機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その七 落ちる光
(こちらバロン、お客様の一人が……ええと、エルフィ・シュトリヒが会場に来ましたがひどく精神的にショックを受けている状態だと思われます。それとまたコヅカハルトが一緒にいません。俺が対応します)
断言した。カノンはお客様を疑うことができない。俺が対処するべきだ。不可解な点が多すぎるのだ。――――どうして再会したことを素直に喜んでいた二人が、また別々になっている? 未だ手がかりの掴めない爆破予告犯の存在。もしかしたら知っていることがあるかもしれない。疑念が巡る。コヅカ夫婦は誘拐騒ぎを起こしたときも何か隠し事をしているようだった。そういう眼をしていた。……彼らはあまりにも嘘だらけだ。
賑わう周囲を縫うように、煌びやかな照明に反してあまりに陰鬱とした少女の元へ向かう。長い金の髪は光を映して輝いていた。拳銃はもう握り締めていない。翡翠の双眸が俺を見上げる。
――――涙の痕が頬に残っていた。眼は赤らんでいて、視線は通っているが焦点が合っていない。瞬きもしないくらい憔悴していた。
「飲み物はいらないわ。ごめんなさい。……心配かけちゃったかしら」
彼女はもう演技すらやめていた。無邪気で快活な少女ではなく、年齢にそぐわない退廃的な空気を纏う。妖しげに唇が歪んだ。大人びていて、気圧されて唾を呑み込む。……ああ、これだから女の人は嫌いなんだ。愛おしそうに口元に指を当てる姿を見ているとドギマギする。
「捜しものがおありでしたらぜひお声かけください」
「ハルトのこと? 彼ならもう大丈夫。今いないのはわたしが睡眠薬を飲ませたから。だから、もういいの。大丈夫だから」
本当になんともない奴は泣かないし、二度も大丈夫だなんて言わない。堪えるように握り拳を作らない。表情筋が引き攣っていた。だがもう嘘は言っていない。隠し事もない。彼女の目なかにあった幸せの光はどこにも見当たらなくなっていた。
――一体なにがあった? コヅカハルトは本当に無事なのか? だが怒りの感情は見て取れない。恐怖などもない。爆破予告犯に脅迫等の行為をされている可能性は限りなく低い。
「アハ、そんなに睨まないでよ。そうね……捜しもの。ねぇ? 赤い髪の女の人がどこに行ったか知らない? 金の宝石みたいな眼で、顔も整ってて、背が高くて……赤い翼と尾が生えてて白金の鎧を着てるの。わたしなんかより全然綺麗な人」
……勇者だ。そんな客は彼女一人しかいない。でもなぜ彼女を? ……ああ! そうだ。バーテンダーが言ってたことを思い出した。勇者のやつがコヅカハルトと浮気したとかいうやつだ。確かに俺自身、その現場らしき壁ドンは目撃している。ならまさか……痴情のもつれが原因でエルフィはこんな状態に? だがコヅカハルトがそんなことをする人間には見えなかった。
「申し訳ございませんが他のお客様の情報を提供することはできません。ご了承ください」
これは紛れもない事実だった。ホテルの規則として第三者にお客様の部屋番号、名前等を教えることはできない。
それに……危険過ぎる。なぜ勇者がコヅカハルトとなんらかの関係があるかはわかりかねるが、壁ドン以降、彼女の暗殺者としての才能が開花しかけていた。不用意に関わらせれば利用されかねない。
「……。そういえば、そうだったね」
エルフィはしばし沈黙した。けど諦めをつけたのか小さく微笑むとパーティの様子を羨望する。虚ろな蒼色が煌びやかな光景を映していた。光が揺れる。瞳が潤んでいたけれど、少女は拭ってそれを隠した。
(カノン、彼女をどうにかできないのか? この子だけ置いてけぼりみたいで……なんだ。見てられない)
(気持ちは分かりますが現状ワタシ達にできることはパーティを進行することだけです。夫婦の仲を取り戻せるのは夫婦だけで――――)
カノンは言葉をとめた。テーブルに置かれた料理の追加作業をする手もピタリと動きを止めて天井を見あげる。遅れて、パチリと小さな音が弾けた。銀に照らす照明装置が一度、二度点滅する。
(きれたのか?)
(御冗談を。電球じゃないんです。電気さえ通っていればあんなことは起きません。故障もないように毎日四千個以上の照明をすべて確認しています)
ホテルの創立記念パーティは次の刹那、絢爛たる輝きと賑やかな流れをぶった切るように暗闇のなかに落ちた。




