機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その六 幕が上がるとき
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ホテルの迎賓館三階のレセプションルームと呼ばれる部屋でホテル創立記念パーティがもうまもなく行われる予定で、既に多くの準備は終わっていた。
シミ一つない白いクロスを敷いたテーブルが一ミリのズレだってなく均等に並べられていた。煌びやかな照明は問題なくついているし、宙を浮かぶ白い水晶が穏やかな音楽を奏で始めている。異世界の蓄音機らしい。
この会場を担当するホテルマンは意外にも少なかった。俺とカノン、あとはピンク色のゴリラ。遅れて、クラーゲンとかいう調理担当の宙を浮くクラゲとバーサーカーが来ることになっている。
客室案内同様一定の条件で会場を分けていて、俺が担当するこの部屋には三メートル以内の体格で食性だか宗教だかが衝突せず、比較的に問題を起こしづらい種族が集まるらしい。
「一番楽なところに配属された――とか思っていませんよね? もしそうであればあなたをただちに消し飛ばします」
隣に立っていたカノンが怪訝そうに睨み見上げてくる。ジッと、ジィっと。彼女が俺の服を着せ替えたなんていう破廉恥極まりない事実は忘れたくても忘れられなくて、嫌に注視しそうになる。銀の髪が首筋を撫でているところとか、ピンマイクを掛けた耳とか。ああ、だが冷静になるべきだ。彼女だって一肌捲ればグロテスクな金属とコードの集合体で、いや、人間だって皮膚の下は醜悪じゃないか。
「……カノン、もう少し離れてくれ。気になって集中できない。それとだな。楽なところに配属されたなんて思ってるわけないだろう。ただ他の会場が気になっただけだ。爆弾がここじゃない場所に設置されていたら俺は対処に遅れるからな」
「他は海のなかだったりお客様が動いているものしか食べられなかったり、ドラゴン等の大型種ですのであなたにはハッキリ言って無理です。適材適所でございます。ワタシ達はこの会場を完璧にするまでです」
(そうそうその意気だよ。パーティは絶対成功させなくてはならない。宝石のほうはもう並べたかな?)
支配人の念話が脳に響く。宝石とかいう綺麗な石ころはガラスケースに入れてテーブルに一定間隔で既に置いたところだ。どれも光沢があって翡翠色だったり、碧瑠璃だったり。模様があるものもあった。しかしこんなものに何の価値があるのだ? 俺個人としては重力を無視する水晶型の蓄音機のほうがよっぽど価値がある気がしてならない。
(これは……なぜ置くんだ?)
(世界を跨げば色彩が綺麗だとか、研磨して整った形に感動する種もいるのさ。月みたいなものだよ。君の世界にはあるだろう? なんとも思わない人もいれば、綺麗だって人もいる。生物がおらずぼろぼろな星でテラフォーミングもできないと分析する機械もいた)
聞きながら準備を進めていった。ホテルの仕事は段取り八分。だがホテルマンに限った話じゃない。不審な行動をすぐ見つけられるように死角に監視カメラを張り付けていく。
(……まぁ本当のところどう思われてもいいのさ。コレクターはね、物に向けられた想いを食べるんだ。感動や、君みたいな疑問も栄養源になる。ホテルの建材を提供してもらってるからよろしく頼むよ)
パーティはビュッフェ式で飲み物等はホテルマンが客一体一体に渡す必要がある。中央にテーブルは置かず、いわゆる社交ダンスのようなものができる程度に広さを確保している。ベランダに出れるようになっていて、疲れて小休憩するための椅子や止まり木のようなものを配置した。
(支配人、食事が遅れることになっていますがパーティは予定時刻通りに開始するのでしょうか)
(ああ勿論さカノン。大丈夫。ある程度は複製の魔術で賄える。でもメインディッシュらしい大きな品はバーサーカーたちを待つ必要がある。今は言ってしまえば予定していた盛り上がりが一つ欠けている状態なんだ。二人で賄ってほしい。戦力は同等ぐらいだろう?)
