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ドワーフ世界

 喫茶店でコラールとお茶をしていても、ぐったりしているラウト。アバンのキャラキャラした歌が流れているが、そのキャラキャラはラウトに指一本動かす気力も与えてくれそうにない。

「は、早くミンヤック先生に帰ってきて欲しい……」

 ようやく、それだけ言うラウトに、さすがに心配するコラールである。

「大丈夫? ラウトさん」

「はは」

 と、力なく笑う。

「ああ、時間だ、熱帯の薬草園へ飛んで技術指導しに行かなくちゃ。ごめんね、お先に失礼するよ」


 ふらふらと去っていくラウトの後姿を、心配そうに見守るコラール。きちんと2人分の料金を、ラウト自身の守護樹から支払っていくマジメさに苦笑する。

(全てはミンヤックさんに血の気が多いせいね。ドワーフ向けのダウナー系麻薬ってあったかしら。後で検索してみようっと)



 図書館へ戻り、同僚のセリアとそのことで話す。それなら、とドワーフ世界に戻ったミンヤックを探し出して、彼を波動スキャンしてみようということになった。

 人はそれぞれ固有の波動を発しているので、それに適合する麻薬を使えば理想的な効果を得られるのである。


 なお、この作業は単にエルフの映像をドワーフ世界へ飛ばせばいいだけなので、テレビ電話のようなもので事足りる。

 今回は、コラールの映像を飛ばす手はずになった。ちなみに表面上は、あくまで依頼の手術道具に関してミンヤックに提供した素材データの確認である。


 貿易官にスンティアサ図書館上司を通じて話を通してもらい、司書室の空中ディスプレーに映像回線をつなぐ。

 すると茶をすする坊主が映った。

「なんだ、またエルフ世界かね。のぞき趣味は感心しないな」

 坊主が面倒臭そうに顔を向ける。彼の隣にゲートが見えた。これはエルフ世界側のものと違ってボロボロではなく大理石のような石造りで立派な風格を持っている。


「のぞきなど、私たち誇り高きエルフがするとお思いですか、ゲート管理人。アンデッドの分際でエルフを侮辱する事は許しませんよ。言われた通りになさい」

 スンティアサ司書長がジト目をきつくして反論する。コラールは内心(その通りなんですけど……)と、首を少し引っ込めている。隣のセリアは面の皮が厚いようだ。司書長と一緒になって、茶のみ坊主を非難している。


 坊主がエルフ側から送られてきたゲート使用申請の理由を一読して、あからさまにため息をついた。

「何という、ささいな理由じゃ。このゲート魔法で消費される魔法場のエネルギー量に見合うものとは、到底思えないぞい」

 さらに声高に非難する司書長とセリアを無視して、説教を始める坊主。

「よいかね、エルフの諸君。このゲート魔法は世界間移動を行う高度な魔法を使用しているんじゃよ。魔法使いたちが使うウィザード魔法よりも高度な術式でな、大量のエネルギーを消費するんじゃぞ」

 さらに説教を続ける。

「ましてや、君たちが使う精霊魔法などとは比較にならぬ。そもそも、君たちが偉そうにして使っている精霊魔法などは、魔法場の供給源が小規模すぎて、不安定ということを自覚してもらいたいものなんじゃがね」


 さすがにコラールもイライラしてきた。坊主の説教はまだまだ続く。

「ワシは少し違うが、通常のアンデッドたちが使う死霊術も、魔法場の供給源は死者の国の主が管理しておる。じゃから魔法場に接続すれば、安定して術を発動させることができるんじゃよ」

 さらに続く。

「ところがじゃな、エルフ諸君の精霊魔法はその管理者がいないときておる。じゃから、エルフ世界でも使える場所と使えない場所ができてしまっているじゃろう。そんな信用の低い魔法体系をだな、誇りだ何だと語ってもらっても、ワシから見れば……」


「うるさいな、このアンデッドが」

 ついにコラールが参戦した。司書長とセリアが歓迎する。

「アンタの御託は要らないのよ。こちらは正規の手続きを済ませているんだから、さっさと仕事をしなさいよ。アンタのその無駄話のせいでゲートを使えない時間が増える方が、はるかに損失を出しているのよっ」

