞いてうなずいた。
「そうか、それは良かったよ。その仕事が終わったら、申し訳ないけれど、私のところまで来てくれないかな」
了解したミンヤックを確認して、ディスプレー画面を消去するバラン。
医局のスタッフに、ミンヤックがそろそろ全ての毒キノコの解毒剤を作り終えると伝える。これまでのところは、毒キノコを食べて酔っ払ったエルフはどれも軽症で済んでいた。そのため、特に解毒剤を処方する必要性はなさそうである。
一方、出稼ぎ連中は深刻な中毒症状を呈している患者が次々に運び込まれていた。医局のスタッフや医師は彼らにかかりきりの状態である。トロルですら倒れて痙攣している有様だ。
「本当に、エルフという種族は不思議なものだよ。さて……次は取材か」
バランがスケジュール表をディスプレーで確認した。部屋に医師と警官を呼ぶ。
入ってきた警官は若い女性で、バランが申し訳なさそうな表情で告げた。
「……ええと。ブトワル王国の機動警察官のカタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロクさんですね。申し訳ないが、見ての通り患者が多いのでね、取材は手短に頼みますよ」
女性警官があまり表情を崩さずに敬礼して答えた。
「は。かしこまりました。バランケマス医師さま」
と、そのままもう一人の医師に端正な顔を向けた。女性警官はトリポカラの警察制服ではない別の制服に身を包んでおり、腰までの真っ直ぐな金髪に空色の瞳をしている。
彼女がじっと見据える、こちらの医師は男性で20代後半のような顔立ちをしていた。ただ、激務のせいなのか曇ったような表情だが。やや銀色がかった真っ直ぐな金髪は肩までかかり、瞳の色は青灰色をしている。
「元モラトゥワ王国医局のコソン-カサール-サン医師ですね。地元での流行病での引責辞任には、私も残念に思います」
コソン医師が苦笑して手を軽く振った。
「いえ。私も感染してしまいましたので辞任の処分は真っ当ですよ。バラン医師のおかげで被害拡大が阻止できたのです。無職になって森へ帰ろうと考えていた私を、臨時雇用でこの病院に入れてくれたバラン組には感謝していますよ」
バランが微笑んで返事をする。
「有能な医師が、森で隠居するなんてもったいないですからね」
女性警官がうなずいて、重ねてコソン医師に話しかけた。
「我がブトワル王国は、獣人世界のタカパ帝国に設立された初めての魔法学校へ教師を派遣する契約を交わしたのですが……その帝国の位置は、エルフ世界ではモラトゥワ王国辺りに相当するのです」
コソン医師が「なるほど」とうなずく。
女性警官が話を継いだ。
「基礎的な情報はすでにモラトゥワ王国からいただいています。問題となるのは、私たちエルフが外の世界へ行く際には、自身の守護樹を持ち込めない事です。そのため、精霊魔法が大幅に制限を受けてしまうのです。これに対処するには、現地で精霊と契約しないといけません。何かアドバイスはありませんか」
コソン医師が少し考える様子になった。
「そうですね……獣人世界とエルフ世界とは別々ですから、正確には分かりません。ですが、モラトゥワ王国領土で最も強いのは森の精霊場です。恐らくは獣人世界のタカパ帝国も同様でしょう。大きな森にいる森の精霊と契約してみてはどうでしょうか。次点で水の精霊ですね。他の精霊場は平均並みですよ」
女性警官がうなずいた。
「なるほど、森ですか。盲点でした。私は光の精霊にしようかと考えていたのですが、それが平均並みであれば、ここは森の精霊に変えた方が良いでしょうね」
コソン医師が自嘲気味に微笑んだ。
「流行病を私が抑えることができなかったのも、光の精霊場が強くない土地柄だったせいもあります。雨が多いですからね、光による殺菌魔法はなかなか効果が出ないんですよ」
女性警官が強くうなずき、そのまま敬礼する。
「貴重な情報をありがとうございました。用件は以上です。では医局の皆様、私はこれで失礼いたします」
そう言って、てきぱきとした無駄のない動きで女性警官が部屋から退出した。
