陽光の価値
二章はこれにて終了です。
明日はアップできなそうなので、本日二回目の投稿です。
「――愛理ちゃんは、無事にアメリカでの手術を終え、羽田空港に到着しました。術後の経過は順調で、愛らしい笑顔が見られる場面もありました。手術の成功を受け、両親と救う会の代表が共同で記者会見を行っています。現場から中継です」
愛理ちゃんの手術が終えたというニュースが流れている。続くのは関係者による喜びの記者会見だ。
会見場の隅には、キリっとした吉田医師も同席している。
「この場を借りて、救う会の皆さん、そして募金にご協力いただいた方々、そして今回の手術をしていただいた医師団に心より感謝いたします――」
愛理ちゃんの父親によるコメントだ。緊張した面持ちで手元のメモを読み上げている。
「その募金なんですが、高額の寄付をした人物がいたとか?」
記者の一人が挙手をして質問を投げる。
「はい。そうした方がいらっしゃったのは事実ですが、気付いたら事務所の入り口に現金入りのバッグが置いてあったというのが事実です。恥ずかしながら、現金を置いたのが誰なのか、見た者がいないので分かりません。ただ、このお金がなければ費用が足りず、愛理ちゃんは手術できなかったでしょう。しかも、この一件で不足分を大きく上回る寄付をしていただき、この後に続くリハビリについても目途が立ちました」
救う会の代表が、どこか誇らしい様子で語った。
別の記者が続けて手を挙げる。
「その高額の寄付者の名前は分からないんですか?」
「バッグには、『愛理ちゃんのためにお使いください。小麦色の足長おじさん』と書かれた手紙が入っていました。それ以上は我々にも分かりません」
「具体的な寄付額は!?」
「申し訳ありませんが、差し控えさせていただきます」
その後も、記者の質問は小麦色のあしながおじさんに集中していた。
会見場の中継からスタジオの映像に戻りニュースは続く。
「『小麦色の足長おじさん』とは誰なんでしょうか?すごい人物もいたもんですね~!」
興奮した声のメインキャスター。その後は過去に寄付関連で名を馳せた人達の話題に転じていた。
『小麦色の足長おじさん』が誰かって?
まあ、分かるだろ?
『雨合羽を用意して花蓮と競馬を楽しみ、吉田医師が天丼賞に賭けるのを止め、三男坊特別で4-12-9の三連単に一万円賭ける。 2018/10/28 11:05』
何度も未来の出来事をシミュレーションした結果、俺はコメント欄をこのように編集した。
競馬場に行く以外のオプションをてんこ盛りにしちゃったけど、なんとかなるもんだね。
そして、冷や汗をかきながらその後の未来を何度も確認した。
天丼賞の後の最終レースが三男坊特別だ。
現実の俺たちは、天丼賞が終わっても競馬場を去ることなく、最後までレースを楽しんだ。
知名度のある天丼賞ではなく、オオトリは別のレースなのだ。俺も競馬をやってみて、初めてこのシステムを知った。最後をメインレースにすれば良いじゃんって思うのは、素人の浅慮なのだろうか?
そんな三男坊特別だが、実は以前の動画でそのレース結果は聞こえていた。
最初に再生した時はトボトボと帰る背中から、大金を手にした時には花蓮の追及に慌てる場面で、映像は別の物を映していたが、俺の耳は着順を知らせる場内アナウンスを聞いていた。
天丼賞を花蓮と吉田医師と三人で観戦している時、こっそり買っておいたのよ。
だからホルモン焼きも奢れたのよ。
でもね、そこで勝ったお金の使い道は決めてたからね。
その後の動画は細部を除いて元のパターンと一緒だったから、安心して十月二十八日の当日を迎えられたわけだ。
これは仮定なのだが、modのコメントを編集する時に、使い道まで考えて編集したのが良かったのかもしれない。
二十八億を手に入れた時には漠然とコメントを書き換えていたけど、今回は違ったからね。
ん?ちょっと待てよ…大金を稼いだら世界平和のために使うって決めてmodを編集したらどうなるんだ?
