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精神作用(2)


「ユイナート様?」


 彼が心から求める、心地の良い声。ユイナートは思わず立ち上がって、彼女の無事を真っ先に確かめた。ミハイルと彼女が何度か言葉を交わす声を、ユイナートは落ち着きがない様子で部屋を歩き回りながら聞く。


「お待ちください、シェルミカ様!」


 ミハイルの焦った声に、何が起こっているのか把握できない今の立場が、もどかしい。


「……精神作用を受けている」

「精神作用?」


 ミハイルの言葉にユイナートは首を傾げその意味を問おうとした。しかし、ミハイルの返事は返ってこなかった。


「ミハイル、どうしたのですかミハイル!」


 連絡は繋がっている状態なのに、あちら側の声が一切聞こえてこない。ミハイルの身に何かが起こったことは分かるので、ユイナートは何をするべきか思考を働かせる。

 王城にいる他の者に連絡を取ろうと、アルビーに声をかけようとした。その時、魔道具から微かにうめき声が聞こえてきた。


「ミハイル! 生きていますか!?」

「…………いやぁー、殿下。本当に、成長されましたね」


 しみじみと感慨深そうに言われ、ユイナートは思わず、「は?」と素で低い声を漏らした。




「シェルミカ様の精神作用を解こうとしたら、逆に飲み込まれてしまいました。遠隔で精神魔法を操るなんて、化物の所業ですよ」


 精神魔法という言葉に、ユイナートは嫌悪感を顕にする。アルテアラ王国では使用を禁じられている精神魔法。この魔法は、他者の精神に干渉することができ、過去にはこれを用いた大犯罪が行われた。それ以来、この国では固く使用を禁じられている。


「貴方は無事なのですか?」

「ええ、無事と言えば無事ですし、無事でないと言えば無事でないです」


 ユイナートははっきりしない返事に苛立ちながらも、ミハイルの声がいつもより沈んでいることに気が付いた。並大抵のことで動揺しないミハイルがこんな状態になるとは。


「貴方も精神作用を受けたのですか?」

「そうです。過去の記憶をつつかれました。それも、二度と思い出したくないような、封印していた記憶を掘り起こされたのです。更にこれ、痛みも完璧に再現してきます。体に実害はありませんが、脳が痛みを感じたので回復に時間がかかりますね、ええ。死ぬほど痛かったですし、最悪な気分ですよ」


 ミハイルは明るく振る舞っているが、精神的攻撃を受けてた直後である彼は、かなり酷い状態だろう。彼の言葉から察するに、彼はこの一瞬で死の狭間に至る程の痛みを感じたのだ。

 ミハイルにとっての、最悪な過去。ユイナートが考えているものと同じであれば、彼は相当心の傷を抉られているはずだ。


「……安静にしておいてください」

「もうちょっと休んだら動けるようになりそうなので、大丈夫ですよ。シェルミカ様の姿を見失ってしまい、申し訳ないです。すぐに探さないと」


 珍しく落ち込んだ様子のミハイルの精神状態を心配しつつ、ユイナートは精神魔法の危険性を改めて実感した。もしユイナートが、ミハイルが受けたものと同じ精神攻撃を受けていたら、同じように何もできない状態になってしまうだろう。過去の記憶が酷ければ酷いほど、この攻撃は苦になる。


 ——この精神作用を、シェルミカも受けているとしたら。


 ユイナートが最も隠したい、彼女に最も知られたくないことが、知られてしまうかもしれない。


「……っ」


 ユイナートは不甲斐ない自分を呪うように、拳を強く握りしめた。


「ユイナート殿下。精神攻撃を受けた時に、懐かしい魔力を感じました」


 そんなユイナートを諭すように、強い声でミハイルが話す。ユイナートは自らを律し、心を落ち着かせるために小さく微笑みを浮かべた。


「懐かしい魔力、ですか?」

「ええ。過去の記憶を思い出したのも相まって、この魔力に懐かしさを感じるのです」


 そうして、ミハイルが続けた人物の名に、ユイナートは言葉を失った。

 その瞳に、様々な感情が巡る。彼はそれらを断ち切るために目を瞑り、次に目を開けた時には、その端麗な顔に普段と変わらぬ笑みが浮かんでいた。


「……分かりました。これは、僕が終わらせるべきことですね。『神の使徒』の目的を阻み、——そしてあいつを、止めるために」


 紅い瞳は、いつにも増して鋭く輝いていた。

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