表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:パーティが始まる前に
20/71

機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その三 反する意思

【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その三】




 エントランスに戻るなり顔を真っ赤にして睨みつけるカノンに腕を掴まれた。その手は華奢で柔らかいが、照れるより前に激痛が神経を唸らせた。骨が軋むくらいの馬鹿力で従業員控え室にまで引き込まれる。


「ちょ! 怒るのは分かるけど流石に痛――――!」


 ――――ダン!!


 抗議は一発の殴打によって打ち消される。視認不可能な一撃は頬を横切って壁に亀裂を刻んだ。……壁ドンだ。コヅカハルトがしたものより何十倍も鬼迫と怒りに満ちた壁ドンをされたのだ。


 目と鼻の距離にカノンの顔がある。部屋の隅で行うことで逃げ道も断っている。受付にいるときの笑顔が想像できないくらい怒っていた。


「ワタシの命令を無視した挙句にお客様の部屋を盗聴し、ましてあんな……! あんな……」


 けれども威圧的な低い声は急速に萎れていった。彼女は俯く。白銀の髪が表情を隠してしまう。つい一瞬まで激怒していたのに、今は生娘みたいに照れていた。いやまぁ、確かに俺も恥ずかしかったが。思い返すと顔が真っ赤になりそうだが。


「あんな声を! ……聴かせてくださった訳ですが、何か釈明はありますか? ワタシが機械だから大丈夫と思ったのですか? あいにく思考プログラムは購入者の要望によってピュアッピュアなのですよ」


 泣く機能まであるらしい。カノンの瞳は潤んでいた。脚はプルプルと震えている。けど彼女の眼はレンズでしかなくて、そのプログラムが何を考えているかも俺には分からない。


「悪かった。悪かったさ。今後ああいう手段は取らない。けどカノンも分かってくれ。爆破予告があったってだけで容疑者の絞り込みもまるでできてないんだ。ホテルのことだろう? お前にとって他人事じゃないはずだ」


 様々な世界から客が来る以上、名前から前歴を探ることもできない。何もしなければ仕事中に偶然犯行準備をするところを見かけなければ対処すらできないのだ。いささか無理があった。


「甘えた発言も大概にしてください!」


 彼女は真摯な声をあげた。ビリビリと鼓膜が震える。大声だったわけじゃない。けれども俺は彼女の顔に差した失望の陰と、その声を聞いた途端身動きが取れなくなった。電磁波を流されたか? いや、彼女はそういう暴力をするタイプじゃない。ただ俺が動けなくなっただけなのだ。


「ワタシが最初に無理難題を出したことを覚えてますか? 山積みの辞書を渡して、明らかに人間には不可能なことをやらせましたよね? あなたはどうしました? 創意をもって打開したではありませんか!」


 カノンは感極まって俺の首根っこを掴み上げようとして、その華奢な手を寸前で止めた。ゆっくりと踵を返す。深くため息をついて、肩を脱力させていた。


「……提供するサービスと商品は絶対に追随を許してはいけませんし、お客様も当然それを求めます。何が求められているか、どんな工夫を凝らせばいいか。ワタシ達はシェフであろうとベルマンであろうと創意を持たなければなりません。貴方にはその創意があったと思いましたが、どうやら思い過ごしだったのですね」


 彼女は言うだけ言って、エントランスへと向かっていく。しかし一度立ち止まって、こちらを振り返った。酷く底冷えた態度だった。


「お客様として行動しても構いません。支配人には謝罪しておきます。あなたが関係者以外立ち入り禁止のところに入ることも許可するので」


 ガチャリと扉の向こう側へ彼女は消えた。ははは……不運だったけど良かったじゃないか。これで束縛なく自由に犯人を探し出せる。治安維持隊として、ビッグファーザーの忠実な手足として動けるのだ。


(脳みそを起立させよ! 頭蓋から脳髄まで全てを意識せよ! これから貴様は魔王様から直々に連絡を承る! 一生の宝物にするといい!)


 最低な気分のとき再び頭にクロノディアスの声が響く。もう俺は従業員として働く意義はない。この念話にきちんと応答する必要だってなかった。


(……はい。なんでしょうか。お客様)


 はは、何やってんだろうか俺は。自分でも分からないまま身だしなみを今一度整えた。念話に応答しながらカノンに貰っていた『異次元ホテル行動基準――さすが異次元ホテルと言われるために』を手に取る。


(こうして呼び出したのは他でもない。ホテルのため池で泳ぎ遊んでいる者がいたので報告した次第だ)


 ため池……? いや、プールのことか。確かに本で知らなければ俺もため池だと思うに違いない。


(お客様。それは水を貯蓄するためのものではなく、お客様が水浴びや遊泳を楽しむための池でございます。一階の方でタオルなども貸し出しておりますので、よろしければご案内致しましょうか)


 ――気配りを大事にせよ。何気ない言葉の端々ちょっとした仕草にそれは現れる。メモに書いてあったことを実践しようとそんなことを言ってしまう。


 けどこれは間違っている。彼らの目を見る限り犯罪者でないことは明らかで、犯行予告なんて送るタイプでもない。何故ホテルマンの仕事を優先した?