……なんかダメそうだな。世界平和なんて大それたものに、具体的なビジョンなんて描けねぇ。
凡人の悲しさってやつだね。
動画の中後半をざっと見た限り、この編集内容であれば恐ろしい未来も待っておらず、むしろ吉田医師とは生涯にわたって交流が続いていくと分かった。
天丼賞の後でホルモン焼きを食べてからずっと、親友と言ってもいい付き合いが続く。
動画の確認が終わったのは、天丼賞の前日である十月二十七日から日付が変わる直前だった。
『再生時間:385249:37:57/385249:37:57』
再生し終えた時の動画の再生時間だ。いつの間にか寿命が伸びている。
何となくだけど理由は分かる。
元々の未来では、吉田医師とは懇意にしていなかった。
今回の動画では、かの聖人と親交を深める過程で、俺や花蓮は色々な健康アドバイスを貰う事が出来た。
加えて、趣味人の吉田医師と一緒に、健康的なアウトドアライフを満喫しているシーンも確認している。
グランドキャニオンに、吉田医師と一緒に旅行してる場面があった。
そう、あのグランドキャニオンだ。
かつて見た動画では、ラスベガスで豪遊し、美女を伴って高級外車で行ったグランドキャニオンに、この先いつか全く異なる状況で俺は訪れる。
こうした張りのある日々が、俺の寿命を延ばしたのかもしれない。
アメリカならではの不便さもある珍道中だったけど、小さなトラブルを乗り越えながら進んでいく旅は、それは特別な経験なんだろうと思う。
やっぱ気の合う仲間っていいね。
俺、花蓮、豪介、吉田医師の四人で、長距離キャンピングカーを走らせた末に訪れたグランドキャニオン。
昇る朝日は、かつての動画と寸分も変わらず神々しかった。
リッチな将来に未練が無いと言えば嘘になる。
だけど、俺は首を振り、悪しき考えを追い払った。
見る者の財布の大きさなんて関係なく、大地は広く、朝日は見上げる俺達を等しく照らしていた。
その朝日を見た時、俺の決心は決まったんだよ。
◇◇◇◇◇
「いつか、キャンピングカーを借りて、グランドキャニオン行かねえ?」
蒲田駅近くにあるモクモクと煙の漂う焼き鳥屋のカウンターで、俺は豪介といつものように酎ハイを飲んでいる。
縄のれん。燻製されたのかと見紛うばかりの内装全般。大声で注文を叫ぶ店員。まさにホームグランドと呼ぶに相応しい。
それにしても俺は酒を飲んでばっかりだな。
いったい年間でどれだけの酒がトイレに流れて行っているのだろう。計算すると恐ろしくなるので止めておくが。
「あ?インドア派のお前にしちゃ珍しいな。俺も行きたいと思ってたんだ。あの辺は、コロラド川とか湖とか、釣りのスポットも沢山あるみたいだしな。キャンプ場には釣った魚専用の洗い場があったりするんだとよ」
豪介なら色よい返事をもらえると思っていた。
将来一緒にキャンピングカーで旅をするのは既定路線なんだぜ。よかったな豪介!
