大坑道都市 魔鋼石精錬工房
【星間航路船 大停留所】
「お嬢、まずは『赤の星』からですか?」
星間航路船の大停留所。巨大なドーム状の天井を見上げながら、ヴァルターが隣の少女に声をかけた。ここへ来たということは、双子星の片割れへと渡る船に乗ることを意味している。
「はい、まずは赤の星の『大坑道都市』に向かおうと思います。」
「では、未返却本の借主がそちらに?」
リシェは小首をかしげてうーんと小さく唸って目を閉じた。
「・・・最有力候補といった方がいいですね」
「事情がありそうですね。お嬢、定期船の出発までまだ時間がありますし、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
周りに誰もいないことを確認し、リシェが話し始める。
「借主の方は8年前に本を借りた魔鋼石技師のデンフィル氏です。本名はリカルド・イェルエテルミス・ティル・デンフィル、鋼の国ご出身です。」
「ふむ、鋼の国・・・。ですが、今は大坑道都市に?」
「それが・・・、管理部による戸籍追跡の結果すでにお亡くなりになられているのです。最後の居住地が大坑道都市なうえ、お孫さんもそこにいることがわかりまして・・・。」
納得がいった、という顔でヴァルターが続ける。
「本をお孫さんが『財産』として相続してしまった可能性が高い、という事ですね。」
「はい、国外に出てしまうと魔力追跡網がないので、本の所在まではわからないのですが、お孫さんが同じ魔鋼石技師なので可能性が高いとの報告です。」
察しの良いヴァルターが気付いた。
「という事は、回収対象は魔鋼石技術に関する専門書ですね?」
「ふふっ、よくできましたヴァルター様!」
少しはにかんだヴァルターだが、すぐに考え始めた
「しかし、戸籍追跡ができるのに今まで大図書館が回収できなかったのですか?」
「いい所に気が付きましたね!ちょっと事情があるのですよ」
リシェ先生の授業開始ですと言わんばかりの顔をみせる。
「ではご教授願います」
「まず、デンフィル氏は本を借りて翌日、1週間の滞在を切り上げて急遽鋼の国に帰国しているのです。
おそらく魔鋼技師の必需品である魔力が漏れないカバンに入れて出国したのでしょうね。今では検査が厳しくゲートを通ることができませんが。」
「それはつまり、持ち逃げ・・・盗難では?」
「私はあまり最初から犯人扱いはしたくないのですが・・・。その後居住地を転々としていまして、2週間毎に送っていた返却依頼通知が徐々に追いつかなくなったのです。」
「ますます黒に近づきましたね。お嬢はそれでも理由があったと?」
「ただ最後の坑道都市には長く留まっていたようなのです。そこで生涯を終えられたと調査報告にありました。」
リシェのまっすぐな瞳を見て、ヴァルターはふっと表情を緩めた。
「お嬢はその留まったのは『逃亡』のためではない、と踏んだわけですね?しかし、単に体を壊して動けなくなったため逃亡を諦めざるを得なかった可能性も考えられます。」
「そこなのですよね・・・ご高齢でしたし、ただ『悪意』があったと決めつけるのは良くないと思ったのです。」
少し優しい目でリシェを見つめるヴァルター
「いずれにせよ、お嬢が現地に本があるか無いかを確認しなければいけませんね。」
「そうですね、それに定期船がちょうど入ってきました。搭乗口へ向かいましょう。」
【大坑道都市 大橋梁~坑道商店街】
定期航路船で赤の星の大坑道都市にやってきたリシェとヴァルター
赤の星で5本の指に数えられる大都市のひとつでもある。
坑道街であるが故、迷うと本当に出られなくなるため慣れないものは注意が必要である。
大坑道都市第3橋梁に儲けられた展望デッキの欄干に手をかけ、都市全体を眺めながらリシェがつぶやく。
「夕方になってしまいましたね。」
それを受けてヴァルターが
「高速化したとはいえ定期航路船でも8時間かかりますから・・・。」
と続け峡谷の向こうに沈む夕日に視線を移した。
ここは、幾重もの坑道を利用した積層型都市であり、崖地に幾重もの穴が開いていて人が生活を営んでいる。
