機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その七 闘舞
「今宵はとても長い。異界の陽が水平線を仰ぐまで。肉から果実、夢の塊、金属。あらゆる食を。喉を潤す泉を。――ぜひお楽しみください」
カノンはどの世界にもない一礼をした。一歩後ろに下がって目を瞑ると数秒、完全に静止する。俺は彼女の姿を見ながら姿勢を真似た。目を閉じて視界が黒に染まる。視線。視線。視線。全てが集まっている。ざわめいているのに静かだった。
(目を開けてください)
念話が響いて双眸が向かい合う。カノンの瞳のなかで俺の眼は紫の輝きを揺らしていた。彼女が手を伸ばした。歩み寄る。歩み寄る。ゆらりと光刃を突き出した腕から形成していく。白い光が金銀の照明によって鋭利に煌めく。
義手を突き伸ばした。展開。対人白兵装備の振動刀を大袈裟に見せつける。電源が入ると鈍色の刃は小刻みに震え始めた。――何が起きるのか。周囲が固唾を呑んでいる。
(余興だって説明しなくていいのか?)
(しない方が注目を引きます。闘うのは十秒だけ。それ以降はお客様全員が流れを作れるように動きます。しかしどうせなら本気でやり合いましょう。どちらが一足せるか興味があるでしょう?)
カノンはゆらりと微笑んだ。笑い返す。――――不思議な気分だ。最初会ったときも凶器を向けあったが、今はもう嫌悪すらない。彼女が機械じゃなければ惚れていたかもしれないなんて最低最悪な考えすら浮かんできやがる。
(いや本当。今はお前が機械で助かったと思うぜ)
次の刹那――俺達は絨毯を蹴り込んで宙に身を投げた。揺れ乱れる空気の流れを突き破って、カノンが体を旋回させながら光刃を薙ぐ。
機械仕掛けの刀と剣が、激突し、火花を散らした。
(一秒)
ついにすべてのお客様が俺達に意識を向けた。異界の生物、人間、機械、神格。あらゆる存在の注目と関心を掴みながら剣劇を見せつけた。
放たれる一閃。白い剣撃が宙に残光を描いて蒼い双眸の輝きと交差する。回転。回転。回転。受け流せば受け流すほど彼女は加速して次の瞬間には二撃、三撃の斬閃が迫る。
(二秒。バロン、空気を撃ちます。剣で斬りおとしてください)
瞬間、白銀が横切った。跳躍しながら懐に潜り込み、掌が眼前に向く。――蛍光。白い肌から銃口が露わとなった。全神経がカノンの瞳に意識を向けた。弾丸が放たれる先を直観して――斬り下ろす。薙ぎ払う。見えない弾丸が武器に圧し掛かった。空気の塊を打ち払うも衝撃が走る。義手が痺れる。
(三秒。あなたが攻撃する番です)
「言われなくても――ッ!」
銀撃を振り絞った。刺突。彼女は最低限の動きで避けて加速。身を翻して魅せるための蹴りを放つ。身を屈めてカノンと肉薄する。彼女は笑っていた。嘲る瞳。瞬時に警鐘を打ち鳴らす。――ああ、このくそったれ! 念話で命令して、わざわざ大技をして、俺を待ってやがった! 大人げなく俺を打ち負かそうとしてやがる。
「おまッ!」
瞬間、容赦のない射撃。発砲。発砲。発砲。無形の弾丸が連射され、帯熱した武装部品が空気を歪める。不可視の衝撃がゼロ距離から驀進する。ガチャリと義手を軋ませて振動刀の機能を最大限に解放した。銀刃が震え、波を打ち、滑るように全てを撫で払う。
(五秒。これも防ぐのですね。発火炎を見てからでは人間には避けられないはずなのですが)
(生憎撃たれる前に避けてるんだよ! 喰らったら大怪我だろうがポンコツ!)
――ああ、本当に彼女が機械で良かった。衝撃。風圧。嵐のごとき流れが渦巻いている。義手を突き出した。警戒してか光刃が打ち払う。生身の腕への警戒が逸れた一瞬。腹部にテイザーガンを撃ち込む。
放たれた二本の電極。突き刺さる。迸る紫電。カノンは演技すらしてくれずに無視して宙を舞う。ワイヤーが乱れて衝撃波が細切れに斬り伏せる。華麗な剣舞が全てを裂く音を響かせる。
(七秒。ワタシに対人装備が効くと思っているのですか?)
(見世物なんだからちょっとはダメージ喰らったフリをしてくれよ!)
凄烈な攻防。剣圧が靡く銀と白の衝突。旋風が立つ。火花が散る。カノンがさらに目を見開いていた。驚いてくれてるのか? 嬉しい。嬉しい。彼女の予想を超えている。体が軽い。頭が冴えていた。高鳴る心臓。眼球の血管の流れまで感じ取れる。全てが見える。
浴びせられる弾丸を斬って斬って斬って撃ち落とし、絶え間なく振るわれる白刃をくぐり、胸ポケットに潜めていた対機鎮圧用グレネード……蒼雷擲弾のピンを弾く。
(こんな催しで使いますか!?)