 そうだそうだと、喜んで坊主を追撃で非難する司書長とセリアである。


 坊主も説教の話の腰を折られたので、それ以上語る気をなくしたらしい。

「わかった、わかった。さっさと仕事をすることにするわい。ほら、お目当てのドワーフ世界だ」

 と、坊主の姿がディスプレーから消えた。代わりに映し出されたのは、ドワーフたちのドンチャン騒ぎの真っ最中だった。


「は?」

 さすがに怒ったコラールが、意識を映像先に飛ばした。いきなりミンヤックらドワーフたちがいる世界に、コラールの姿が現れる。

 すぐさまミンヤックに詰め寄った。

「こらー! ミンヤックさんっ。なに酔っ払っているのよ!」

 仕事のことと、ラウトのことを話す。


 が、ミンヤックを含むドワーフたちはパニック状態になっていた。酒ビンやツマミの皿が空中を飛び交っている。

「……あ、そうか」

 ようやく我に返ったコラールが自身の姿を確認した。半透明で透けて見え、薄ぼんやりと青白く輝いている。

 元々白いエルフの肌は、さらに透き通っているせいで現実味がなくなっていた。声も風の精霊経由で発しているので、とても肉声には聞こえない。まさしく幽霊である。


 どうやらドワーフたちは、死者の国の住人が攻め込んできたと錯覚した様子だった。

 確かに死者の国では、力持ちでタフなドワーフは人気がある。ゾンビなどに加工して警備員や土建業の人夫にするのが一般的だ。しかし、実際には世界間や政府間の取り決めによって、ドワーフ本人がゾンビになるという契約をする場合を除いては禁止されている。そのため、不要な心配ではあるのだが。


 それでもこういった都市伝説はいつの世も健在である。ましてや滅多に見ることができないエルフの生霊なので、酔っ払ったドワーフが大騒ぎするのは致し方ない。

 正確には生霊ではなくて、風と光の精霊を介した立体ホログラフなのだが、酔っ払った連中にはそこまでの理性と判断は期待できない。しかもコラールが怒鳴り込んで現れたので火に油を注いだ状態である。


 実はここはミンヤックの実家で大勢の親戚が集まっていたと、しばらくして分かった。部屋の様子はエルフ世界のものとは全く異なり、木製の床に壁、天井で、イスや机なども木製、ソファーには動物の皮がふんだんに使用されている。

 木製の天井に何か塗装しているようで、天井自体が昼間のように輝いて、室内をくまなく明るく照らしている。

 空中ディスプレーもエルフの世界で使われている型よりも100世代ほどは進んでいる代物で、解像度も立体感も映像とは思えないクリアさである。音響も誰が部屋のどこにいても楽しめるように空間処理されている。


 ただ、自然を愛するエルフにとっては、こうした木材や皮革を使用した家具や部屋の内装はありえない。大量の異世界の情報に接する司書でなければ、さらに怒り狂って精霊魔法で攻撃していただろう。



 びびりまくっているドワーフたちを見下ろして、ようやくコラールも落ち着きを取り戻した。

 周りを見渡すと、大勢の親戚の子供らが幽体姿のコラールを見て、泣き出すわ、勇者よろしく酒ビンを持ってブンブン振り回して攻撃してくるわ、逃げ出すわで大騒ぎに拍車をかけている。

 大人たちは男女問わず大いに酔っ払っているので、パニック状態のまま部屋の隅に固まって震えていた。


 こほん……と咳払いをして、エルフの品格を出来る限り高潔に保ちつつ、優雅な足取りでミンヤックが転がっている場所まで空中移動するコラール。

 実はかなりの赤面状態で、冷や汗も滝のようにこぼしているのだが……エルフの光精霊魔法の映像レベルではそこまで解像度が高くないので、ドワーフたちには分からない。


 とりあえず、金縛りになってパニックになっているミンヤックの両頬に手を添えた。訓練を受けたエルフは精神関連の精霊もある程度なら使役できるので、魔法でミンヤックのパニックと金縛りを解除する。

「私よ、ミンヤックさん。コラールです。エルフ世界から映像を送っています。分かりますか」

「あ? ああ。コラール? ああ、あ? ああ、コラールね。コーちゃん」


 パニックは取り除いたが、すでに酒で酩酊していたようだ。悲嘆系統の精神錯乱の魔法を叩き込んでやろうかと一瞬考えたコラールだったが、何とか思いとどまった。

 酩酊しているミンヤックの、ろれつの回らない話によると、道具の注文は済んでいて今は受け取り待ちのようである。コラールがミンヤックの脳をスキャンすると、こちらが要求する素材で注文していたと分かった。しかし、酩酊しているので彼の思い込みかもしれない。


「それでも信用できませんから、確認しなさい」

 怒りのジト目でコラールが詰め寄ったので、仕方なくミンヤックもこの世界の上司と連絡を取ることになった。

 しかし、周りの大騒ぎで話ができないのでベランダへ出る。


 一緒についていくと、コラールの目に林立する巨大な摩天楼の大都会の景色が飛び込んできた。巨大で高層すぎて、夜なのもあるが地面が見えない。しかも、摩天楼は互いにあちこちで空中回廊を通じて連結している。