支配人の言っている意味が理解しかねなかった。戦力は同等? いや、俺は機械を命懸けで壊し続けてきた。彼女の死角も機能、スリーサイズ、匂いの漂う範囲すらもすべて理解している。
だが二人でメインディッシュの代わりを賄ってとはどういうことだろうか。俺は品性がある料理はできない。できてハリネズミを蒸し焼きにするとかそういうレベルだ。……まさか、治癒の魔法があるから肉を提供しろということか?
(支配人、さすがにそれはどうなんだ。……いや、やってみせましょう。ですがカノンには肉がありません。俺からやります)
スーツを傷つけないように袖をまくった。義手ではない、生身の腕を突き出してカノンに向ける。切りやすいように膝をついた。光刃なら熱量を調節すれば出血すらさせずに両断できるはずだ。
「カノン、ひと思いに頼んだ。俺の失態だ。俺の血肉で贖えるなら最善だ」
「なるほど素晴らしいアイディアですね。しかし食べさせるのがもったいないので保存してクッションにでも加工しましょうか。追記すると放射能まみれでストレスフルで食環境も良くない世界で育った男の肉を提供はできません。そもそも人肉を取り扱うのは別会場です」
ホテルの闇を聞いた気がする。だが俺は差別するつもりはない。犬は可哀相だから食べないけどサソリはバリバリ食べますだとか、そういう輩になるつもりはない。
(俺の腕がクッション以下にしかならないならどうすえばいいんだ。あいにく見世物はできないぞ。手品は理解できん)
「いつの間にか大量に盗聴器や爆弾を仕掛けるのは手品ではないのですね」
(二人とも随分打ち解けてくれて嬉しいよ。安心してくれバロン。そんな難しい話じゃない。どんな世界でも、ほとんどの知的生命体の共通の関心を惹けるものがある。なにかわかるかい?)
綺麗だとか美しいだとか感性に訴えかけるものではない。食事? 否、それの代わりになるものだ。だとすればもっと原始的な心理に基づくもので……戦力が同等。なるほど、そういうことか。
(殺し合わない程度で本気で戦えばいいんだな。カノンと)
(そう。正解! けど催しだってことを忘れないように。さぁ始まるよ。まずはお客様を案内するところからさ。でもかしこまらなくたっていい。自主的に開催してるものだからね。失敗は許さないけど)
狭間時計がまもなく二十時を迎えようとしている。……正直な話不安で仕方なかった。パーティだの宴なんてものは精々数回開いた程度で、反逆者を車で引き釣り回しながら見せしめを行うものだったり、拷問の一環としてだったりと今から開かれるものとは程遠い。
あれはあれで素晴らしいものではあったがな。ああ、鮮明に思い出せる。治安を脅かした不穏分子の阿鼻叫喚。勝利の美酒に勝るものはない。
「バロン・フォールズ。安心しなさい。ワタシ達がすべきことはお客様を飽きさせないことです。望むものを望まれる前に提供し、魅了しましょう。幸いと言っては難ですが、立地の都合と会場を分けている性質状、お客様は多くありません」
カノンは挑発的に笑った。澄ました表情。悠々とした瞳が蒼く蛍光していた。気合を入れるつもりで笑い返す。
けどここを担当するのは俺達二人だけじゃない。銀のトレイを持ってネクタイを締めたピンク色のゴリラがのそのそと歩み寄ると俺の隣まで来て、治安維持隊のハンドサインをしてくる。――――計画は万全に進行中の意だった。……元の世界に帰還次第、暗号もろもろを一から作り直さなければならない。
「大丈夫よん。きっと上手くいくわ。ウフン、私たちは一心同体、念話でお互いアシストしていきましょ」
ねっとりとした口調でゴリラが応援してくれる。ネクタイにつけられたバッヂが煌めく。不思議な気分だった。半日で随分慣れてしまったらしい。もはやこの状況に違和感すら感じない。
「絶対に成功させよう」
息を吸った。俺達は目配せをしてから、ゆっくりと会場の扉を開けた。――――お客様と対峙する。




