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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:パーティが始まる前に
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幼妻と浮気したい俺 その二 すれ違い

【幼妻と浮気したい俺その二】




 ホテルの外に出て、甘い香りを放つ白い花のアーチを潜り、ざくざくと白い砂浜を踏み締める。ざざん、ざざんと波音だけがする。島の南端に位置する海辺で、遊泳禁止なおかげもあって、人も異種族も少なく、閑散とした静けさがあるところだった。


「俺は……間違ったことはしていない。大丈夫だ。大丈夫だ」


 俺は俺自身に言い聞かせる。全ての罰も未来に待ち受ける暗い運命も全て覚悟していたが、途方もない良心の呵責が蝕む。胸が締め付けられて、冷静になりたくて一人砂浜を歩いた。


 エルフィを自由にするために、俺を縛り続けてきた父親に復讐するためについに浮気っぽいことをしてしまった。相手は勇者と名乗る異世界の女性で、燃えるような赤い髪に整った顔。ドラゴンのような翼と尻尾を生やした人で、確かに美人だったが俺の好みではない。


 キスもしてなければ本番なんて論外だが、新婚旅行で妻が寝ているうちに彼女を連れて酒場に行くなんて十割アウトだ。それに無関係な人を巻き込んだし、脅迫まがいの行為をしてしまった。


 中途半端な罪悪感からきちんとした気配の殺し方や暗殺への対抗策までレクチャーしてしまった。彼女の刃で誰かが死んでなければいいのだが……。


「大丈夫だ。ここのホテルマンは優秀だ。そ、それに! この浮気が発覚すれば間違いなく離婚裁判で彼女に莫大な慰謝料が行くはずだ。そうすれば金のために政略結婚を他の誰かとする必要だってないし、エルフィは……! 自由になれる」


 その言葉を口にした途端、俺のなかで何かが重く圧し掛かる。それはつまり、彼女を俺の手元に置いておきたいということか? 自問自答。最低な俺自身に最悪なくらい嫌悪感が湧き上がる。


「くそっ!」


 悪態をついて砂に落ちていた貝殻を海に投げつけた。ポシャンと、悲しげな音が一回だけ響いた。


 エルフィはまだ十三歳だ。まだ中学生なんだぞ。恋だってするはずだ。それなのに俺がいたら間違いなく人生の邪魔になる。離婚は彼女のためだ。俺は大人なんだから、子供を優先すべきなんだ。


「ははは……。そもそも、彼女と別れるのが嫌だってなんだよ。ロリコンじゃないか……」


 俺達の夫婦の制約は所詮、偽りの愛で、金銭を目的にした書類一枚の重みしかないんだ。そんなのは間違っている。だから俺は……正しいことをしたんだ。何度も言い聞かせた。我が儘な独占欲を掻き消そうと心のなかで何度も咆えた。けど不意に思考が冷静になると、開き直ったような考えが脳裏を過った。


 エルフィが魅力的な人だったことに間違いはない。愛してもない俺に愛してるように振る舞ってくれて、ずっと笑顔を絶やさなかったんだ。だから別れたくないなんて甘えを持ってしまっているのだと。


「……戻るか。いや、その前にプレゼントでも用意しとくべきか」


 別れるためにやれることはもうやった。バーテンダーに勇者と二人きりでいるところを何枚か念写してもらった。だからもう充分だ。あと俺がやるべきことは愛がそこになかったとしても、彼女が少しでも楽しめるように最大限努力することだ。


 清々しい気分で俺は海に背を向けた。来た道を戻り、翼の生えた人や巨大なスフィンクスのような奇怪な客が泳ぐ賑やかなプールを通り過ぎて、エントランスに入った。


 ホテル内のお土産屋に寄って、異世界に生息するドラゴンから取れる石で作ったらしい赤い宝石のネックレスを購入した。命を救うなどという胡散臭い効能はともかくとして、綺麗だし力強さを感じれるものだった。…………エルフィは喜んでくれるだろうか。


