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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
エピローグ:異次元ホテルへようこそ
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勇者と魔王の最終決戦 終幕

【勇者と魔王の最終決戦 終幕】




 嗚呼、なんと怠惰たることや。勇者という驚異がもはやただの小娘になってくれた記念にとこの世界でまだ朝日が昇って客もいないぷーるに飛び込んだ最期、本格的に活動する意欲が削がれた。


 クロノディアスも同様らしく、浮き輪なる遊具を用いて水上で仰向けになりながら漂い続けた。人工的に作られた池でありながら水流があるらしく、景色が変わるので飽きは来ない。狭間時間で午前六時だったろうか。まぁどうでもいい。


 この世界は魔界とは比べものにならないくらい温暖……やや暑いくらいの気候だがこの時間は異界の陽射しもまだ本調子ではなく、比較的涼しいぐらいだ。


 果てのある海から吹く風が我々の浮き輪を揺らす。――晴天。あれほど欲しかった青空が手を伸ばせば届きそうなところにある。……勇者は、勇者でなくなってしまった。昨夜はそれほど素晴らしいことはないと思い杯をあげたものだがいざ時間が経つと。


「我々は何のために闘っていたのだろうか」


 ついに聞いてしまった。あのとき言葉にすることを躊躇った問いかけを我が右腕に尋ねた。クロノディアスは我に顔を向けることなく、遠く透き通った真上を振り仰ぎながら応えた。


「無論、世界がほしかったからです。魔王様。我々の世界にはなかった太陽と……禍々しく血に濡れることのない空がほしかったからです。綠生い茂る植物がほしかったからです。我々にないものが――――」


 欲しかったのだ。だが勝たずとも負けずともして手に入ってしまった。支配せずともいつだって触れる。


「我々の最終決戦は終わってしまった。……嗚呼、配下にこんな姿を見られれば反逆されてしまいなんだ。人間にも魔族にも槍を向けられそうだが……」


「ええ、とても虚無感しかありません。我々は正義になることも、復讐者になることも避けましたが、それでもこうなってしまうのですね。しかし私、魔王様と同じ想いだと言うのであれば悪い気分は致しません」


 突然気持ち悪い事を言いおる。思わず鼻で笑ってしまうと、我々に影が重なった。金の双眸が見下ろす。白金の甲冑。赤く燃えるような髪。竜鱗を纏う翼と尾。少女はあきれるような、自嘲するような表情だった。


「小娘、不敬だぞ」


「良い。無礼を許す。なんの用だ」


 小娘は言葉に悩んでか小さくうなり声をあげた。それから深くため息をついて、肩の力が抜ける。ふむ、勇者と姿こそ似ても、もはや似つかわしくない。


「ディスト・デッド・ブラッド・エンドと凍刻の。私はもうあなたたちと会わないだろうから。聞きたいことがあった」


 フルネームで呼ばれたのは久しぶりだった。何年……何十年ぶりか。我が右腕ですらこの名前を呼ばないものだから、しばし誰のことを言っているかわからなかった。


「うむ、なんだ」


 水に流され漂いながら応える。真上の景色が青々とした木葉から巨大な傘の茸に変わる。勇者は不機嫌そうに我々の隣を歩き続けた。


「なんであの女の子は助けたの?」


 思い返す。……昨日の砂浜にいた童子のことか。確かに、元の世界であれば見せしめにでも殺したかもしれない。


「何を深刻な表情で聞くかと思えば。……気づかれない殺しなど意味ないだろう。勇者が我が残虐非道の行為に怒り、正義を燃やさなければならなかった。もし気紛れに助けて、もしかしたら話が分かるやつなんじゃとか、根が優しいとか思われてみろ。台無しであろう?」


 光と時空がぶつかりあう刹那、我々は……勇者でさえも興奮に近い共感があったはずだ。あの一瞬は我々以外に手にすることの叶わない欲しかったものの一つだった。強者にのみ許された正面からのぶつかり合いだった。


「……そう。そうね。そうよね。ろくでなしの魔族らしい答えだわ」


「ふん、人間ほど怖いものなどないわ。…………小娘、お前はなにかと勇者に縁がありそうだ。伝えておくがいい。お前の名前はレーヴェ・アルトゥールだと」


 少女の金眼が見開く。尻尾が小刻みに揺れて、口がゆっくりと唖然として開く。牙が垣間見えた。ああ、他愛無い。我ながら恥ずかしい記憶がよみがえる。


 真名を知ることは魔術的において有利に働くから調べさせたが、いざ使おうと思ったら彼女が自分の名前を知らなかったせいでなんら意味を成さなかったことがあったのだ。ひどく苦労して犠牲も出たというのに無意味……そう思っていたが。


「私……レーヴェ? その、どこで……それを――」


「お前の故郷で調べ上げただけだ。名前は力を持つものだ、勇者としての完全さを保つために貴様の故郷は隠蔽していた。ああ、酷く苦労したぞ。滅ぼすことになったぐらいな」


 沈黙。


 赤髪の少女はぴたりと足を止めた。流され続ける我々は段々と、ゆっくりではあるがその弱々しい表情を浮かべる可憐な小娘から遠ざかっていく。


 ……宿敵だった。もう相まみえることはないだろう。少しばかりもったいなくも思う。クロノディアスがいいのですかといわんばかりにわが顔を覗いた。さきの問いかけには見向きもしなかったというのに。


「そうだ。知っているか? このホテルではチェックアウト……つまりは世界を絶つ客に『いってらっしゃいませ』というのだが、先の未来の無事を祈る意味があるらしい。ホテルを出たら彼らにはどうすることもできんからな」


「……なんで今、それを私に?」


「ふん、言わねば分からぬほど小童か?」


 少女はしばし我々をぼんやりと見つめて、けど我に返るように微笑んだ。朝日が竜翼を照らしている。我々はどんな境遇であろうと彼女の隣に立つことはありえないだろう。


「まぁ……受け取っておくわ。呪われそうだけど。ありがとね」


 バチバチと彼女の目の前に白く蛍光するヴェールが降りる。我が能力は空間に関することだから、それが何かはしかと理解できる。――次元を超える門だ。


 彼女は戸惑うように、躊躇うように我々と次元の狭間を口語に見つめていたが、それでも毅然とした面持ちを取り戻して。




 勇者だった彼女はヴェールの向こう側に足を踏み入れた。

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