【第6話】「無限回廊」その①
空と海の交わる青い地平線が見渡せるほどの山頂に、ユータが到着するおよそ10分前からリオとナイアはここに待機していた。
「ナイア、お前の疑問は確かにもっともだと思うよ」
やや神妙な面持ちでユータの豆粒ほどの後頭部を眺めるリオ。
「そうなんです、このマナフィールドで能力を発揮するには自分の理想の姿が反映されるはずなんです。そうなるとユータさん、あなたはもう既に誰かの理想の姿ということになる。あなたはいったい誰なんですか?」
そんな会話が後ろの山頂で行われているとはつゆ知らず、ユータはこのマナフィールドに来ているマヒナが敵か味方か判断するためにも観察していた。
なぜマヒナがここに来ているんだ。しかも初めて来たような雰囲気でもない。
しかも何かを探しているような素振りだった。
いったいこの場所にどんな関わりがあるというのだろうか。
マヒナはさらに植物が群生しているほうへと分け入っていき、あっという間に姿が見えなくなった。
「しまった!」
想像以上に早い。
こうなっては見つからないように追跡するのは難しいかもしれない。
少々葉擦れの音が聞かれたとしてもマヒナを見失うよりマシだ。
そう判断したユータは躊躇なくマヒナが消えた方へと分け入った。
背の高さほどある大きな葉や茎を掻き分け、時折葉や茎が折れたりもしたが気にしている場合ではなかった。
ここでマヒナを見失ってしまったら元も子もないからだ。
結構進んだつもりだが、一行にマヒナの姿が見えてこない。
焦りが募る‥‥
やがて掻き分けた先に開けた地面が植物の合間から見えてきた。
ようやく抜けたと思ったその時、目の前にこちらに視線を合わせたマヒナが立っていた。
「ま、マヒナ…!」
驚きのあまり名前を口に出すのがやっとだった。
「私をつけてきたの?」
「いや…その…そもそも何でマヒナこそここに、このマナフィールドにいるんだよ」
「…」
マヒナは少し考え込んでいるようで無言の時間がゆっくりとすぎていった。
俺自身もマヒナの口から答えを聞くまでは一言も話すまいという思いで彼女が口を開くのを待った。
5分ほど経過しただろうか、マヒナは何かを吹っ切ったようすで再び俺のほうに顔を向けた。
「…ユータさんの疑問ももっともね。わかったわ。答えを教えてあげる」
マヒナにばかり目線がいっていたせいか、彼女の後ろには洞窟の入口があった。
彼女は振り返るとそのまま洞窟にすたすたと向かって行った。
俺も促されるままに後に続く。
「ユータんとこ行った方がよさそうだな、そもそもあんなところに洞窟なんてあったか?」
リオが山頂の崖を飛び降りた。
ナイアもリオに続く。
「もしかしたら地形が変化しているのかも…」
ナイアの表情が曇る。
「変化って、また前触れかよ…プリズナー(魂を囚われた人)の⁉︎」
洞窟を進むと遠くに光が見えた。
そこは天井の裂け目から陽の光が差し込み、地面からは湧き水がちょっとした泉を作っていた。
マヒナはその泉の前に立つとこちらに振り返った。
「ユータさん」
「…なに?」
「あなたの疑問に答えられるかもしれない」
そう言うとマヒナの身体は水のように透明になり泉と一体化した。
何が起きたのかさっぱり分からなかった。
そしてどこに答えがあるのかも。
呆気に取られていたといっていいだろう。
そんな隙だらけだった俺に尖った水の槍が突っ込んできた。
思考停止していたのだろう、防御するという考えさえ思い浮かばなかった。
「ユータ‼︎」
リオの跳躍ダッシュで俺は間一髪水槍の射程から吹っ飛ばされた。
「いでっ‼︎」
「ユータさん、あれはマヒナさんじゃないです!ユータさんの記憶から構築されたプリズナー(魂を囚われた人)の作り出した幻影です」
「てて…何てこった。恰好のカモだったてことかよ」
何ひとつ真実に近づいていなかったのだ。
その時、突然の地響きが洞窟全体を大きく揺るがした。
洞窟の形状はみるみる形をかえ、あっという間にどこかで見た地下鉄の連絡通路になっていた。
そして奥に見える階段が大雨のときに見たことのあるような川と化し始めていた。
「このまま私たちを水没させるつもりか?」
リオが焦る。
「どこかにプリズナー(魂を囚われた人)のトラウマに起因した手がかりがあれば」
ナイアも珍しくうろたえている。相当にヤバい状態らしい。
水はまだ膝下くらいの速度で時間的余裕はすこしありそうだった。
「とりあえず壁を突き破るとかできない?」
俺なりの提案をしてみた。
「それが不可能なんです。プリズナーの内部に囚われるということはプリズナーのルールが絶対になってしまうんです。」
ナイアが焦っていたのはそのことだったのか。
「だからどうにかして残された時間内にコイツのトラウマを見つけて、さっさとマナを取り出さなきゃならねーんだ」
リオが地下鉄のタイルの壁を思いっきりブン殴ったが、ゴムのようにバウンドするだけでダメージは出ていないようだった。
「こりゃヤバいね」
「ヤバい」
「ヤバいですね」
見渡すと確かに地下鉄の連絡通路という作りで他の通路に繋がっている謂わば迷路のようになっていると思った。
「ここは3人別行動にしないか?とにかくプリズナーのトラウマのヒントを見つけるしかないと思う」
「だな」リオは短く同意した。
「では私が後方からお二人をバックアップします」
ナイアはスナイピングが能力だ。確かに後方なら俺たちに何かあったときでも打ち抜けるかもしれない。
「じゃあ、行くか」
俺とリオが前衛、そして分かれ道でお互いそれぞれの通路へと進み探索する。
まだ目につくものは何もない。
そんななかふっと考えが過った。
そもそもなんで地下鉄なのか、そしてこの浸水、これそのものがトラウマだとしたら。
「これはいったい何の再現なんだ?台風や大雨で水没した地下鉄なんてあったかな」
とりあえずナイアに手がかりになるか聞いてみようよ元の道を戻りナイアを呼ぶことにした。
「ナイアー?例えばだけどさ、この場所がトラウマと関係してるとしたら何か分かることあるかな」
そう言いながら角を曲がったその時、ナイアの姿はどこにもなかった。
「…まさか…すでに後方から攻撃された⁈」