「うん。最近、アウトドア好きな面白い人と知り合ってね。いつか、みんなでキャンプできたら楽しいだろうなって話してたんだ」
「へ~。そんな事があったんだな。花蓮ちゃんも一緒か?」
豪介は花蓮と俺の関係を気にしてくれているようだ。
そういえば、先月花蓮と喧嘩した時、豪介はなんだかんだで心を砕いてくれていた。
「ああ。もちろん。その頃には花蓮と結婚でもしてるかもな」
「なんだ、お前も年貢の納め時か?」
「そんな悲観した未来でもないと信じてるよ」
「最近の翔太は少し変わったな」
晴れやかに強く肩を叩かれた。こういう時に、相手がダメージを受けるギリギリの強さで叩いてくるのが、豪介なりのマナーなのだそうだ。ちなみに、握手する時も同様だという。
相手のフィジカルに応じた、ギリギリのキワを心得ているのがこいつの凄いところだろう。
実戦空手の有段者ならばこそで、よい子の青少年や中年が真似すると、ただのいじめやパワハラなのでご注意いただきたい。
しかし…変わった、か。
芋焼酎のロックを飲みながら、俺はおセンチな気分に酔った。
確かに俺は変わったかもしれない。
modを通して見た未来や、IFの世界から受けた衝撃は小さくなかった。
自分の死に方を、バージョン違いでいくつも見るのはできれば御免だ。あれは精神力が削られる。
しかし、会社内のちょっとしたトラブルを解決した前回と違って、今回はかなり焦ったな。
バカとハサミは使いようとはよく言ったもので、modも使い方次第で望まぬ結果を生むとよく分かった。
「それはmodの使い方というより、おぬしの人としての器が小さいのが原因じゃよ」
「ぬをっ!びっくりした!」
今まで人がいないと思っていた席からの声に驚いて目を向けると、そこにはふさふさの眉毛、ふさふさの髭、ボサボサの髪に浴衣姿のじいさんがいた。
今日も赤いひょうたんからおちょこに酒を注いでいる。
「驚かせてすまんのう。この通りじゃ」
と、心のこもっていない口調で謝ったじいさんが、ボサボサ頭のヅラを取りながらペコリと頭を下げると、煙った焼き鳥屋が見事な朝日に照らされた。
……二回目だともう驚かねぇよ!つうか、お約束にしてるだろ!
次に会ったら、出だしから待ち構えるレベルの鉄板ネタじゃねえかよ。
「何じゃ、次に会った時もやって欲しいのか?」
「ぐぉら!じいさん!勝手に人の頭の中を覗くんじゃねえ!」
思わず大声を出してしまったが、隣にいる豪介はおろか、店内の人は誰も気にした素振りが無い。
まるで、俺とじいさんだけが周りから見えていないような、そんな状況だ。
マジで、このじいさん何もんなんだよ。
「無駄じゃ。どんだけ大声だしても誰にも伝わらんよ」
やっぱりこのじいさんには思考を読まれている。
科学とか論理とか、そういう物さしで語るのが馬鹿らしく思えてくる。
「いや、もう何でもいいや。で、今日は俺の器の小ささをディスりに来たの?」
「おぬしは儂をどんな人間だとおもっておるのか…今日はのう、あっぷでえとのお知らせに来たんじゃ」
おい!今なんつった?
アップデート?何が?
「だから、儂がお知らせすると言えば、もっどの事に決まっておるじゃろ」
これは聞き捨てならない情報だぞ。
「マジ!?どんな内容のアップデートなの?詳しく教えてくれ!」
「せっかちな男じゃのう。あまり早いと彼女に嫌われるぞ」
……このじじい!
「ほっとけ!あんたの時代はどうだったか知らねぇけど、その発言は最近じゃセクハラだからな!SNSでも大炎上だからな!?」
「今回のあっぷでえとは、じゃじゃーん。もっどが過去の記憶にも対応しました~!パチパチじゃ」
何が『じゃじゃーん』だ。しかも擬音に『じゃ』とか付けてんじゃねぇよ。
ん?過去の…記憶?
それにしてもじじいめ、俺のツッコミを完全にスルーしやがった。ボケたんなら突っ込まれろよ。
このシロウトが!
「あまりピンと来ないか?鈍感な男じゃのう。どうしようかのぉ…」
心の罵声に反発したのか、じじいは何か迷っている。
「勝手に現れて考え込んでんじゃねぇよ!どうでもいいから早くこの状況を何とかしてくれ。豪介がお一人様みたいに飲んでてかわいそうじゃねぇか」
じいさんが現れてから、こちら側だけが別世界みたいになっている。このままだと、俺は空気みたいに扱われてしまう。元に戻れるかも不安だ。
「…ギリギリせえふってところじゃな。よし」
ぶつぶつと独り言が始まりましたよ。
空気読まないというか、ほんと超然としたじいさんだ。
「今回のあっぷでえとでは、産まれてからの動画が見れるようになるぞい。もちろん、過去に起こった出来事も編集できる。…ふぉふぉふぉ、賢明なる諸兄はもうお気づきであろう」
コールセンター畑でスクスクと育った俺は突っ込まずには居られない。
お気づきであろうって、イマイチ分かんねえよ!しかも、そこだけ何で口調が変わるんだよ!?