多数の工房も立ち並ぶため、雑踏の音の他に工房音が峡谷に響き渡る。
「お嬢、未回収本の魔力探知の様子はいかがですか?」
仕事を忘れないヴァルターがリシェに伺いを立てる。
「反応がありますね。詳細な位置はまだ不明ですが・・・魔力探知の反応から目的の本だと思います。」
とリシェは少し笑顔をこぼしながらヴァルターに向き直る。
「お嬢、すぐに向かいますか?」
「もう時間も遅くなりますし、ひとまず宿に向かいましょう。
私たちが来ていることも知られていないでしょうし、お店を抱えている人が今すぐ逃げだすとも思えません。」
と未返却本の借主に疑いをかけていたヴァルターを少しいじる。
「わかりました。さっき取得した都市地図によると、確か宿はあの商店街を通り過ぎた先にあるはずです。」
してやられたと言わんばかりの顔でヴァルターは承諾し、宿の位置を指し示す。
商店街の店々を物珍しそうに眺めながらリシェがつぶやく
「すごいですね。本の国の首都の賑わいとは違います。」
「工房街とも言われるくらい工房が多いようですからね。路地の奥の方にも工房が並んでいて音が共鳴しているのでしょう。首都には無い喧噪です。」
ヴァルターは周囲の状況を分析し自分なりの見解を述べた。
「ヴァルター様、楽しそうですね。」
リシェは後ろ歩きになりつつヴァルターに振り返りながら聞いた。
「お嬢、危ないですよ。人混みが多いですから・・・。」
そっと彼女に手を添え、リシェを前に向かせ彼女の問いに答える。
「技巧に富んだものが昔から好きで、魔鋼石細工もそうですが、金属細工などにも興味があるのです。」
「それで目を輝かせながらあたりを見ていたのですね。」といたずらっ子の顔をしながらリシェが言った。
「見られていましたか。」はにかむヴァルターだった。
【名物はミートパイ】
宿への道中、商店街は飲食店街へと変わっていた。ここは居住区と工房街の間に位置する。
「お嬢、宿に行くまでの間に飲食店がありますね。食べていきますか?」
ヴァルターが気を利かせてリシェに聞くと
「ふふふ、ヴァルター様・・・抜かりはありません。」
と得意げにリシェが答えた。
これはしてやったりという顔だな?と思い、はしゃぐリシェを静止したい気持ちでつい
「お嬢・・・?」と呼んでしまう。
「ここはミートパイが名産でして!そこのお店が有名店なんです!」
両腕を広げつつヴァルターに向き直り、そのまま店の方向に両手を指し示した。
察したヴァルターが彼女の言葉に続けた。
「もう予約を取ってあると・・・。」
「はい!」満面の笑みである。
店に入ると客でごった返していた。暖かな光で包まれた店内にはおいしそうな匂いが立ち込める。
酒が入っているのか声の大きな客もいるが、名店というのもあってか身なりも良く客層は悪くないなとヴァルターは思った。
店員に案内され予約席に着いたリシェは早速注文に入る。
案内してくれた店員に名物ミートパイと飲み物2人分を手際よく注文する。
「名物のミートパイ(大)を二皿に、マッシュルームとホウレン草のソテーを一皿、赤ワインを二つお願いします。食後にカモミールティも二つ。」
「おすすめをよくご存じですね」と店員に笑顔で答えられた。
店員が去ってからリシェだけに聞こえる声で
「お嬢、いつ調べたんですか?」
と半ばあきれ顔でヴァルターが質問した。
「大図書館でですよ。もうずっと前から食べてみたくて。」と少しうっとりした顔でつづける。
「司書をする前からですが、定期航路があるとはいえ赤の星はなかなか来る機会がないので・・・」
てっきりここに来ることになってから調べたのかと思っていたヴァルターは
「そんなに前から調べていたんですね」と逆に感嘆してしまった。
「お待たせしました」と店員によりミートパイと頼んだものが並べられていく。
リシェはテーブルに並べ終えられるまで静かに待つが、目がキラキラしているのは隠せていなかった。
「それではごゆっくりご歓談なさいませ」そう店員が告げてテーブルを後にする。