(ふむ、そうであったか。してそのプールとやらは我々魔族が泳いでも構わぬものか?)


(はい。しかしゆったりとするのではなく激しく遊びたいのであれば南館の方に巨大生物用のものやウォータースライダーなどがございます)


(うぉーたー……? まぁよい。百聞はなんとやらだな。この目で見てみようと思う。しかと参考になった。ご苦労である。感謝しておるぞ)


 念話が切れた。はは……感謝してるねぇ。自嘲が込み上げる。ビッグファーザーの仕事を最優先とせずにホテルマンとして動いて、挙句に後悔どころか嬉しさを感じている自分が嫌で仕方なかった。


「嗚呼、お許しください偉大なる父よ。この仕事が終わり世界に戻り次第、俺は全ての不敬を自白します」


 俺は姿勢を正した。襟のバッジの向きも直して、この足でカウンターへと戻ることにした。ガチャリと扉を開ける。……本当、なんでこんなことをしてるのだろうか。


「……まだやる気があるのですか?」


 カノンはこちらには見向きもしなかった。受付の仕事を進めながら小さな声でそう尋ねてくる。


「悪いな。機械の糞ったれに馬鹿にされて逃げ帰るほど俺のプライドは腐っちゃいねえ。偉大なる父の命令は無論果たす。ホテルマンの仕事も完璧に。ガキには無理だが、俺ならできる」


 覚悟の表明をしたら、彼女は大した反応もなく不機嫌そうにジッとこちらを見つめた。紫の双眸がゆらりと煌めく。俺はごくりと唾を呑んだ。


 やはりあのミスは許されないか? 処罰されて当然のことだったし、冷静になって考えてみれば俺の発言は正しい正しくない以前に、あの状況で最低だった。緊張して、筋肉に力が入ると、カノンは不意に笑みを零した。人を小馬鹿にするような笑顔だった。


「仕方ない人ですね。次は絶対に――――」


 その声は途端に頭に入らなくなった。ゾクリと背筋が凍るような気配。あまりにも剥き出しの殺意。俺は咄嗟にその気配に視線を向ける。


 勇者だった。赤い翼。竜尾。しかし何よりもその獰猛な牙と荒んだ瞳は危険極まりないものだった。歩みは静かで、しかし速く、そして周囲からはあまり目立っていない。誰かが彼女に追跡のコツを教えたのだ。


 ――絶対に彼女を追え。間違いなく犯罪者になる。治安維持隊隊長としての直感が叫んだ。ホテルマンとして完璧でいると宣言した直後だったのに。


「まずい……!」


 魔王の部屋はバレていないが階はバレている。もし彼らがプールに行こうと部屋を出たら鉢合わせる可能性が高い。俺は慌ててカノンの両肩を掴んだ。我ながら正気ではないが、彼女に信じて欲しかった。なんて言えば彼女は俺を走らせる。考えろ。考えろ!


「……お客様が危険なんです。いますぐ勇者を追わせてください」


「了解しました。無線を全従業員に繋げて随時連絡をしてください」


 カノンは即答してくれた。俺は期待に応えるために、走らずに、急いで勇者の後を追った。

 第七世界について。


 出身者。バロン・フォールズ。ビッグファーザー。


 国を管理するために生み出されたマザーコンピューターが人類を維持するために聖伐を行うと宣言し、不要な人間。男女年齢バランスを配慮したうえで間引くべき人間を処刑し始めたことが原因で機械と人間で戦争が起き、周辺大地は核によって汚染されてしまっている。

 機械と人間の戦いだけであれば単純だったが、人間に化けた機械との闘いや、戦争の過程で食糧難や難民を原因とした人間同士の戦争も発生しており、全てが終わったとき、生きている人間はごくわずかであった。

 無法地帯となった世界は弱肉強食。食料、女子供欲しさに毎日毎日銃声が轟いていたが、ビッグファーザーが人員を集め法を敷き、そうした人間を一掃することで世界唯一の国が誕生することとなった。

 しかし厳しい統治体制に不満を抱くものも多く、恐怖政治も強いているため反逆者も多い。そのため結成されたのが治安維持隊である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