 その隙間を無数の浮遊艇が忙しく流れている。ミンヤックたちも、その地面も見えない摩天楼群の一つの部屋のベランダにいた。


 あ然とするコラールに、ミンヤックが頬を酒で赤く染めた顔で報告した。夜風に吹かれて、酔いも若干覚めてきた様子である。

「確認したよ、コラール。品は順調に仕上がっているそうだ。素材も寸分違わず注文通りだから心配いらんよ。ん、ああ、エルフ世界とは違う街並みだろ。これが俺たちの世界だ。経済活動が活発でな」


「え、ええ……」

 ぎこちなく答えるコラール。とりあえず、表面上の仕事はこれで終了である。

「これだけの社会を維持するには、大量の資源とエネルギーが必要なんだよ。今や地球でリサイクルするだけでは足りなくなって、火星や木星まで手を伸ばしているよ」

 コラールがベランダの手すりから身を乗り出して、外を観察する。

「夜中なのに、所々昼間みたいに明るいですね」



 そこへ子供達が乱入してきた。口々に明日のクラブの試合や発表会のことを話して、コラール幽霊にアタックをかけてくる。コラールは幽体なので、突っ込んできた子供らはそのまま突っ切って、ベランダの壁に激突してしまった。ミンヤックが笑ってうなずいた。

「よしよし。なかなか参加できないからな」

 妻もベランダに出てきて喜んでいる。

「初めまして。ジャンビ‐サルミの妻のタンナ‐アロライです。主人がいつもお世話になっているようで、すいません」


 ようやく幽霊姿に慣れてきたようで、近づいてきた妻がコラールに挨拶する。コラールも赤面して謝った。

「ああっ、すいませんでした。家族団らんの時に、いきなりお邪魔してしまいまして」

 タンナが複雑な笑みをこぼした。

「いえいえ。お仕事でしたら仕方がありませんわ。こうして親戚一同みな、何不自由なく暮らせるのも主人の仕事のおかげです。異世界派遣なので手当てが充実しているんですよ。それでもね……」

 妻が悲しい顔になった。

「今度のことみたいに、牢屋に入れられたなんて聞いてしまうと。私たちも大変だったんですよ」


 コラールが同情する。しかし、きつい目をしてミンヤックを指差した。

「でも、ミンヤックが全面的に悪いんですよ。こんな処分で済んで良かったくらいです」

「まあ、そうだったんですか」

 驚くタンナ。ミンヤックが不機嫌な顔になった。

「ここでは本名のジャンビ‐サルミだ」

「そうそう、明日の朝は町内会の掃除の日ですよ、あなたも参加しなさいね」

 妻のタンナもミンヤックを指差した。さすがにヘコむミンヤック。

「うーん。今晩は二日酔いするまで飲みたい気分なんだが」


 大騒ぎの大家族に、はじめは目が回るコラールだったが(これもまた楽しくていいわね)と思い直す。そして、とりあえずミンヤックの全身をスキャンしてから、エルフ世界へ戻った。ミッション達成である。



 さて、コラールが意識を元のエルフ世界に戻した後、しばらくしてからレマック、ラウト、バランのミニ姿がコラールの前にディスプレイされ、彼女からの報告を受けていた。

 まずは、上司のバランがコメントを出す。

「そうか、まぁ……ドワーフだからね。酒で大騒ぎするのは仕方がない。何よりも元気でよかったよ」

 レマックは、疲労が溜まった顔をして文句をつけている。

「そうだな、できれば予定よりも早く戻ってもらいたいものだな」


「ええ、そうですね、レマック先生が張り切りすぎていらっしゃいますから」

 ラウトも同情している。

 それがヒントになったようだ。レマックの顔がパッと明るくなった。

「おお、そうだ。以前考えた精力剤の調合メモを見つけてね、早速だが材料を調達しに出張してきてくれ、ラウト君」

「えええー……」

 そのままレマックとラウトのミニ幻影が消失した。早速、仕事を始めたようだ。


 バランが苦笑して、コラールの顔を改めて見つめる。

「スタッフが多いのも考え物だな。コラールさん、調べてくれてありがとう。上司の方にもよろしく伝えておくよ」

「はい、ありがとうございます。では」

 コラールがそう言って、ディスプレーを消すとミニ姿のバランも消えた。そのまま、横に来ていた友人のセリアと顔を見合わせる。

「精力剤? 何をやってるのよ、薬師部は」


 入れ替わりに司書室に入ってきていたスンティアサ司書長も目を丸くしている。

「精力剤ですって? 医局は何を考えているのやら。あなたたちも余り関わらない方がいいわよ。変人奇人しかいない部署ですからね」

「はい、司書長」

 と、全面同意するしかないコラールとセリアだった。


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