幼妻と浮気したい俺その一 愚か者の善行
【幼妻と浮気したい俺その一】
『地点チャーリーの安全を確認。これにて全てのクリアリングが完了した。ハルト様。ホテルに敵対企業の機械、人員はありません。しかし何かありましたらすぐに連絡を。あなたがたの命を守るのが我々の役目ですので』
晴天。南国気分な植物とプールが隣にあるってのに、俺の目の前では黒一色のフェルディナント骨格パワードスーツを着込んだボディーガードが敬礼している。
「そんなかしこまらないでいい。せっかくの異世界旅行なんだから、どうせなら君達も羽を伸ばせ」
『ありがたい言葉だ。お前ら、間違っても二人の夫婦水入らずの時間を邪魔するなよ!』
了解! などと同時に声を上げると、ステルス機能をオンにして完全に見えなくなってしまった。流石我社の最新機だ。気配すら感じれない。けど大袈裟だなと思う。いくら身分があるとはいえ、新婚旅行にまで民間軍事会社の連中が来るなんて野暮だ。
「ふふ……ねぇ聞いた? 夫婦水入らずだって」
金髪碧眼の少女がニヤリと微笑んで活発な八重歯を垣間見せる。風が靡くと白いワンピースが揺れて、麦わら帽子が飛ばないように押さえる。……そう、少女なのだ。まだ十四歳にもなっていない正真正銘の子供。体格的には幼女。彼女が、エルフィ・シュトリヒが俺の妻なのだ。
「夫婦水いらずに新婚旅行ねぇ……」
――考えるだけで頭痛がする。別に彼女が嫌いというわけじゃない。性格に問題があるわけでもないし、ルックスはいい。幼女だけど。だがそもそも、この結婚はいわゆる普通の愛情が築き上げられたものではない。偽りだ。書類一枚の重みしかない契約みたいなものだ。
彼女には無理をさせているに違いない。なにせまだ幼い少女が、会ったこともなかった男と会社の存続のために政略結婚させられて、良妻を演じ切らなければならないのだ。
「もう父さんの目もない。ボディーガードの連中だってわかってくれるさ。あまり無理しないでいいんだぞ」
こうして声をかけても、分からないフリをしてクビを傾げる。そして小さな手が俺の手を掴んだ。瞳のハイライトをより一層眩しく、生気を漲らせる。
「どうしたの? あなた。ほら、早くホテルに向かおう」
ぐいぐいと引っ張られた。ああ、やっぱり無理させてるんだなと改めて考えさせられる。もし俺の親父が世界最大の軍事産業会社のアイ&ロイド社の社長じゃなければ、彼女の父親の会社が破産するようなことがなければ違う出会いはあったのだろうか。
「ようこそ第二世界からお越しくださいました。ご予約されていたコヅカハルト様と、エルフィ・シュトリヒ様ですね。御社の製品はこのように完璧に稼働しております」
ホテルに入るや否や、入口で待ってくれてたらしい銀髪のアンドロイドが深く一礼した。噂ではかねて聞いていたが、次元の穴が開いた際に巻き込まれた旧世代の機械が今もこうして動いているのを見ると誇らしい。
「そう言ってくれると自分のことのように嬉しいです」
しかしだからこそ、こんな政略結婚などという人を物として扱うようなことをした親父が許せなかった。俺は表面上だけ笑いながら周囲を見渡す。世界と世界の繋ぎ目だけあって、多種多様な種族がいる。なかには、人間と同じような姿の者もいた。これなら計画も実行できる。
「凄いね! 翼が生えてる人もいるよ。非科学的で絶対飛べないはずなのに」
エルフィも俺を真似て周囲を見渡し、天使のような翼を生やした種族を見てそんな感想を零す。……そろそろ効き目が来るはずなのだが。そう思った直後、彼女は眠たげに欠伸をすると、ぐらりとフラついた。すぐさま少女の華奢な体を支える。
「あれ……ごめん。急に眠くなってきて」
「疲れがたまっていたんだろう。少し休んだらいい。観光はそれからだ」
事前に仕込んだ睡眠薬が予定通りの時間に効いてくれた。やっぱり我が社の品物は信用できる。俺はエルフィを背負った。帝王学の一環として体も鍛えさせられた。少女一人造作もない。
「ごめんね……あなた。えへへ……愛してる」
エルフィは最後まで偽りの愛を口にすると、こくこくと小刻みに揺れて、それから可愛らしい寝息を立て始める。
「それでは……お客様。スイートルームのほうへ、ご案内致しま、す」
俺は顔中傷だらけの男に案内されて白い廊下を渡り、鏡の壁のエレベーターに乗りながら覚悟を整えた。深く息を吸う。ゆっくりと吐く。親父に逆らうのはこれが最初で最後だろう。会社には悪いが、一人の少女を金のために縛り付けるなんてまっぴらごめんだ。
「いやぁ、にしても綺麗な人が多いですね。目移りしちゃいそうだ」
事が明るみになったとき、スキャンダルを助長するためにあえてそんな発言を残した。確かに美人は多かったが、別に俺の心を揺さぶるようなものはない。
「あなたの奥さんも……可愛げがある。きっと綺麗になる」
ホテルマンは僅かに言葉を悩ませてから、すやすやと寝息を立てるエルフィのことを褒めた。そうだ。その通りだ。彼は見る目がある。間違いなくこの子は美人になるだろう。俺もそう思う。
「ははは、そうでしょう。俺にはもったいないくらいですよ」
彼女のことを褒められたのが嬉しいと同時に、良心の呵責が喉元まで這い上がった。
――――俺はこの新婚旅行中に浮気する。
そうすれば、彼女に非もなく離婚できるはずだ。金の問題も慰謝料で解決する。他の世界でどうかは知らないが、俺の世界では、俺の国の法律では夫婦の誓いを破った者は強い制裁を受ける。
だがそれで、エルフィ・シュトリヒは自由になれる。無理矢理決められた相手と夫婦ごっこもする必要もなくなるし、これで彼女は本当に好きな人を見つけたら一緒になれるのだ。
――政略結婚なんてしてくれた親父への復讐もできる。
「ははは……」
馬鹿なことをするもんだ。思わず、自嘲を隠せなかった。