手つきは優雅なリシェだが、待っていましたとばかりにはやる気持ちが隠せないリシェの姿をヴァルターは楽しげに眺めていた。
「ん~~~~~~おいしいいい!」とつい感嘆の声を漏らしてしまうリシェ
「パイ生地がすごくサクサクですよ!ナイフを入れたときの音がいいですね!」
パイ生地の断面を眺めながらリシェが声を弾ませる。
「見てください、それでいて中の方の生地は割とふんわりしていて具材がよく絡んでます!」
生地と一緒に具材をまとめて口に運ぼうとしたらリシェは気が付いた。
「中のお肉が思ったよりも大きいですね」と口に運ぶ
「んんんっ! ……柔らかいです!ほどけるように口の中で溶けます!」と食べ終えてからヴァルターに報告する。
「あっこぼれた肉汁もまるでソースのようになっていてパイ生地と一緒に食べるとまた違った味わいですよ!」
リシェの食レポを聞きながらヴァルターがひとこと
「お嬢、お行儀が悪くなっていますよ」
落ち着きを取り戻したリシェが食後のカモミールティーを飲みながら傍らの端末を見る。
「これは請求書通らない奴ですね・・・」と領収書を見つつ漏らすリシェ
「なんで残念がるんですかお嬢」
とヴァルターは苦笑してしまった。
今日はあきれてしまうことが多い。
そう、リシェを優しく見つめながら思った。
【朝食会議と貴族街】
大坑道都市へ着いた日の翌朝、遠くからすでに工房で働く人たちの音がする。
ホテル2階のダイナーフロアを待ち合わせ場所にしてヴァルターが待機していたところにリシェがやってきた。
「おはようございます。お嬢。まずはどちらへ?」
ホテルから指定された席へ向かいながらリシェが答えた。
「本の詳細な位置がわからないので、まずはデンフィル氏の邸宅に向かいます。」
二人は食卓に着き用意された朝食をとった。
食後のお茶を味わいながらヴァルターは以前リシェに見せてもらった資料を思い出し確認する。
「邸宅は市民街区ではなく貴族街と資料にありましたね。」
リシェは管理部からもらった資料を覚えているのかカップを持ちながらヴァルターの言葉に続ける。
「デンフィル家は鋼の国では平民位でしたが、数代前に魔力が発現し、男爵位となりました。」
ちらりとヴァルターを見ると話を促すようにうなづいたためリシェが続ける。
「その後、件のデンフィル氏が栄誉爵位の魔鋼技師公をとっていますね。それもあって貴族街に邸宅を購入できたみたいです。」
貴族街区に邸宅を構えるにはそれなりの財力がいる。
一旦区切るためにリシェはお茶に口をつけた。
リシェの食事が落ち着いたのを見てヴァルターが声をかけた。
「ではここを出たらさっそく向かいましょう。」
貴族街区は商業区の商店街を抜けさらに市民街区を抜けた先にあった。
元は大坑道だった場所が巨大な吹き抜け空間となっており、白みがかった壁面に数多くの邸宅が築かれている。
その荘厳な景色に思わず思わず立ち止まったヴァルターが言葉を漏らした。
「すごいですね・・・話には聞いていましたがこれほどとは・・・元は大きな坑道だったとか。所々大きく空が見えていますよ。」
「わざと天井を崩して吹き抜けのようにしたそうですよ。強度は魔法で維持できますから、・・・それも300年ほど昔の話ですが・・・。」
リシェは少し歴史に思いをはせるように言った。
【デンフィル家邸宅にて】
「こちらがデンフィル氏の邸宅ですか・・・お嬢、どうみても生活の気配がありません。」
到着したデンフィル邸は窓にカーテンがかかっているのが見え、手入れの後はあるものの屋敷の前にわずかに作られた庭園も草が伸びていて人の気配がない。
「変ですね。この国の記録でもご子息とお孫さんがお住まいのはずなんですが・・・お屋敷で働いている方の姿も見えませんね。」
資料の住所と端末地図を見比べながら、リシェはいぶかしんだ。
そうだ、と思いついたヴァルターは
「これだけ近いと魔力探知で本の位置がわかるのでは?」と聞く。
少し困った顔でヴァルターのほうを向いたリシェは
「それが・・・宿にいた時より遠いみたいです・・・お孫さんが受け継いだという工房の方でしょうか?」