バランが感心した様子で見送る。
「ほう……かなり優秀な警官みたいだね。彼女が、その魔法学校の先生として派遣されるのか。ブトワル王国はエルフ世界で最も解放的だからなあ。精霊魔法の教育と普及まで手がけているんだねえ」
コソン医師もうなずく。
「そうですね。このトリポカラ王国は巨大ですから、そういった小回りが利く事業展開は難しいでしょうね」
バランがコソンをじっと見つめる。
「臨時雇いの件なんだがね。この冬至祭りが終了すると、いつもの業務に戻るんだが……そうなると人手が足りてしまってね、君の業務契約も終了することになるんだ。残念ながら、モラトゥワ王国からは君の再雇用の話はまだ来ていない。何か今後の予定はあるかな?」
コソン医師がかぶりをふった。
「いえ。臨時雇いをしてくれただけで感謝していますよ、バランさん。そうですね、このままモラトゥワの森に入って隠居することにしますよ。どうせ後1500年もすれば精霊化しますし」
厳しい顔をするバランである。
「もったいないなあ」
そこへ、ミンヤックが足音を大きく立てながら部屋へ入ってきた。作業を終えてすぐにやってきたのだろう、生薬臭い。
「よお、バラン。何だよ話って」
バランが微笑んで出迎える。
「やあ、ジャンビ君。ちょうど良いところへきてくれたね」
「では私はこれで」と、退出しようとしたコソン医師をバランが止めた。そしてミンヤックも呼び寄せて、やや声を小さくして話始めた。
「ディスプレー越しでは会話記録が残るからね。ちょっと密談でもしよう」
怪訝な表情のコソンとミンヤックである。
バランが構わずに話を進める。
「出稼ぎに来るオーガやゴブリンにトロルたちの故郷の世界で、医者を募集しているんだよ。簡単な仕事ではないし、命の危険も伴うんだが……どうだろうか? コソン-カサール-サン医師」
コソン医師が目を点にして驚いている横で、ミンヤックが大声をあげた。
「はあ!? 三百万年間ずっと戦乱続きだぞ、あの世界は! 行くだけ無駄だ」
「こらこら。密談だと言っただろジャンビ君。もう少し声を抑えてくれ」
バランが苦笑しながらミンヤックをたしなめる。
「世界間組織の自由医師同盟というのがあってね。わがトリポカラ王国もそれに加盟しているのだよ。だから、緊急時に死者の国から医師を呼ぶことができたのだけど……こちら側からは精霊魔法や波動医術に通じた医師を派遣できていないのだよ。どうだろうか? このポストだったら確実なのだが」
話が理解でき始めたコソンの横で、ミンヤックが渋い顔を続けている。
「有名な医師同盟だけどな、バランよ。メンバーは訳あり医者ばかりだし、魔法使いのウィザードやソーサラー、法術使いに妖術使い、死者の国の死霊術使いまでいて、互いに足の引っ張り合いをしているって評判の組織だぞ。そんな中に一人だけエルフが入っても協力者なぞいるわけがないし、まともな仕事なんかできないと思うがね」
バランが苦笑しながら同意する。
「ジャンビ君の言う通りだね。さらに悪いことにエルフ世界は鎖国しているから、十分な支援は期待できないと思う。先ほどの魔法学校の件と同じで、守護樹を持ち込めないから精霊魔法に著しい制限がかかる。薬も輸出規制にかかるから、まともな物は提供できない。現地世界で独自に生薬を採集して薬を調製してもらうことになると思う」
ミンヤックが思い切り呆れたような表情になった。
「はあ? そんなんじゃあ、行く意味すら無いだろ。昼寝でもしてろってか」
そこでコソン医師がクスリと笑った。
「なるほど……昼寝が仕事ですか。確かに隠居する身としては適した環境かもしれませんね。考えてみます。明日までには返事を出しますよ」
「おいおい……」とジト目になっているミンヤックである。
バランが微笑んでうなずいた。
「詳しい待遇や資料は、後で君の守護樹あてに送るから参考にしてほしい。モラトゥワ王国もそのうちに心変わりをするだろう」
コソン医師が部屋から退出するのを見送ったミンヤックが、バランにニヤリと笑いかけた。
「なるほどな。オレのような反対意見を遠慮なく言える奴が必要だったわけだな」
