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新米魔法使いと約束の種

「魔法試験、合格おめでとう!」

「ありがとう、ルーチェ」


 魔法使いの師匠の元から帰った僕のことを出迎えてくれたのは、僕の可愛い恋人であるルーチェ。

 蜂蜜色の髪を背中で揺らして、エメラルドの瞳を喜びの色に染めながら、両手を広げて僕を待ち構えているのがとても可愛らしい。

 僕は可愛い恋人の腕の中へと入ると、数日ぶりの彼女の体温を身体で感じて、ようやく一息つけた気がした。


「体が冷えてる。外で待たなくても良かったのに」

「だってようやくノエが魔法使いになれたんだもの。一番にお祝いしてあげたいじゃない」

「嬉しいけど。でもそれでルーチェが体を壊したら嫌だよ」

「心配性ね。平気よ」


 可愛いルーチェが唇を尖らせてすねるから、僕はその両頬をそっと両手で包んで、二人の額をこつんと合わせた。


「心配もするよ。君は体が弱いんだから」

「あら、ノエがいうほど最近は寝込んでばっかりじゃないのを知っているでしょう?」

「おや、僕に心配をかけさせるなんて悪い子だ。そんな子は……」

「お仕置きのキスかしら?」


 ルーチェが期待を添えて、僕の瞳をのぞきこむ。

 可愛いその桜色の唇がにんまりと弧を描いた。

 いつもなら喜んでその唇をついばむように優しくキスをするけれど。


「……ごめんね、ルーチェ」

「ノエ?」


 そっとルーチェから離れると、不思議そうな顔をした。

 謝る僕の顔へと、ルーチェがふと気がついたようにその細くて白い指を伸ばしてきた。


「唇が真っ青。具合が悪かったの? ごめんなさい、気がつかなくて」

「違うんだ。違うんだよ、ルーチェ」


 ごめんねと僕はルーチェにもう一度謝り、のばされた指が僕に触れるのをやんわりと拒んだ。

 ルーチェは意味が分からないというように、こてんと首をかしげる。

 そして、一拍、二拍、考えて、三拍目には大きなそのエメラルドの瞳をさらに大きく丸くして。


「まさか……」

「これが、僕の魔法契約の代償だ」


 僕は微笑む。

 彼女の唇に、僕の指を這わせながら。

 災いをもたらす紫の色。

 僕は二度と、君への口づけは許されない。






 落ち着いて話をしよう。

 僕は愛しいルーチェの肩を抱いて、家の中へと入る。

 小さな家は、僕とルーチェの愛の巣だ。

 思えばルーチェの病気を治したいがために、故郷から遠く離れてしまったな。

 ほんの少しの郷愁と憂いを募らせながら、僕は小さなリビングの素朴なソファにルーチェと一緒に腰かけると、師匠から魔法試験の合格祝いとして譲り受けた物をルーチェに手渡した。


「これは?」


 ガラスでできた飴玉のような丸いそれを、ルーチェは天井の明かりにかざした。

 この飴玉のような物こそが、僕らが求めていたものだ。


「カルクスの花の種だよ。これで君の病気が治せるはずさ」

「これが……」


 ルーチェは不思議そうにその種を見つめる。

 僕らが師匠に出会ったのは、偶然のような、必然のような、奇跡のような出来事だった。

 師匠は僕に言った。


『この種は、魔法でしか咲かない稀少な種だ。だから普通の人には育てられなくて、今ではもう失われた植物として数えられてしまっている。この種に花を咲かせたいのなら、魔法使いになりなさい。魔法使いになりたいのなら、私の弟子になりなさい』


 ルーチェの病気が治るのならと、僕は二つ返事で魔法使いの弟子になった。

 師匠はそんな僕に一つの警告をしてくれた。


『魔法使いになるためには魔法契約が必要だ。ただし忘れてはいけないのはその代償。私を見るといい。私の耳に生えたこの花を。私の代償は【芽吹】。身体から植物がはえて、その植物が枯れると私も死ぬというものだ。人によってこの代償はなんなのか変わってしまうが、お前はこの代償が受け入れられるか?』