と、魔力探知の反応を追うように別の方向へ顔を向けて答えた。
「魔力探知の方向も工房街の方ですか?」
工房街は商店街とは別の層、市民街区の下層に位置する。
「はい・・・無駄足になってしまいましたね。」
困りましたねという顔でつぶやくリシェに続いてヴァルターがまさかという顔で聞いた
「お嬢・・・アポイントは取られましたか?」
「?! 今から取りますね!」撥ねるように頭をあげたリシェが小気味よく返事した。
「あっもしもし、わたくし本の国・・・庁所属・・・書官リシェルカ・・・はい・・・実は今未返却・・・」
リシェの声が邸宅前の庭園に響く
「はい!そう!その本です!」どうやら当てが当たったようだ
『えぇ!!あの本ってそうだったんですか?』電話口から驚きの声が漏れ聞こえた。
どうやら探偵リシェルカの予想通り悪意のある未返却ではなさそうだ。
「お話を伺えるそうです。」安堵の表情でリシェがヴァルターに伝える。
「探し物は見つかったようですね」とヴァルターも安堵の表情を返す。
「はい、やはり知らずに御相続されていたようです。」
未回収本へたどり着く手掛かりが得られたことを、二人は思いのほか喜んでいた。
未回収本1冊目、まずまずの滑り出しのようである。
【魔鋼石精錬工房】
大坑道街の下層、工房が並ぶ第7工房通り、その大きな通りに面したところにその店はあった。
「デンフィル魔鋼石精錬工房」そのつつましやかな看板の向こう、窓越しにきらびやかな魔鋼石灯の灯りが見える。
魔力探知の反応は店内の方向にあった。
リシェが柔らかな手つきで丁寧に扉を開けると、シャランとドアにつけられた呼び鈴が鳴った。
「あの、すみません。先ほど連絡した図書館庁のリシェルカです。」
扉を開けた先に薄桃色のおさげ姿のメガネをかけた若い女性が見えた。
「いらっしゃい!!待っていたわ!デンフィル工房へようこそ!」
その女性が快活でよく通る声で出迎える。
「ごめんなさいね。屋敷には私も父もほとんど帰ってないからお手伝いさんも解雇しちゃったのよ」
そう電話でのやり取りの続きを話し、愛らしい笑顔で手を差し出す。
「ウィレッツィア・ディエリカルド・ティル・デンフィルです。よろしくね。」
彼女がこの店の店主であり、件の借主=リカルド氏の孫だろう。
リシェが握手で答え挨拶を交わす。
「本の国図書館庁所属特務書官のリシェルカ・イルミナ・フォン・ディリエンフェルトです。
先ほどは急な連絡失礼しました。こちら連れの…」
「図書館騎士ヴァルター・ノクティス・フォン・グランヴェイルです。」
挨拶のわずかな間にヴァルターは店を観察していた、間口の割に奥に広いことが分かった。
(坑道街らしいな、出入り口はここだけだろうか)とふといつもの癖で周囲を確認する。
再度店を見回すと店のそこかしこに、様々な魔道具があった。
(しかし…ものすごい数の魔道具だ…)
そんなヴァルターを目にした店主ウィレッツィアは少し自慢げに
「すごいでしょ、そこら辺の店とはちょっと違うのよ。」と広げるような優雅な手つきで商品を示した。
ヴァルターが魔道具に気を取られそうなそぶりを示したので
リシェは慌てて「早速ですが、未返却本の確認をしたいのですが」と本題を切り出した。
「そうね。ちょっと待ってもらえる?今保管してる箱を持ってくるわ。」
とウィレッツィアは店に奥に進みつつリシェにこたえた。
「ここに座ってもらえる?商談ルームはちょっと前に潰しちゃったのよ。ごめんなさいね。」
とカウンターの隣に置かれた応接椅子と机を指し示した。
リシェとヴァルターは店主に促される通り「失礼します」と応接椅子に腰かけた。
ウィレッツィアが箱のような手提げかばんを持って奥から現れ、
「遠いところからごめんね、おじいちゃ…祖父が迷惑かけたわね。」と机に箱を置いた。
「これは魔鋼技師の工具箱ですね」ヴァルターがそういいながらリシェのほうを向く。
かなり使い込まれている工具箱だ。ここに本が入るということは…
「本が持ち出されたときに使われた箱でしょうか?」とリシェがヴァルターに話しかける。
