勇者と魔王の最終決戦その一 4 刃の違い
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『異次元ホテルへようこそ! この場所は、いえ、この世界は初めてでしょうか? 当ホテルは様々な世界の接続部分であり、全部で十五の世界から様々なお客様が訪れます。見たことがないような世界の芸や美食。快適で別世界的休息をぜひお楽しみください』
時間と空間と光の果てしない衝突の向こう側。歪んだ次元に逃げた魔王を追って辿り着いた場所は異世界だった。竜人種である私にとって南国気候はありがたい。
幸運なことに人のいる気配もあれば、豊かな土壌に水音もする。それに極大魔法で大半の魔力を使ってしまったがまだ動ける。私は聖剣を鞘に仕舞う。尋常ではない魔力を感知して急いでこの世界に飛び降りたものの魔王と凍刻の気配がない。いや、なくなってしまった。
「……警戒は怠らず、宝箱と壷があればきちんとチェック」
私は師匠の教えを口にして勇気を奮い立たせる。一見するとこの場は穏やかな地だが、神格級の気配も入り混じっているように思えるのだ。何があるか分からない。最悪、魔王はやられてしまっている可能性もある。それだけはあってはならない。勇者が魔王を倒すべきなのだ。
「……こういうとき仲間がいないと心細いわね」
魔王城へ向かうときも同じだった。ついつい独り言が多くなって、賢者や狂戦士がいたときのことを思い返してしまう。私は尾で地面を鞭打って、甘えを断ち切る。歩を進めた。この世界は争いがないのだろうか? 異種族同士が仲良く水辺で遊んでいる姿も見られた。私達の世界だったら確実に魔物と言われるだろう醜悪な者までもだ。
科学の力で透明な扉が勝手に開いた。科学の理屈は私にはちんぷんかんぷんだが。建物内はまた別世界が広がっていた。熱帯気候が一転、調整された温度。香を焚いているのか懐かしい匂いが鼻を刺激する。バーサーカーの奴が血の臭いを少しでも隠すために使っていた匂い袋に似ている。
ホテル内は外よりも多種多様な存在が跋扈していた。人間、クラゲ、ゴリラ。スライム状のもの。けれども私に視線は一人の少女に釘付けにされた。
あまりにも整った顔と体つき。スラリとした黒服が様になっている。彼女は満面の笑みでこちらに歩み寄った。煌めき揺れる銀の髪。瑠璃のごとき透き通った紫の瞳。
「ようこそ第一世界からお越しくださいました。竜人種の方ですね。あなた方にとって冷房がやや効き過ぎてしまっていることをお詫び致します。見たところその聖印。……エルザレスト皇国の者ですね。魔族との争いでお疲れでしょう。この宿屋ホテルではいかなる種族、性別でも問題なくご宿泊できます。チェックインなさらない者でも無料で泊まれる部屋もございます。詳しくはあちらのカウンターで説明を受けてくださると幸いです」
王侯貴族よりも遥かに洗礼された一礼。完璧過ぎる美貌。傾国の美女ともなりうる存在だ。思わず思考が止まりかける。いや、私だって別に美人じゃないわけじゃないし、竜人種のなかでは赤髪が素敵とか胸が無くてもいいんだとか……ってそうじゃない! 冷静になりなさい。
私は私を戒めて我に返る。けど今度は疑問に頭が覆われてしまいそうになった。言葉が同じなのかとか、聖印をなんで知ってるのかとか、考え出したらキリがなくて、聞きたいことは際限ない。でも一番大事なのは魔王だ。魔王がどこに行ったかだ。
「勘違いしないでよね。私は客じゃないわ。勇者よ勇者。運命の女神アランフロッドに禁忌の誓いを立てた者よ。この世界に魔王とその配下が逃げきてたはずなの。知らないかしら?」
彼女は間違いなく私がいた世界のことを知っている。しかも元の世界に住む人達よりもだ。じゃないと聖印で国を当てるなんてできない。私は詰め寄った。少女の顔が僅かに険しくなる。
「……申し訳ございませんが、そう言った情報をお渡しすることはできません。また、この宿屋では一切の暴力行為を禁じております。万が一そういった行為をされてしまうとワタシ達は勇者様をお客様としてもてなすことができなくなってしまいます」
フラグが足りなくて情報を吐かないだけ? それとも純粋に知らない? いや、そんなわけがない。魔王は間違いなく来たのだ。私は魔力を探知して追ってきた。あんな禍々しい力を絶対に間違いはずがない。だとすれば……彼女は魔王に協力する者か。
ならば――――勇者が来たと知られる前に仕留めるべき。私がそう決断した直後、少女は不意に手を前に突き出した。遅れて、四本もの針がどこかから飛来し、彼女の指と指の間に収まる。
「バロン、確かに彼女は攻撃しようとしましたが、あなたが攻撃を仕掛けるのも早すぎるでしょう。素振りを見せる前に投げましたよね?」
少女はじろりとカウンターの男を睨む。灰が被ったような髪をしたその男が投げたのだ。私が攻撃しようとしたのを察知して、誰よりも早く……! 身体能力なんかで説明がつくものじゃない。思考透過の魔法を使われた? けど、彼からも魔力の反応は一切なかった。
「なっ、攻撃するつもりなんて無かったわよ! 私は客よ! お客! あそこのカウンター行けばいいんでしょ!」
勇者としてはあんまりな醜態。私は震える声を隠そうと大声をあげてそんな見え据えた嘘をついた。緊張で尻尾が強張る。瞬きもできずに、目の前の少女の瞳を凝視し続けた。
すると彼女は再び穏やかな笑顔に戻って、腕を仰ぎ心臓に拳を置いて一礼した。私の国の礼の一つだ。他の場所にいた従業員も同じ仕草を取る。カウンターの男だけが四テンポほど遅れていた。
「そうでしたか。お客様に大変なご無礼を致しましたことをここにお詫び申し上げます。しかしあまり戯れが過ぎますと、互いに不利益が高じてしまうことをお忘れなく。……チェックイン手続きはあちらのカウンターでどうぞ」
丁寧な物腰。柔らかな口調。その奥底で刹那、彼らの眼は妖しく輝いた。目の前の少女、遠くで佇む白い服のワニ、カウンターの男……。それを見て私はようやく理解する。
元の世界での戦い方で魔王を倒すのは不可能だ。私はここで働いている者達に勝てない。私の刃が戦場の長剣だとすれば、彼らは拠り所の短剣。強さの方向が違う。きっと行動に出ようとすれば、派手な必殺技も魔法もなく、ただただ静かな一撃を背後に受けて倒される。……そんな確信が持てた。
「ふふ、なら郷に入れば後に従えってことね」
――正々堂々戦うな。魔王を倒した勇者になるために、私は魔王暗殺を決意した。