 髪飾りとばかりに思っていた師匠の顔の両横に咲く、まるで虫の翅のような薄く透き通った花弁を持った花が、そんな呪いのようなものであると知って驚いたのは言うまでもない。

 でも、たとえ呪いのような代償であろうと、ルーチェのためならなんだってできる。

 ルーチェのためにも早く魔法使いにならなくては。

 迷っている暇なんてなかった僕は、魔法契約とその代償を受け入れ、師匠に師事し、魔法の勉強をさせてもらった。

 そしてようやく魔法使いになるための魔法試験にて、魔法契約をしたけれど。

 魔法契約を成し遂げた僕に、師匠は「鏡を見るといい」と言い、僕はその時ようやく自分の覚悟が甘かったことを思い知らされた。

 鏡に写るのは病的に唇を真っ青に染めた僕の顔。


『魔法試験、合格おめでとう。それがお前の代償ーーー【触】だ』


 鏡に写る自分の姿を凝視して、僕は予想だにしなかったこの結果に唇を震わせた。

 僕の身体に発現した代償は【触】。

 その代償は、身体の一部が紫になり、触れたものに何かしらの災いをもたらすというもの。

 その代償が、僕の唇に宿った。

 悲しいけれど、でも、ルーチェの病が治るというのなら、安いものだ。


「この種がうまく芽吹けば、ルーチェの病気も治るよ。もう少しだけ、待っててくれるかい?」


 愛おしいルーチェの手を包む。

 小さく細いルーチェの手。

 その手のひらに口づけようとして、触れてはならないことを思い出した。

 誤魔化して笑う僕に、ルーチェが困ったように笑った。


「待つもなにも……私のことなんだから、私が魔法使いになるべきだったのに」

「君に代償を背負わせられないよ。教えただろう? 代償は生まれ月によって変わるって。君がもし魔法使いになったのなら」

「魔法契約のその代償は【宵闇】……だっけ」

「そう。お日様の下を歩けなくなってしまうんだよ。僕は君にそんな不自由な思いをさせたくないし、僕は君と明るい陽射しの中で散歩するのが一等お気に入りなんだ。僕からその楽しみを奪うつもり?」

「そんなことを言って、私からノエの唇を奪ったくせに。悪い人ね」


 僕の手からするりと抜け出した手は、僕の鼻をこつんと小突く。

 その指が頬をつたい、唇に触れるギリギリで止まる。

 ルーチェのエメラルドの瞳が熱を孕んだ。


「とても寂しそうな色ね。ねぇ、触れちゃだめ?」


 懇願するようにルーチェが僕を見る。

 僕は今すぐにでもそれに応えて、ルーチェのふっくらとした魅惑の唇を貪ってしまいたくなるのをぐっと理性で抑えつけた。


「何が起きるか分からないから。ごめん」

「いじわるね。一生、私にキスしてくれないの?」

「君の命には代えられない」

「……残酷な人。でもそんなところも好きよ、ノエ」


 ルーチェはそう言うと、唇に触れないように、唇の間際へとキスをしてくる。

 その柔らかな感触に、僕はひどく残念な気持ちになってしまった。


「……ルーチェだけずるい。僕だってキスがしたいのに」

「ふふ、これからは私だけの特権だね」


 茶目っ気たっぷりに笑うルーチェ。

 そんな可愛い仕草をする恋人にキスができないなんて、魔法契約の代償を甘く見ていたよ。


「さぁ、ノエ。この種を植えましょう? どんな花が咲くのかしら」


 希望の兆しが得られたルーチェは、明るい笑顔で僕の手を引いて立ち上がる。

 僕もそんな彼女につられて、種を植えるべくソファから立ち上がった。



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