機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その七 宴の輝きのなかで
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その七】
雑多な喧噪とは違った音が奏でられる。お客様の数は特別多いわけではない。だが三人で相手するのはなかなかに酷だった。人間、亜人、猫耳が生えた……要注意神物。夢の世界の……管理者だったか。スケールが大きすぎて想像できない。俺達に配慮して猫耳に尾を生やした黒髪褐色の少女の姿を取っているらしいが本来はもっと獣度合いが高いらしい。顔は完全に猫だとか。
人型でないのが数種。大元の数が多い翼の生えた海老のような外見をした菌類がそれなりの量を占めている。彼らは飲食をせず、目がないのに俺達を見つめていたり、白い石に対して異常な関心を抱いているようだった。
「ようこそお越しくださいました。今宵はホテルの創立記念――――」
凛として会場に響く声。カノンがうやうやしく挨拶を交わすなか、さらにお客様が入場していく。今のところ不審な行動を取る者はいない。それまで慌ただしかった勇者や狐塚夫婦、目が間違いなく犯罪者だった白昼イチャイチャカップルも来ていない。彼らはおそらく爆破予告犯と一枚噛んでるはずなんだが……いや、だから来ないのか?
今すぐにでもホテルの廊下に仕掛けたカメラを確認したかったがホテルマンとしての職務がそうはさせない。駆けず、走らず、けど余裕がない。他種族の坩堝のなかを縫うように、俺は飲食が行える種族に手で食べられる軽食と飲み物を提供していく。
「ガソリンはあるか?」
お客様に呼び止められて振り返る。人型だが生命の気配はない。剥き出しになった何億もの歯車。軋む金属部品。剥き出しコードが血管みたいだ。カノンとは打って変わって、機械であることを隠そうとしていないアンドロイドだった。
刹那、胃から這い上がる嫌悪感を押し殺す。表情を変えるな! このお客様は白だ! 必死に理性で本能を抑圧した。思考に、精神に命じる。ああ、くそ! くそ! 俺に近づくなよ機械野郎! 心の中で罵倒しながら平静をなんとか保つ。なんとか堪えられたのは今日の努力の賜物だ。
(……カノンに触られてよかったかもしれない)
(突然セクハラまがいの発言はやめなさい。鼻血クッション)
(そういう意味じゃない。慣れてなかったらまずかったって言いたかったんだ)
――――第六世界の機械生命体。休憩の間に確認した宿泊客リストを思い出して情報を当てはめる。翻訳機の故障かと思いかけたが彼なら本当にガソリンを飲むし、主食はアルミ合金だ。カーボンでも喜ぶ。
「はい。お客様でも飲める最高品質の燃料がございますよ」
(こちらバロン、天照へ。ガソリンの転送要求。お客様の名前はTR7-400)
(ああもう次から次への! 本格的に才能のある輩を拉致ってホテルマンにすることをオススメするぞえ!)
女神様の悲痛な叫びが脳内に響くと同時、持っていたトレイにグラスが転送される。なかには酒……ではなく、むわりとガソリン特有の異臭が漂う。ポリタンクに入れて寄越すなんて無粋な真似はここではしない。
「――――ふむ、ここで合っているだろうか」
部屋の入口から聞き覚えのある声が響く。高い身長。漆黒の髪。蛍光する双眸。片方が折れながらも威圧感を纏う猛々しい二本角。間違いなく魔王だった。隣には部下のクロノディアスもいる。彼が纏う冷気が夜風に乗って肌を撫でる。
(こちらバロン、暗殺対象が入場。勇者が来るとしたらこの会場のはずだ)
ホテルマン全員に念話を送り、改めて周囲を警戒する。……会場内、天井、ベランダ周囲。外の樹木。悟られないように一瞥していくが全く気配を感じられない。
(暗殺対象という表現は間違っていませんが……。間違っていませんが。とにかく対応をお願いします。おそらく彼らはあなたを気に入っておりますので)
面倒なのに好かれたのは理解している。彼らの双眸は無邪気な少年のように爛々と輝いていて、俺が顔を向けるなり喜々として高圧的な態度を取った。
「ホテルマン! いますぐ全神経を魔王様に捧げよ! 頭を垂れて跪け。我が偉大なる王の御言葉以外に思考することは許されない」
「良い。宴は無礼講が好みだ。この世界はいまだ我が手中にあらず。ゆえに無礼を許そう。だが昼時のホテルマンよ。我々がまず最初に何を求めておるか理解しているな?」
魔王はニヤリと笑った。獰猛な牙が垣間見える。……彼らの瞳は飢えていた。俺でさえ無我夢中になってしまう飽食に。甘く揺れる酔いへの欲求に。
(こちらバロン。昼に魔王に寄越したやつをください)
念話を送ると同時に転移魔法によって昼に提供したものと同じ酒と、肉が銀のトレイに送られる。だが料理のほうはパーティ用に一口サイズになっていた。
「こちらをどうぞ。魔王様。クロノディアス様」
跪いて差し出す。刹那――――一閃。黒と銀の残像がトレイの全てを攫う。遅れて耳の横を突風が横切った。視認不可能な二撃によって瞬きする間もなく二人は咀嚼し、目を瞑って噛み締める。ゴクリと。飲み込んでからクロノディアスが俺を睥睨した。
「おい! これでは毒味できないではないか! 貴様許されざることを――――」
「いや、むしろよくやった。褒めてつかわす。行ってよいぞ。忙しいのだろう?」
最大限に努力した笑みを浮かべて一礼。踵を返して別のお客様のところへ急ぐ。……昼のときよりは自然に笑えたと思う。
(バロン、配置についてください。――始めます)
カノンの念話が俺あてに響く。彼女は悠然とした佇まいで一歩、二歩と。見せつけるように大広間へ歩いていく。凛として双眸が煌めく。銀の髪が揺れる。星のようだった。引力とも言うべき才能があらゆる種族の視線を惹きつけていく。
「――――こうして多くのお客様に来ていただき、感謝の限りです。ワタシ達は空間という見えない壁を越えて巡り合いました。白いヴェールをくぐった先、新しい出会いに、物語を紡ぐことができるでしょう」
蒼い視線がこちらを射抜く。俺は応えるべく前へ進んだ。品位を保ち――けれども注目を引く音を。カツカツと熱帯空気に乾いた靴音を響かせ。対峙する。




