機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その七 衝突
金銀の色彩が黒一色へ。作り出した流gは途絶えて剣呑が込み上げる、手を伸ばした先が闇に染まる。一部の種族の瞳と発光器官の残光が宙に漂う。急な視界変化。夜目だろうがその暗闇に一瞬で対応するのは不可能だった。
周囲がざわついている。何が起きた? これもパーティの余興か? 戸惑いの声を全て拾って翻訳していく耳元。
違う。違う。違う。これは紛れもない異常事態。培ってきた経験が叫びあげている。警鐘を鳴らしている。一瞬で湧き上がるアドレナリン。
『連絡。電源装置に過剰な発熱を確認。ブレーカーの遮断。連絡。魔晄炉に異常あり。緊急的に活動を停止します。再開する際はマニュアル操作によるマスター権限を必要とします』
俺はこのホテルの唯一の弱点を今になって確信した。重要設備を一か所に纏めた設計。深刻な従業員不足をホテルマンの性能でカバーしていくその体制。そしてなにより、大抵の異常をぶっ壊れた能力でカバーできてしまうところ。警戒心が無さすぎる!
失念していた。いや、時間がなかった。ああ、最悪だ。俺が罠に掛からなければ防げたかもしれない。提案すべきだった。
(管理棟の設備に細工されたかメンテナンスしなかったのか!?)
重要設備に敵が入ったのに負傷者の手当てしか行われてない。それまで装置が問題なく動いていたから。俺と常識が違った。ここの奴らはこんなことになると想定すらしてなかった!
でも運が良かった。敵の目的はホテルそのものの破壊じゃない。動力の停止……パーティの妨害か? それとも闇に乗じて――
――――ガシャン!
続けざまにガラスが爆ぜた。飛び散る破片。暗闇と夜空が溶け混ざり、温暖な空気と共に二人の人影が入り込む。日頃の仕事のおかげか、このころには夜目が効いていて、二人が誰かすぐに理解できた。
紳士服で着飾った白髪の男と、長い白髪を靡かせる褐色肌の少女。扇情的な服装もそのまま。――シュトラフとユリシスだ。やはり彼らは要注意人物に違いなかった。
琥珀の双眸が俺の唖然とする顔を見て確かに嘲っていた。彼女は快活な声をあげた。自動翻訳機が訳していく。まるで魔法の詠唱か何かだった。
「甘美なる対価を払え。赤い血肉の疼きを放つ。身を歪めし呪縛。――――模泉戸契」
それは引き金だった。混乱極める会場を混沌に叩き落とすための呪いだった。少女の目の光が妖しく輝くと、一人二人、はたまた一体二体……五匹、八人……。お客様たちがやけにボフンと、やけにコミカルな音を立てて白煙に包まれる。煙は一瞬で晴れた。
だが晴れた時、そこにいたのは何人ものシュトラフとユリシスだった。技術じゃ説明できない非科学的な力の作用。尾や翼を持った者は無論、人型でない者まで、紳士服の男と褐色肌の少女に姿を変えた。
本物の二人が混沌のなかに飛び込む。どこに消えた? 分からない。未だ暗闇のなか。寸分狂いなく作られた偽物のなかに紛れられて、もはや見つける手段がなかった。
(カノン! 見分けられるか!?)
(ごめんなさい! 無理です! 顔認証、虹彩認証……どれもエラー!)