バランが耳の先を指でかいて微笑んだ。
「済まなかったね。立場上、私が反対意見を言えるわけがないし、コソン医師は物静かなタイプだからね。ジャンビ君のような人が必要だったんだ」
ミンヤックが腕組みをして唸る。
「まあ、それは構わないよ。しかし、むむむ……あの戦乱の世界の住民の寿命って、確か100歳もなかっただろ? エルフから見たら短すぎる生涯だろう。価値観から何から違うから、治療も手探りになるぞ」
バランは何も言わず、少しの間、窓の外を見ていた。……と、何か思い出したようだ。机の引き出しの中から糸の束を取り出してミンヤックに見せた。
「そうそう。魔法研究所がね、クモの糸を微生物につくらせて手術用の糸に加工したものを開発したんだよ。これの分析を君の世界でお願いできないかな」
そう言って、バランが糸の束をミンヤックに手渡した。
「ふむ。それは構わないが……さすがエルフの発想だな。分子構造と強度の分析でいいかい?」
「うん、それで頼むよ」
バランがうなずき、補足説明をする。
「基本の分子構造が分かれば、あとはそれをモデルにして、微生物に精霊魔法をかけて色々な糸をつくることができるようになるからね。魔法研究所では、これを発展させるつもりのようだよ。糸だけじゃなくて、樹脂との複合素材や器械部品までつくりたいそうだ」
ミンヤックが苦笑した。
「おいおい。ドワーフ世界の部品工場にその基準を適用させるつもりだな? クモの糸でボルトとかネジとか作る時代になるのかよ。まあ、エルフらしいといえばらしいけれどな」
バランがディスプレーのスケジュール表を見て、ため息をついた。
「ジャンビ君、済まないが巡回診療の時間だ。一緒に歩きながら話の続きをしようか」
病院のスタッフ全員が、白衣をぴしっと決めたバランに会釈をしていく。バランは鷹揚にうなずいて応えながら、ミンヤックと一緒に病院の廊下を歩いている。
「スミング農園長がね、次の下り酒では、異世界からの観光客向けに二日酔いしない酒を仕込むとか意気込んでいるよ。生薬やキノコを組み合わせて仕込むそうだが、一つ懸念材料があるんだよ。私たちエルフは酔わないだろう? だれかドワーフで実験に協力してくれそうな奇特な人はいないかな?」
ミンヤックが怒り笑いしながら即座に否定する。
「いるわけねえだろ! 飲んだら即死みたいな酒になるのがオチだぞ」
バランがそれを聞いて声を出さずに含み笑いをした。それでも、病院スタッフからの会釈に対する応答はそつなくこなしている。
「そうだね。スミング君には、そう伝えるか。いつも通りの、マトモな酒を仕込んでもらうように進言してみるよ」
ミンヤックも大いに同意する。
「ぜひとも、そうしてくれ。酒を飲むときに余計な心配をしたくないぞ。ん? この病室はドワーフが患者なのか? 表札がドワーフ名だが」
バランが澄ました顔で、「そうだよ」と答えて病室に入った。一緒に入ったミンヤックの目が点になる。
確かにベッドに横たわっているのはドワーフのおっさんなのだが……樽のようなずんぐりした胴体の形がおかしい。腹が2倍くらいに大きく膨らんでいる。
診察を手早く終えたバランが、経過は順調だと患者に伝えた。その後で、ミンヤックが立ち尽くしている場所へ戻ってくる。
「エルフ世界にくる異世界の住人に時々起きる病気だよ。精神や肉体に作用する魔法場が強いからね、遺伝子異常をきたしてアルコール依存症になることがあるんだよ。脳がアルコールを検知すると大量の快楽物質を放出してしまって依存症になるんだ。こうなると、際限なくアルコールを飲み続けることになるから危険なんだよ」
「まじかよ……」と驚いているミンヤックの背を押して病室を出た。バランが話を続ける。
「治療方法は、遺伝子を正常化するプログラムを組んだウイルスを患者に投与して矯正させるんだけどね。治療期間中は内臓に大きな負担がかかるんだよ。そこで、巨大ヘビの毒を利用した薬で、患者の臓器を2倍程度まで巨大化させて強化するんだよ。その姿があのようなものになるんだけどね」