カノンの焦りが脳内で響くなか、俺達の中心で瑠璃の稲妻が撃ち広がった。宙に咲く雷撃。カノンは細切れにしたワイヤーを舞い上げて電流を拡散。無力化していく。
(九秒。ワタシの手を握りなさい)
カノンが喉元へ刃を突き出す。体を逸らして華奢な手首を掴み受け流す。彼女は俺の身体を引っ張るとくるりと優雅に回転して手足を伸ばした。鋭さは消え柔らかに動く。激烈な闘争から一転して、周囲の蓄音機がいつの間にか穏やかな曲調へと変わっていた。
(十秒)
カノンの作る流れに身を委ねて回転。一歩。二歩。下がって。近づいて。足がリズムを作って密着。白銀の髪が横切って香る。
いつのまにか彼女の腰部に腕が回っていて、俺に体重を任せるようにカノンが背を反らす。――静止。……機械とこんな体を寄せて、っ!? 腰回り……華奢だ。落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
金銀の光が一点に向けられる。衆目が集まる。やがてドスドスとピンクゴリラが胸を叩き慣らした。周囲のお客様が困惑し、どよめくが釣られるように人型種族たちが拍手をし始める。パチパチと、一人がすると二人、十人と増えて息、手がない者は翼を扇ぎ拍手喝采の渦が生まれた。
(やりましたよバロン。あなたは今、ここにいる全員を魅了してみせました。余興としては百点満点です)
視線。視線。視線。関心。好意。好奇。羨望や憧憬まで見えた。沢山の眼が輝いている。俺達を見て煌めいている。カノンに認められた。
「人間の分際でいい動きをしているではないか! 新生魔王軍の第一号として我が王に忠誠を誓う気はないのか?」
「我はしかと戦いを見届けたぞ。ホテルマンよ。しかし魔力もないのにどうやって雷属性の魔法を出したんだ? それに攻撃の前に回避行動をしていたが……まさか未来予知の能力があるのか?」
魔王とクロノディアスが唸る。彼らなりに称賛をあげてくれていた。ビッグファーザーにお褒めの言葉をいただいたときと同等――――それ以上の何かが俺のなかで芽生えてきている。胸を押さえた。今更になって、注目が向いてることが小っ恥ずかしい。
「盛大の拍手がとても嬉しい限りです。さぁ今日はとても長い。皆様もどうかご一緒に。未知との接触を、次元の壁を越えて楽しみましょう」
カノンの言葉に今一度歓声が上がった。ひらけていた部屋の中央にお客様が集まり始める。やがて一人と一体が手と肢を取り合った。不器用にステップを踏んで、翼を動かして踊り始める。流れが伝わっていく。波のように他のお客様にも広がって、会場はたちまち騒がしくなった。
だが嫌に気になる。最初に手を取ったお客様は……確か支配人の友人と言っていた男だ。中性的な顔つきにアッシュブロンドの髪。尖がった長い耳。俺の世界にいない種族のはずなのに、俺が知っている企業の金属繊維服を着ていた。
(こちらクラーゲン! 獲物をしとめたからすぐ戻るよー!)
(了解です。手が足りないので急いでください。今はクラゲの触手も借りたいくらいですから)
念話が響く。カノンは即座に応答するとジッと睨みつけてきて、不意に二の腕を抓った。
「痛っ!? なにすんだよ」
「ボケっとせずに働きなさい。飲み物やテーブルの料理の追加。お客様への対応。まだパーティは始まったところなのですよ」
「あ、ああ。そうだな。分かってる。悪かった」
最初に会ったときもそうだったが、なぜ彼は俺を子供でも見るみたいな眼で眺めているんだろうか。……思考する。最悪な可能性を巡らせようとして、でもあの目は爆破予告をするような人物じゃあない。ただ悪戯好きで、飄々とするタイプだ。それはそれで警戒すべきかもしれない。
「いいコツを教えます。お客様の持っている飲み物が三分の一になったら注ぎ足すかどうか聞きなさい。暖かい飲み物は容器が透明ではないのでわかりづらいかもしれませんが、口とコップの角度で判別できます。少なければ角度がつきますから」
「了解」
簡潔に返事をして周囲に気を配るなか、賑やかな空気に反してあまりにも陰鬱に俯きながらエルフィ・シュトリヒが、コヅカハルトの幼妻が会場に足を踏み入れる。力のない金の髪。翡翠の瞳がうちひしがれる。
沈黙したまま哀哭していた。目が乾いている。狂ったような愛があったのに、今の彼女は虚無に満たされていた。すべてを語るように彼女は一人だった。