「この箱の蓋の裏にね。ちょうど本が入るのよ。」とウィレッツィアは二人に見えるように箱を開けた。
リシェはウィレッツィアが開けてくれた箱から彼女に視線を移しながら訪ねる。
「魔鋼技師の工具箱は様々な魔鋼油や魔鋼石を入れるから基本魔力が漏れないように作られているんですよね。」
「ええ、これは祖父の自作で、ある意味特注品だからね。中に大図書館の本が入っているなんてわかりません!」
少し得意げなウィレッツィアにリシェは困った笑顔を向けた。
ウィレッツィアは箱を自分のほうに向けて、丁寧に箱の裏に収納された本を取り出した。
「今まで申し訳ありませんでした。ご返却いたします。」ウィレッツィアはそう本を差し出しながら頭を下げた。
「いえ、こちらとしては無事返却していただけるだけでも…」
リシェはそう答えつつ、司書として本を確認した。
とても大切に管理されていたようでとても状態がよかった。丁寧に扱われていたのがわかる。
「未返却の経緯を伺ってもよろしいですか?一応、図書館庁に報告したいのです。」
おずおずとリシェが尋ねた。
「そうね。こちらに非があるし、でも、私は祖父本人ではないので私の予想が入っているけどそれでよければ…。」
「もちろん構いません。」リシェはウィレッツィアをまっすぐ見て答えた。
【未返却の真実】
どこから話そうかしら?とウィレッツィアは祖父=リカルド氏が本を借りたころから話し始めた。
「ちょうど8年くらい前に祖母が倒れてね、おじいちゃんは仕事先から急遽戻って看病してたんだけど・・・」
とリカルド氏が急遽帰国した理由を教えてくれた。
「おばあちゃんはそのまま亡くなってしまってね…、お父さんによると見たことがないくらい落ち込んでたらしいの」
「それは…お察しします」とリシェが相槌を打つ
その後の経緯をウィレッツィアはこう予想した。
妻の死亡の手続きと喪失感から返送依頼の通知を無視してしまい。
その後、心の穴を埋めるため過去の友人の伝手をたどり、
様々な国で技師として働いたというのだ。
そのため、返送依頼も行く手を失ってしまったのだろうと…。
「こちらの返送依頼通知の経緯と一致しますね。」とヴァルターが付け加えた。
「この街に来るまでかなりひどい状態だったみたいよ?
そのおじいちゃんの知人達から、お父さんに迎えに来た方がいいって何度も連絡あったくらいだし。」
リシェは悲しそうな顔つきで「その経緯で最終的にこちらに移住されたんですね。」と尋ねた。
「お父さんが半ば無理やりにね…」と少し懐かしむように言う。
リカルド氏は大坑道都市に移住してからは大分持ち直したようで、ここでの仕事も評判がよかったそうだ。
「でも、数年前に身体を壊してね…そのまま…」リカルド氏は記録にあった通りこの都市で亡くなったそうだ。
祖父の事を思い出したのかウィレッツィアは下を向いてしまった。
「いつも…、私たちにありがとうって言ってたわね…。」つぶやくようにつづけた。
「そうだったんですか。」リシェは心配そうにウィレッツィアを眺めながら静かに言う。
「あっ、ごめんなさいね!大丈夫よ心配しないで!」リシェの様子に気が付いたのか急に明るく話し出した。
「まあそんな感じで、おじいちゃんがなくなった時に遺品整理でね。
お父さんは魔鋼石採掘士として独立していたから、私が店とその工具箱含めて店にあったものすべてを受け継いだの。」
リシェは少し考えるしぐさをして
「なるほど、そこで行政管理の追跡から外れてしまったのね。」と続けた。
「私てっきりこの魔鋼石技巧解説本はご先祖の自作だと思っていたのよ。ちゃんと調べればよかったわね」
「いえ、図書館の魔術刻印はなかなか一般ではわからないかもしれませんし。」とリシェはフォローした。
ウィレッツィアはリシェの手元にある本に目線を落としながら
「まあ、あるべきところに戻ってよかったわ。ちょっと名残惜しいけどね」と静かに付け加えた。
「今から帰り?定期船間に合うかしら?」リシェ達を見送りつつウィレッツィアは訪ねてきた。