ミンヤックがジト目になって、バランの説明を聞いている。
「……ああ。あのヘビの毒からつくる薬って、そういうことかよ。ラウトが採取してきた毒だろ? 麻酔薬じゃなかったのかよ」
バランがウインクして含み笑いをした。同時に病院スタッフにも鷹揚にうなずく。
「麻酔薬だよ。臓器がいきなり倍の大きさになったら、激痛で大変だろ。副作用で臓器が巨大化するだけだよ。まあ、副作用の方は……あまり知られると、あのヘビの乱獲につながってしまうから秘密にしているけれどね」
ミンヤックが笑いながら降参の身振りをした。
「分かった、分かった。酒はできるだけ控えるようにするよ、バラン先生」
バランがうなずきながら微笑んだ。
「そうしてもらえると、ラウト君も楽に仕事ができるようになるはずだよ。最後に一つ、君にも伝えておく必要があると思って話すんだけど、これはあくまで私個人の見解だよ。ドワーフ世界に報告するかどうかは君の判断に任せるよ」
ミンヤックがバランのもってまわったような言い方に怪訝な顔をする。
「何だよ、一体」
「うん……トゲアカのことなんだけどね」
バランが澄ました顔のままで、行き交う病院スタッフに応答しながら……小声でミンヤックに話しかける。
「元々、陸上の植物は全て水中の珪藻類から進化していることは知っているだろう? 上陸する際に植物は、全身の細胞へ水分と養分を供給し循環させるために、特定の細胞を自己壊死させて空洞化し、それをパイプとして使うことをしたんだよ。つまり、陸上植物は死霊術と闇魔法を最初から習得していたのではないだろうか? ほとんどのエルフはそれを認めることはないだろうけれどね」
ミンヤックの表情にも驚きの色が出ている。
「おいおい。エルフって死霊術と闇魔法を最も嫌うじゃないか。ああ、でも、言われてみれば、エルフでも訓練すれば使えるようになるんだよな。ってことは、守護樹もはじめから能力を有しているってことかい?」
病院の廊下を歩いて、次々に病室の巡回をしていくバランが澄ました顔のままでうなずいた。
「私たちが拠り所とする守護樹や生命の木も例外ではないだろうね。だからこそ、アンデッドから進化して魔神になった者の影響を受けて、トゲアカのような種類の木が誕生したのだろうね。別に突然変異でも何でもなくて、隠れていた特性が表面に現れただけだと思うんだよ」
ミンヤックが腕組みしてニヤリと笑った。
「バランの個人的な見解だな。まあ、それはオレの胸の内にしまっておくよ」
バランが診察を終えて、ミンヤックを病院内のカフェに誘う。
「そうしてくれると助かるよ。まあ、こんな見解を口外したら、あっという間に3宗派から弾劾されて、コソン医師みたいに病院から追放されるだろうね。ま、それも別に構わないけれど。しかし、ジャンビ君。世界は奥深いものだと思わないかい?」
ミンヤックがガハハと笑って同意した。
「まったくだ」
バランとミンヤックの2人がやってきた病院内のカフェからは、ジャムナ内海の広がりがよく展望できる。
澄み切った冬空が広がる上空には、無数の鳥と虫が飛び交い、水中には真っ黒な影をつくって大量の魚の群れが泳ぎまわっている様子が見える。
この辺りは亜熱帯気候なので、紅葉したり落葉している木々は見当たらない。ウルシの仲間の木がポツポツと赤くなった葉を見せているのが目立つくらいである。
紙コップにコーヒーを注いだバランとミンヤックがそれらを見下ろす。病院のスタッフや患者たちも思い思いの場所で談笑している。
バランが内海を眺めながらミンヤックに聞いた。
「都は、あと3ヶ月弱ほどはこの辺りをウロウロするのだけど、この水域は魚の大物が結構いるんだよ。そのうちに、釣りでもしに行かないかい? たまには焼き魚も食べたいだろう?」
ミンヤックが白い歯を見せてうなずいた。
「うむ。良いな、その話。乗った」
了
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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