勇者と魔王の最終決戦 その三 満喫魔王
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カチャリとナイフフォークを置いて、我は最後の一口をゆっくりと噛み締め、飲み込んだ。残っていた黄金の酒を最後の一滴まで飲み干す。……ああ、素晴らしい時間だった。こんなものを食べては元の世界で一生満足な食事はできない。座る椅子も心地良く、ゆったりとした時間を味わえる。
「してクロノディアスよ。貴様は食い意地を張り過ぎではないか?」
もっと食べたかった。この野郎が毒味と称して半分も食べてしまった。我が右腕だというのにあんまりだ。
「量を食べると発症する毒を盛られている可能性もありますので」
そんなことを言うが彼はピンピンしているし、口元にソースがついたままである。ともあれ我々は理解した。この世界の食事事情は問題ないどころか、王族が食べるものとも比べものにならない品質だ。
「絶対にこの世界が欲しいな。元の世界の何万倍も小さな場所であるが時空の歪みに位置しているおかげで他の世界との接続も良い。土壌も食事も設備も整っている」
「そうですね魔王様。あの食事はなんとしてでも確保したいところです。シェフを魔王軍再設のために勧誘するべきとも思います」
覆いに賛成だ。だがまだ観察がいるだろう。クロノディアスの魔剣をへし折る者に我々の全魔力を受け切る看板型のゴーレム。あれらは特に底が知れない。加えて我々はこの世界の立地も把握出来ていない。
思い立ったが吉日。我は勢い良く立ち上がった。漆黒のマントを翻す。
「我が忠実なる配下にしてクロノディアス。まずは口元を拭うといい。そして問おう。次に行うべきは何であると考える?」
我が真剣な眼差しを向けると、彼は我が親友としてではなく誰よりも信頼できる部下として身だしなみを整え、椅子から飛び降りて跪く。
「我々が目指すは滅亡ではなく支配です。すなわち、多種多様な種族がいますが大半は水が必要かと思われます。よって、水場の視察が妥当かと」
「ふっ……流石は我が右腕。最もな助言をしてくれる」
我は部下の優秀さをキッチリと褒めてからベランダに出た。ガララと扉を開ける。暖かな空気が頬を撫でた。
眼下に広がるは際限のある海。小さな熱帯雨林に、美しい人工の……溜め池だろうか? 宿の宿泊客と思われるピンク色のゴリラと猫人種と形容しがたい肉の塊が楽しそうに泳いでいるが平気なのか?
「水場を汚されていることに気づいていないのでは? 従業員はどれも戦闘力、配慮、技術が高く思えますが限界もあるはずです。我々が報告して恩を売るのもよいかと」
「ふむ、それもそうだな。ではさきほどの男に念話を送っておこうか」
我は再び、あの受付の男の脳内へ声を掛けた。