「いえ、もう一泊してから朝の定期連絡船に乗ります。」リシェはウィレッツィアに向き直りながら答えた。
「へぇ1泊していくんだ。ここの名物は食べたの?」と最初にあった時と同じように明るく言う。
リシェは昨日の夕食を思い出しつつ元気に
「はい!ミートパイを!」と答えた。
ウィレッツィアは腕組みしながら腹の底から声を出すように
「ふふふふ、わかってないわね・・・」といい
「今のおすすめは大坑道パスタよ!」と声を張って言いのけた。
【おすすめ店へのご招待】
大坑道パスタの香りが漂う大衆店。
そこはウィレッツィアの店から上層に抜けた飲食店街にあった。
仕事帰り買い物帰りと様々な人が行き交う坑道街の一等地だ。
店に入るとウィレッツィアが手を振りながら店員に目配せをしたのち
慣れた足取りで店内を進む。常連の動きだ。
席に向かう途中、ウィレッツィアがすれ違った技師仲間に声をかけられた。
「おいウィレッツィア、まだお前んとこの商品、相場の倍で売ってんのか?」
ウィレッツィアが声をかけてきた技師仲間に笑顔を向けながら大声で答えた
「じゃああたしと同じくらい良いもの作りなよー!」
そう笑顔で言い返す彼女を見ながらリシェがこっそりとヴァルターに聞く
「ヴァルター様・・・そうなのですか?」
ヴァルターは少し屈み彼女の耳元で静かに答えた
「2倍とまではいきませんが相場の1.2~1.5倍くらいですね。この都市に来てから色々見て感じた程度ですが」
と二人がひそひそ話している間に席に座りながらウィレッツィアが続ける。
「まったくあれは僻みねぇ、あなたたちもウチのは高いと思う?」
リシェはよくわからないという顔でヴァルターに助けを求める。
席に着いたヴァルターは真っ直ぐに彼女を見て、即答した。
「いえ。むしろ安いと感じました。」
ウィレッツィアの口元がニヤリと上がり「へぇ?」と発する。
ヴァルターは続ける。
「普通、魔道具に使用される魔鋼油や魔鋼液に含まれる魔鋼石の純度はある程度ばらついていて幅があるのですが、
あの店の品物は私でもわかるくらいどれもほぼ均一なんです。どれも一級品…いや特級品ですよ」
彼の評価を聞いたウィレッツィアが顔を輝かせて言う
「あなた分かるの?!いい目してるわね!」
リシェはついていけていないという表情で
「…えと…そうなんだ」と興味なさげにこたえる。
「あの魔道具すべてをあなたが?」と興味津々でヴァルターが尋ねると
「あーあれねー」と少し遠い目をして「半分以上はおじいちゃん…祖父の作品よ」と答えた。
一瞬目を伏せたヴァルターは「失礼しました。」とウィレッツィアに少し頭を下げる。
「いいのいいの!もう4年も前の話だし!さっそれよりもパスタを頼むわよ!」
良く通る声でウィレッツィアが店員を呼んだ。
【店主ご紹介の大坑道パスタ】
やがて運ばれてきたのは、ウィレッツィアおすすめの「大坑道パスタ」。
ウィレッツィアの説明によると、もともと大坑道ではミートパイが有名だったが、
ある時期パイ生地用の柔らかい小麦が不足し、ダメもとでパスタ用の硬質な坑道小麦を使用したのだが…味が落ちてしまった…
『じゃあパスタで美味いもん作ればいいじゃないか』
という発想で近年生まれたのが「大坑道パスタ」である。
深く煮込んだ赤ワインと牛・豚の合挽き肉の旨味が、ふわりと立ち上る。
リシェが期待を胸にパスタをほおばる。
「んんっ!!」もっちりした麺が濃厚なソースを抱え込み、噛むたびに肉の旨味が広がる。
思わず感嘆の声をこぼし、続けてさらにフォークをくるくると動かすリシェ
「やっぱりミートソースがいいですね。パスタによく絡みます。」とご満悦の表情でウィレッツィアに伝える。
「熟成されたトマトの甘酸っぱさがいいでしょ!ハーブをいくつか使っていてかなり研究されているのよ」
「確かに!お肉とトマトの香りの他にも複雑な香りがしますね!」そう答えるリシェに、「でしょー」と笑顔を返すウィレッツィア
リシェは上機嫌になりパスタへの感嘆を述べる
「ミートパイの時と違ってひき肉なんですけど荒いのと細かいのがあって食べ応えもあります!
