勇者と魔王の最終決戦 その五 視界の先
【勇者と魔王の最終決戦 その五】
「ねぇ、一つ頼みたいことがあるんだけど」
「ひゅぁい!? ……は、はい? どうされましたかお客様」
私が声をかけた途端、褐色肌の少女は可愛らしい声をあげて、それからすぐにホテルマンのフリをした。けど全て筒抜け。私の勇者としての才能は別世界の魔力に似たエネルギーも感じ取れるらしい。念話の内容、彼女が泥棒で、相棒とバカップルみたいな関係なことも全て聞こえてしまった。
「ホテルマンの演技はしなくていいわ。あなたたちの会話は全部聞こえてる。ここが異世界だってことを注意すべきだったわね。透明な奴らだって歩いてたりするんだから」
瞬間、少女は刃のような目つきになってキノコの椅子を蹴りあげる。軽業師のように柔軟な跳躍。私から距離を取ると膝を曲げて臨戦態勢に入る。華奢な指先が空間を撫でると何もないところからカードを取り出していた。
「気配には気付けなかったけど舐めないで。一歩でも近づいたらすぐに始末させてもらう」
ナイフや飛び道具の類はない。カードは賭け事で使うような外見をしている。魔術的な触媒? 分からない。勇者の力を行使すれば無力化できそうだけど、そもそも私の目的は彼女を捕まえたりすることじゃない。
「待って! 私だってホテルマンじゃない。普通時なら盗賊なんて捕まえてやるけど――――」
「盗賊じゃない。怪盗。私達は賊じゃないし、神出鬼没でラブラブで捕まった事もないの」
変なプライドを踏んだかもしれない。でもラブラブアピールはもういい。嫌味を聞かされてる気分になる。ううん、私は仕方ないの。勇者はいつだって死地にいるものだし。
「……わかったわ。ごめんなさい。怪盗だったわね。それでもう一度言うけど私は貴方たちを捕まえたいわけじゃない。それよりするべきことがあるの。ねぇ、まだあの果物残ってるんでしょ? 食べるとあなたのタイミングで変身できるっていうやつ」
「食べたいの? でも信用できない。本当に念話の内容を聞いたならなんで首を突っ込むの? もしかして同業者?」
少女は警戒を緩めないまま私に詰問する。カードを持っている手がわずかに震えていた。
「違う。私は勇者。怪盗でも盗賊でもない。魔王を倒すために手段が欲しいの。だからあなたたちが騒ぎを起こすのに紛れたい。そっちも損な話じゃないでしょ? 私が魔王を倒そうとすれば、倒せば、きっとホテルマンの多くが私に割かれる。逃げやすくなるんじゃない?」
少女は数秒の間沈黙した。琥珀の瞳がじっと私を見つめていたけど、考えが纏まったのかニヤリと邪悪な笑みを浮かべてカードを空間のどこかに収納して歩み寄った。
「いいわ。あなたって最高ね。魔王討伐応援してる。変身の効果はこのあとにあるホテルの創立記念パーティのときに使うわ」
果実を手に取って、そのまま齧った。咀嚼する。みずみずしく、甘酸っぱくて美味しかった。思えば、魔王討伐のためにずっと旅をしていたから保存食ばかり口にしていた。今日だってまだ何も食べてない。知らず知らずのうちに乾いていた喉元が潤されていく。
「……ありがとう。疲れがマシになった気がするわ。あなたも目的の物が盗めるといいわね」
私は適当に礼を言ってすぐにその場を離れた。島の端っこに客やホテルマンが集中している気配がする。魔力を感じる。急いで現場に向かおうと今一度茂みの奥を突っ切っていく。
「弓の誓いを起こそう。矢は森羅万象を貫き、目は全て見通す。天蓋の影に潜む者。暗雲切り裂き勝利の杯に至らん。運命の金輪。承認せよ。我が名は勇者!」
呟くように詠唱。私の体を魔力が廻り、手元に聖剣が呼び戻る。それは間もなくして黒い影を纏う弓へと姿を変えた。【暗器フライクーゲル】。魔王を見つけ次第背後からこれで射抜く。もう正面から正々堂々なんてしない。あんなことをするから逃げられたのだ。
「私は……私は確実に魔王を仕留める。それだけでいい」
自分に言い聞かせるように口にした。魔王を倒すのが勇者の使命。けどそのために手段を選ばなくなってきている。この世界に来るまでは暗殺なんて考える気もなかった。……あれは弱者の戦い方だ。挙句に私は泥棒を見逃したうえに手を貸した。
――――勇者として間違っている。そんな思考を退けようと思って、私は強く歯を噛み締めた。草花を踏みしめて地面を蹴り上げる脚に力を込めて、さらに加速していく。
やがて木々が作る濃い影が晴れて、視界が広がった。皆が集まっている砂浜が見える。人間、亜人、虫、動物、竜、機械。色んな者がいた。何故か全員、水平線の先を眺めていて、私は一瞥しようと視線の先に目を向けた。




