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魔法使いの花

 目覚めた時、僕は一人で寝台に寝ていた。

 僕の隣にルーチェはいなくて、師匠が連れていってしまったことを悟った。

 僕からルーチェを連れ去っていった怒りと憎しみを募らせたけれど、それはやがて後悔と寂寥へと変わっていった。


 師匠を訪ねに森へ行く。

 行けども行けども、僕は師匠の家へとたどり着くことはできなかった。

 師匠は本気で僕の存在を拒んでいるのだろう。

 躍起になって森にかけられた目隠しの魔法を解こうにも、魔法を行使する力を封じられてしまっていて、僕には成す術がなにもない。


 魔法もない。

 ルーチェもいない。

 生きる指標がなくなってしまった僕には、もう何をする気力もわかなかった。


 ただ、一つだけ心残りがあるとするならば、師匠に連れていかれたルーチェが今どうしているのだろうかということ。

 師匠のことだから、ルーチェが発作を起こしても大事にはいたらないと思うけれど……。


 ルーチェがいなくなってから、僕は考える。

 僕は、僕がルーチェを助けることばかりに固執していた気がする。

 カルクスの花だって、僕が花を咲かせずとも、師匠に頼み込めさえすれば花を咲かせてくれたのかもしれない。

 師匠の言う愚かさとは、こういうことを言っていたのかも。


 そうやって物思いに耽りながら、僕はかつて手当たり次第に集めたルーチェの病気に関する本を一処に集めていく。

 ルーチェがいないのなら、もうこの本は必要ない。

 売るか捨てるかして処分をしてしまおうと思っていた。

 なんの感慨もなく不要な本を本棚から取り出して、床に積み上げていたら、不意に手が滑ってしまって本が落ちてしまう。


「あぁ、もう……」


 自分に悪態をつきながら本を拾おうとして、ふと開いたページに目がいった。

 それはカルクスの花について書かれているページだった。


 カルクスの花は魔法の花であること。

 水の代わりに魔法をかけることで咲くということ。

 薬になるのはその蜜であるということ。


 そこまで読んで、僕は目を臥せる。

 知っていた。

 そしてその薬を得られるチャンスを不意にしたのは僕だと、今では理解しているつもりだ。

 ルーチェがキスしたかったからなんて、酷い言い分けすぎる。


 自分のいたらなさを痛感して、もう終わったことだと本を閉じようとした時、気になる単語を見つけた。

 カルクスの花の起源と絶滅した理由についての記事だ。

 そういえば、カルクスの花がどうして絶滅したかについては知らなかったなと思った。

 もし絶滅していなかったのなら、ルーチェの病気だって不治の病と言われることはなかっただろうに。

 僕は本を閉じる前にこれだけ読んでおいても損はないだろうと、再び本を開いた。

 そして、目を見開く。


 ーーーカルクスの花は自然界に咲くことはない。魔法を養分とするその栽培法は、カルクスが極めて人工的な植物であり、人の手の介入無しにはその株を増やすことが不可能であることを示唆している。カルクスの花がなぜ魔法を養分とするのかといえば、そもそもカルクスという植物が、ある魔法使いの魔法契約の代償によって生まれた植物であったためである。ーーー


 カルクスの花は、魔法契約の代償によって生まれた花……?

 どういうことなのかと読み進めると、僕が気にも止めなかった事実がぽろぽろとあふれていた。


 ーーー魔法使いの身体から生えたというその花は、宿主の名前をとってカルクスの花と呼ばれるようになった。カルクスは万能薬としての力を秘める植物である。魔法使いはその花の種を増やし細々と栽培したが、魔法使いの成り手が減っていくにつれて、カルクスの花の存続もついえていったものと考えられる。ーーー


