第2224話「眠り続ける者」
「エンジン温度、標準限界値300%! これ以上は機体が保ちません!」
「構うな! 操縦桿だけ握ってりゃいい!」
唸る機翼。軋む接合部。
パイロットからも機体からも悲痛な叫びがあがるなか、それは音速を遥かに超えた速度で飛翔する。
「レティさん、ここいらが限界だ!」
「減速シークエンスを省略してハッチ開きます!お達者で!」
油圧ジャッキが強引に鉄の翼を捻じ曲げる。
もはやそれはただ勢いよく落下しているだけだった。それでも、求められた仕事はやり遂げた。
「ありがとうございます。――行きますっ」
レティはサムズアップするパイロットたちに笑みを残し、猛然と駆け出した。光の先、彼女の爪先は空を踏む。
「レッジさぁあああああああああんっ!」
轟々と風の叫びがウサ耳をつんざく。
高高度からの自由落下で大空へと両手を広げながら、彼女は叫ぶ。目の前で光に包まれている少年の名を。黒髪の彼が、見上げる。キラキラと宝石のように輝く瞳。
「どぉりゃああっ!」
直後、レティの直上で〈ダマスカス組合〉の最新鋭飛翔体メテオライトが爆発四散した。その衝撃波を背中に受けたレティは、一気に加速する。
その手には赤鋼のハンマー。両端に兎のマークを刻みつけた双頭鎚をぐるりと巡らせる。
彼女に課せられた任務はただ一つ。調査開拓団存続どころか、惑星イザナミの実在性すら破綻させかねない存在となった最重要人物、調査開拓員レッジを徹底的に破壊し、行動不能にさせること。
身内の恥は身内で責任を取る。その一心で、彼女は強襲をしかけ、
「くぅっ!? ちっちゃいレッジさん、可愛すぎます!」
そのあどけない純朴な少年の姿に一瞬だけ、手の動きが鈍った。
「燃焼」
「あぢぢっ!?」
わずかにレッジの発声が早かった。その短い一言で、周囲に炎が広がる。アーツのそれとは、まるで規模が違う。そもそもレッジは〈攻性機術〉は使えない。
レティは身を捻りそれを避けながらレッジを見る。レティが上空から落ちてくると知って、彼は躊躇なく周囲を燃やした。
「レッジさん!」
「力場固定」
レティは何もない空中に激突し、転がる。
気が付けば、レッジが立つ高度と同じ場所にいた。彼の足元にも何もない。まるで透明なガラスの上に立っているようにも見えるが、実際には見えない当たり判定のようなものが水平方向に広がっているようだ。
戦うならば、都合がいい。
「どうやら、レッジさんじゃないみたいですね」
ハンマーを握りしめながら、レティは呟く。
少年はレッジの面影を残している。その動きにも彼らしいものがある。だが、違和感があった。
彼女は思い出す。
ここへ来る直前、T-3を通じて知らされた情報を。
『彼は今、世界全てを愛で満たそうとしています。ですが、それはとても困難なこと。到底一人には背負いきれぬ愛。愛を振り撒き過ぎれば、自身へ向ける愛がなくなってしまいます』
それを聞いた当初は何を言っているのか全くもって分からなかったが、今はなんとなく理解できる。
「レッジさん、我を忘れてますね。流石のレッジさんでも、この惑星全部を処理するのは大変ということなんでしょう。だから、レティに気をかけている暇がない。ただの反射で相手をしてくれているだけ……。だったら!」
ハンマーを構え、突撃。
少年の顔面を捉える。
「障壁」
「知るかぁああっ! 強引にこじ開けさせてもらいますよ!」
彼が前方に展開したバリアを、力尽くで破壊し、突き進む。
大好きな仲間が我を忘れているのなら、殴ってでも気付かせてあげるのが役目だろう。
その思いで、レッジへ攻め立てる。
「その眠り、レティが叩き起こして差し上げます!」
ケラケラと笑う眠り男に、鎚を突きつける。
Tips
◇"障壁"
魔法。言葉によって解釈される世界の一形態。それはあらゆるものを遮り、阻む壁となる。
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