カノンが悲鳴に近い声をあげる。機械には無理だ。俺がやらなくては。俺ならわかる。眼のなかの感情が、思考が。二人の歪んだ特徴を見つけられるはずだ。
「クカカカカカ! クロノディアス! 貴様いつからそんなに老けたんだ?」
少女の馬鹿笑いが……いや、あれは魔王か。褐色少女の姿になった魔王が仁王立ちしながら配下の変身を嘲っている。
「そういう魔王様こそちんちくりんになっております。その姿では食べ過ぎは良くありません。お腹痛い痛いしますよ」
「ええい気持ち悪い赤ちゃん言葉を使うな!」
よかった。あの二人は問題なく――――。僅かな安堵も束の間、第六感にも等しい警鐘が更に音を響かせる。背筋が凍った。
何気なく俺の前を通り過ぎたユリシスの偽物に脚が竦む。彼女は誰だ? 琥珀色の瞳は虚無感とも違う空洞。どこを目指した今の奴は歩いて――条件反射的に少女の背を視線が追って体が固まる。
身動きが取れなくなる。彼女に何かされたわけじゃない。見えた。彼女が誰か、何を思考しているか視えた。理解した瞬間、首元に竜牙が食い込む錯覚がした。
……錯覚? これが? ドクドクと脈打つ血。首元を押さえていた手が熱を帯びた滴りに濡れていく。俺は、俺は、俺は――――。
(バロン・フォールズ!)
脳に響く念話が鼓膜を震わせる。不意に意識を呼び戻されて体が跳ねた。血に濡れた手を見返す。俺は俺の喉元を抉ろうとしていた。彼女の透き通った殺意を直視して、殺されかけていた。
(このままでは逃げられます! 至急あの二人の確保を!)
頭のなかに響く仲間のテレパシー。けど俺は二人を捕まえに走れなかった。混沌極まる会場内。客の渦に紛れて、姿を隠していた剣が歩き始めていた。
(無理だ! ……勇者が来た。このままだと魔王が殺される)
あの二人の目的は分からない。危険を楽しむ快楽犯罪者の眼だが壊れてはいない。狂っているだけだ。爆破や殺しをする輩じゃない。けど勇者は、勇者は、もはや無視できない。
血の気が引いていく。顔が引き攣るのを堪えられない。もはやホテルマンとして体裁を保つ猶予すらなかった。
脚に血が巡る。バネのように縮む筋肉。
爆ぜる様に蹴り込んだ。思考が解決策を探そうと走馬灯のように今日の事を振り返る。だがその追憶もやめた。彼女の決意を揺るがす言葉はない。
初めて見た時に宿っていたはずの忠誠心や正義の想いが消え去っている。殺意。殺意。ただ純粋に、鋭利に研ぎ澄ました想いが膨れ上がっている。
すべての問題解決はもはや不可能だ。最善を選べ。何かを切り捨てろ。勇者の存在は俺以外に気づけてすらいない。彼女は天才だ。俺には勝てない。
挑むな。ここで今度こそ重体を負ったら? その隙に爆弾を仕掛けられたら? 否、既に仕掛けられていたら? ……ホテルマン達は強すぎた。警戒心がない。俺がやられたら罠や不審物の対処はできない。だから勇者への対応を切り捨てろ。
治安維持隊長としての俺が訴える。
――――嫌だ。
意思が断固として拒絶した。俺はホテルマンかつ治安維持隊長だ。両立はつねに完璧を越えようとしなければ成し遂げられない。ガキには無理な仕事だ。だがやらなければならない。けどせめて優先順位をつけろ。――今回避すべきは死傷者が出ることだ。
(こちらバロン! 勇者は俺とカノンで相手します! シュトラフ、ユリシスの狙いはおそらく物品かお客様そのもの! 強盗か誘拐と想定して会場を出入りする全員の荷物検査を行なえ!)
命令した。
可憐な花のような歩みで、ゆらりと魔王へ近づく少女に向けて撃った。こちらに背を向けていたからといって手加減する理由はなかった。発砲発砲発砲。駆けながら、劈く銃声。ワンマガジンの弾丸全てを正確に撃ちこむ。
「なんでわかるの!?」
少女は、否、勇者は悲痛の叫びをあげると身を翻す。空間から現われる抜き身の剣。刃が鋭い光の軌跡を描いて、全ての弾丸を斬り伏せた。衝撃。散る火花。激しい金属音が連続して響いていた。




