第2225話「辞書を書き綴る」
夢の中を駆け抜ける。
ハンマーヘッドが空を叩き割り、衝撃は少年に降りかかる。
「螺旋」
空間が捻じれ、衝撃波はあらぬ方向へと逸れていく。
「あれも魔法ですか。なんでもありですねっ!」
「穿孔」
レティの肩に穴が開く。
巨大なネジを強引に突き込んだかのような歪な穴だ。
「なんの、そのぉっ!」
ぼたぼたとブルーブラッドを流しながらも、レティは動き続ける。次々と空間に穴が空き、そこに身体が重なれば防御も全て貫通されてしまう。不可視の攻撃を勘だけで避けながら、アンプルと包帯で傷を癒す。
「『フルスイング』ッ!」
「緩衝」
渾身の一撃もまるで手応えがない。
レッジに当たる直前に、その運動エネルギーは瞬く間にゼロになるのだ。
「爆発」
「ぬわぁあっ!?」
さらに至近距離で何もない空間が爆ぜる。吹き飛びながら、レティは歯噛みするしかない。
「言ったことが全部現実になるなんて、卑怯ですよう!」
これこそが魔法の真髄。理論なき体系の本懐であった。
個人の意志が世界に接続し、そのイメージが即座に反映される。局所的な現実改変事象であり、無限の可能性を秘める奇跡。今や、レッジの意のままに世界は形を変えていく。
ハンマーを次々繰り出しながらも、彼に到達することができない。それでも彼女は愚直に攻撃を繰り出し続ける。
「せりゃあっ!」
「緩衝――!」
百回目の打撃が炸裂する。その時、異変が生じた。
これまでと同様にレッジに当たらず速度をゼロになるはずだったハンマーが、レッジを突き飛ばしたのだ。
「うわっ!? よ、よし、当たりましたっ!」
当てた本人でさえ驚く結果に、当たったレッジも目つきを変える。状況を理解しようと頭を働かせているようだった。
「……あれか」
レッジは上空を見やる。
惑星イザナミの高高度位置に、グリッド状に配置された無数の"眼"――通信監視衛星群ツクヨミが、彼を見ている。その無機質なレンズを通して、誰かがそれを見ている。
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Tips
◇"緩衝"
魔法。言葉によって解釈される世界の一形態。それはあらゆるものの運動エネルギーを瞬間的にゼロへと変換する。
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「――掌握」
レッジは空に向けて手を伸ばす。
上空から傍観する眼を堕とそうと。
「無駄ですよ。ツクヨミはただそこにあるだけの存在。意志はなく、使命だけがあるんです。魔法によって、その性質を書き換えることはできませんっ!」
隙を晒したレッジをハンマーで吹き飛ばしながらレティが叫ぶ。
全てはとある半泣き猫からの受け売りだが、事実であった。仮にレッジがツクヨミを破損させたとて、即座に新たなものが補充される。惑星全域を見守る眼を全て閉ざすことは、困難だ。
「それに、ツヨクミを全滅させても意味はありません。レッジさん、レティは――レティたちは調査開拓団の総力を結して、貴方に対峙しているんです!」
転がるレッジ。立ち上がり、手を伸ばす。
「爆発」
「でぇええいっ!」
炸裂する衝撃。それをレティは、ハンマーの打撃で相殺する。
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Tips
◇"爆発"
魔法。言葉によって解釈される世界の一形態。それは局所的三次元的空間上で瞬間的な体積増大させることにより周囲の大気および物体に圧力を加える。
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「その魔法は、すでに定義済みです。今なら破壊できるっ!」
レッジの元へと再接近し、その腹を突き上げる。
小柄な生身の少年は天高く吹き飛び、落ちてくる。
「『フルスイング』ッ!」
「……断絶」
「うぎゃっ! こ、この……ぉおおっ!」
再び叩き飛ばそうとするも、新たな魔法がそれを阻む。
レティは歯噛みしながらも、攻撃の手を緩めることはない。彼と一対一の戦いのように見えて、レティの背後には多くの意志があるのだ。
[新たな現象を確認]
[魔法を解析中]
["断絶"を新規登録しました]
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◇"断絶"
魔法。言葉によって解釈される世界の一形態。それはあらゆるものの侵入を防ぐ。
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「断絶」
「だらっしゃーーーいっ!」
断絶の壁を、ハンマーが破壊する。
ガラスを破るような破砕音が響き、ハンマーがレッジの胸を叩く。
天高くはるか空のうえから戦況を見守る通信監視衛星群ツクヨミ。そのレンズがキリキリと回転してピントを合わせ続ける。
[情報保全検閲システムISCSによる情報アーカイブが完了しました]
[情報保全検閲システムISCSによる再定義プロトコル"ウェイクアップ"が実行されます]
イザナミ計画の基幹を貫く叡智の番人。調査開拓団のデータベースを管理する巨大プログラムが、即座に魔法を定義する。概念という枷を取り付け、意味という楔を打ち込み、その性質を万能の奇跡から指向性を持った現象へと変容させる。
無秩序な神秘に、秩序を与えていく。
Tips
◇再定義プロトコル"ウェイクアップ"
情報保全検閲システムISCSによって実行される不確定事象明確化。定義および意味に揺らぎのある事象を認識、解析、解釈、定義することによって、その性質やふるまいを明確化する。逆説的な説明簡潔化運動であり、原始的魔法への対抗手段となり得る。
[情報保全検閲システムISCSは、"眠る男"による度重なる情報侵害に対抗するため、多層的情報防御体制が確立されています。"眠る男"によって構築された盾が、神秘を無力化します]
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