 カルクスの花が魔法契約の代償による副産物。

 魔法使いの身体から生えたという花。

 万能薬としての力を秘める植物。

 絶滅したはずの花の種を持つ魔法使い。


 カルクスの花の記事を読む限り、このカルクスという魔法使いの代償は【芽吹】であり、師匠と同じ代償だったに違いない。

 師匠の身体から生えた花を思い出す。

 翅のような花弁を持つあの花の名はなんだったのだろう。

 見たことのあるような、あの形はーーー


 床に積み上げた本の中から、植物の図鑑を引っ張り出す。

 ゆっくりとページをめくり、師匠が咲かせる命の花を探す。


 ページをめくるたび、指が震えていく。

 僕はあの花を知っていた。

 知っていたのに、目を向けていなかったなんて馬鹿だ。

 震える手で本をめくった。


 あった。


 蔦がからみあったかのような茎の先端に、翅のような花弁を持つ繊細な花。

 僕は笑った。


「師匠……」


 僕は図鑑に描かれたカルクスの花のスケッチを指でなぞる。

 師匠のもとにいる限り、ルーチェはきっと元気になる。

 僕じゃなくたって、ルーチェは病気を治せるんだ。

 最初から、師匠にルーチェを助けてくださいと言えば事足りたんだ。

 それなのにどうして僕は魔法使いなんかに……。


 かさりと乾いた音を立てた師匠の花を思い出す。

 【芽吹】の魔法使いは、身体の植物が枯れると寿命を迎える。

 僕は顔をあげた。

 カルクスの花。カルクスの花はどこだ!?

 僕が咲かせるのに失敗してしまったあの花は……!


 鉢植えのある場所へと駆け寄る。

 そのままにしていたカルクスの鉢植えには、乾いてしまった蕾が転がっていた。

 そっと摘まめば、それだけの力でも粉になるカルクスの花。

 きちんと育っていた頃の瑞々しさはない。

 もしかして、と僕の脳裏に一つの可能性が浮かぶ。

 かさかさと音を立てていた師匠の花。

 あの花にはーーー師匠には、時間がない?

 だから師匠は僕を弟子にした?


 ーーー魔法使いの成り手が減っていくにつれて……ーーー


 魔法使いに成りたい人間なんてそういない。

 その代償が酷だから。

 僕だって後悔している。

 代償がなかったらこんなことにならなかったのにって。

 でも魔法使いがいなければ、僕にできることもきっと見つからなかった。


「……師匠は僕を馬鹿だというけれど、師匠だってたいがい大馬鹿者だ」


 僕は右手をあげる。

 集中しろ。

 師匠が僕にかけた魔法を正しくほどけ。

 力づくじゃ駄目だ。

 思い切り魔法をぶつけようとしたって、狭い出口に詰まってしまうように魔法は塞き止められてしまう。

 だからとても小さな鍵を造り出して、首枷のように嵌められた魔法の枷を外そう。

 ふっと身体が軽くなる。

 ……あぁ、師匠の魔法がほどけた。

 これで僕も自由に魔法が使える。


「ルーチェ……」


 両手で顔を覆う。

 僕はルーチェに会う資格はないのだろう。

 師匠の言う通り、形はどうあれ、僕はルーチェを殺そうとしたんだから。

 でもせめて、一言だけ。

 一言だけでいいから、僕は彼女に伝えたい。

 約束を破ってしまうことを、謝りたい。

 二度と同じ過ちを犯さないように、僕は自分で戒めの魔法をかける。

 魔法のヴェールを口元に。

 災いの紫が隠れるように。

 口元を覆った僕は、師匠からの魔法契約の祝いの一つとして贈られた、魔法使いのローブへと袖を通す。


「……さぁ、これでいい。師匠の森へ行こう」


 そしてルーチェに、別れを告げようーーー


 草深い森の奥の一軒家。

 あれだけ拒まれていたはずの家へ、拍子抜けなくらい僕はあっさりとたどり着く。

 玄関の戸を叩いて訪問の挨拶をしようとしたら、戸を叩く前に扉が開く。


「ノエ?」

「ルーチェ」


 僕が愛した人が、まん丸に目を見開きながら、僕を招いた。


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