うふふ、パスタももっちりしてるのに食べ応えがあって…濃厚なソースに負けていまふぇん…」
と恍惚の笑みをこぼし思わず頬に手を添える。
ヴァルターも「これが坑道小麦の効果なんですね。食べ応えがあります」と感心している。
「そうなの!」とウィレッツィアが反応し、「坑夫向けにね。冷めにくくて腹持ちするように作られてるの。」とさらにつけ加えた。
「このソースのほのかな甘みは野菜ですか?」ヴァルターも負けじとさらにパスタ談義に加わってくる。
「いいところに気付いたわね、玉ねぎとニンジンは輸入なんだけど厳選して選んでいて、さらによく煮込んでソースに甘みを添えてるの」
ヴァルターは技術論でも語るかのように「坑道産にこだわらずに最適な食材を選んでいるんですね」と率直な感想を述べた。
気が付けばリシェの皿は半分以上空になっていた。パスタ談義の間もフォークは止まらない。三人の坑道パスタ談義が終始盛り上がっていた。
食事を終えてご満悦のリシェにヴァルターがこっそりと耳打ちする。
「お嬢、これなら初日のミートパイと違って店主への接待費として請求書が通るのでは?」
リシェはうーんとうなりながら目をつむりって考えこむ
「接待費ですかぁ・・・ダメダメ!ダメですよヴァルター様!交渉はもう終わっています!」
隣に座る少女を温かい目で見ながら
「そうですね。失礼しました」とヴァルターは軽く会釈したところ・・・
「残念ですが・・・」とリシェ
その消え入りそうな声を聴いてヴァルターはつい笑ってしまうのであった。
その様子をにやにやと眺めていたウィレッツィアが
「あっはっはっ!真面目ねー、あなた達のそういうところ私好きよ」といった
~~ 3人の歓談と食事はまだまだ続いていく。 ~~
【閑話、ヴァルター様の家名ってもしかして】
定期航路船の船内。窓の外を流れる星間の景色を楽しみ、船は蒼の星に入った。
流れる雲を横目に、船内おすすめの軽食を楽しんでしばらく経った頃、リシェはずっと気になっていたことを切り出した。
「あの、ヴァルター様?少しお尋ねしてよろしいですか?」
「はい、何なりと」
船内マップ解説図を食い入るように読んでいたヴァルターが、隣のリシェへと視線を向ける。
どこかおずおずとした様子で、リシェが尋ねた。
「ヴァルター様の家名ってグランヴェイルですよね・・・」
「はい・・・」
今までにない妙に緊張したリシェの表情と仕草に、ヴァルターは少し戸惑いながら生返事をする。
「あの・・・私のあこがれの先輩がロシエラ・ノクティス・フォン・グランヴェイルとおっしゃる司書長がいらっしゃるのですが・・・」
「あぁっ!妹です。ご存じの通り義妹になりますが。」合点がいったと笑顔になりながらヴァルターは答えた。
「やっぱり!!!!」
突然立ち上がらんばかりの勢いで食いついてきたリシェに、ヴァルターは思わずのけぞった。
「ロシエラ先輩には、いつも、本当に、ものっ凄くお世話になっているんです!!」
「ぁぁいえ・・・こちらこそ、いつも妹がお世話に」
「いえいえいえいえ、そんな滅相もない! 私の新人研修の指導もしていただきまして!つい2か月前まで!
先輩はお仕事も適確で丁寧で、あっ髪の毛も素敵で!たまにちょっとした失敗もあるんですけどそれも素敵で!
お茶を飲むしぐさも美しくて!先輩みたいな女性になりたいと!」
「はい・・・次に連絡したときに伝えておきます・・・」
「・・・ぁあ!ダメです伝えてはダメです!次に顔を合わせられなくなってしまいます!!」
それから定期船が蒼の星大停留所に到着するまでの間、ヴァルターは妹の素晴らしさと数々の「尊い武勇伝」を延々と拝聴する羽目になるのだった。