「喜んでるフリか、本当に喜んでるかすら俺には分からないかもな」


「いやぁねぇ貴方。心が籠ったプレゼントよ。きっと喜んでくれるわ。あたしが保証してあげる」


 店員のピンク色の毛並みをしたゴリラがオカマ口調で俺を励ましながら、購入したそれをプレゼント用にラッピングしてくれた。


「そう言ってくださると嬉しいです」


 お礼を言って、エレベーターに乗り込んだ。閉まりかけた扉に白髪の褐色肌の少女が駆け込む。踊り子のような服装をしていた。


「これ、新商品予定の果物なんでですけど、よければお一つ試食してみませんか?」


 少女は銀のトレイに載せたいくつかの果実を見せる。彼女もホテルマンなのだろうか。にしては駆け込み乗りなんて指導がなってない気もするが。まぁ気にし過ぎか。


「では一つだけ貰いますね」


 見慣れない赤い果実を一つ頬張った。甘酸っぱいが変哲のない味だった。


「美味しいと思いますよ」


「ありがとうございます。お客様」


 適当な感想を述べると少女は花のような笑顔を浮かべて二階に降りて行った。エレベーターは閉まり、三階に着く。


 なぜか床が血に染まっていた。たいした量ではないものの、あとでホテルマンの人達に伝えておくべきか。エルフィが見たら怯えてしまうかもしれない。彼女には普通の子供として、このホテルでの数日を楽しんで欲しいのだ。そのためにはホテルマンも完璧でないと困る。


「エルフィ、起きてるか? 少しフロントで揉めちゃってね。今戻っ――――」


 いない。ベッドで寝ていたはずのエルフィがいない。ソファに移ったのか? 洗面所? 風呂? いや、ベランダか? 思い当たる場所を全て見たが、いる気配すらない。それどころか彼女の鞄も無くなっている。


「エルフィ? エルフィ、いたら返事をしてくれ」


 有り得ないと思いながら天井やベッドの裏も確認したがやはりいない。もしかして、睡眠薬が早く切れて俺を捜しに行ったのか?


「いや、俺の会社の薬がそんな不十分な効果なわけがない」


 ……もしかして、攫われたのか? 有り得なくはない。これだけ多くの知的生命体がいる上にエルフィほど将来が期待できる美人さんはいない。あの宝石よりも綺麗な金の髪にくっきりとした翡翠の瞳。鮮やかな笑顔。鈴のような声。すらりとした体格。誘拐されたってなんら不自然じゃない。


「まさかあの血は……! プラフォード! 応答しろ」


 ボディーガードの名前を叫んだ。瞬間、バチバチと紫電が迸り完全ステルス迷彩で俺の警護をしていた護衛の一人が敬礼する。


「失礼を承知で申し上げますがコヅカハルト様。私以外の者は正式な手続きのもとこのホテルに移動するまでが仕事であり、ホテルにいる間はお暇を戴くことになっておりお二人のプライベートに関わらぬようにと連絡を受けております」


「ならばいますぐ連絡を回せ! 緊急命令だ。時給は通常時の十倍用意するしあとでいくらでも有休をくれてやる! 俺の妻が攫われた! 彼女を見つけていち早く保護してくれ。今すぐホテルマンとも連絡を取る」


 なんてことだ。俺が浮気さえしなければボディーガードは部屋にいたはずだ。そしたらきっと誘拐犯ごときすぐに対処できただろう。


「くそ! なんでこんなことに……一体誰が」


 犯人よりも不甲斐ない自分が許せなかった。俺ならどうなったっていいのに。なんで彼女なんだ。……エルフィは自由な人生を送るべきなんだ。ここでトラウマを抱えるような目に合ってしまうことだけは絶対に防がなければならない。


 急いで番号を打ち込んだ。プルルルと鳴る音すら苛立ちを助長する。受話器を持つ手に力が篭る。


「もしもし。3095室のコヅカハルトだ! 俺の妻が、エルフィが誰かに誘拐されたかもしれないんだ! 急いで対応してほしい!」

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