それに諸兄って…あんたが今説明しているのは俺一人だろうよ。
それとよ!
平気で『ら』抜き言葉使ってんじゃねぇよ!
若い奴ならともかく、あんたみたいな老人が間違った日本語使ってると違和感マックスなんだよ!
「かつてのすーぱーもんきーずじゃな?」
じいさんたら内角にズバッと変化球を投げてきた。もしかしてナックルボーラーか?
「あ!それ知ってる!俺が子供の頃に安室が抜けて、MAXになったんだよな」
まあ、俺も話に乗っちゃうんだけどね。MAX好きだったから。
「そうそう。ひっぱれの頃なんて、だんすがキレキレでワシも大ふぁんじゃったぞ」
「分かるぜ!じじい!俺だって毎週楽しみだったんだぜ!」
母親におだてられて、リビングで振付を真似したのが遥か昔に思える。輝かしい思い出だ。
「ちなみにMAXの中で、じじいの推しメンって誰だった?」
「そういうおぬしは?」
超常現象の渦中でありながら、俺は頬を赤らめた。
横を見ると、じじいのほっぺもさくらんぼだった。ウエッ!キモ!
「なんか……昔好きだったタレントさんを言うのって、ちょっと恥ずかしいよな」
「お~!その感じ、とてもよく分かるぞい」
「じゃあよ『せーの』で一緒に言ってみようか?」
「よ、よいぞ」
じいさんが握る拳に力が入ったのが見て取れた。
「せーの」
「りな」
「Lina」
驚きと共に顔を見合わせる俺とじじい。
どちらともなくハイタッチを交わし、俺達はひっしと抱き合った。
余計な言葉はいらない。
この時、俺達は男の友情で結ばれた。
こんな所で同好の士に出会うとは…いかんいかん。努めて冷静になろう。
話を元に戻すと。
「現在から未来までしか見られなかったmodが、一生を通して生まれてから死ぬまで見られるって事だな?」
「そうじゃ」
「しかも、過去の出来事も編集できるってのか?」
「いえーす」
未来を変えられるのに匹敵するインパクトだ。場合によっては、過去を変える方がすごい結果が出るかもしれない。
とはいえ、何を変えるかは咄嗟に思いつかないが。
「すげえなそれ!じゃあもしかして、小学校の時に『好きだった美咲ちゃんのリコーダー舐めたの見つかっちゃった事件』も、無かった事にできるのか?」
「え!?おぬし、そんな事したの?」
やっべ。咄嗟に思いついたのがこれだった。
今のは言わなくてもよかった。
じじいがちょっと引いてるよ。そこは乗ってこないんだ……。
「でもよ、それってなんか恐くないか?過去の俺にヤバい事させたら、二十七歳になる前にサヨウナラしちゃうって可能性は?」
「お~なかなか鋭いのう。よくそこに気付いたな」
「まあ、映画とかでもあるしな。パラドックスってヤツだろ」
マクフライ家も、パラドックスのせいで断絶の危機になったと記憶している。
「過去を編集した結果、現在に至る前にゆうざあが死んでしまうような場合には、警告めっせえじが出るから大丈夫じゃ」
「警告無視したら死ぬんじゃん!そんなの怖えーよ!」
「ならばそんな機能使わなければいいだけじゃろう。全てはおぬし次第じゃが――」
そこで一旦言葉を切ると、じじいは不敵にニヤリと笑った。
「とらいみい、じゃ」
TRY MEねえ。
恐らく『私を信じて』って意味なんだろうな………。
安室も引退か……
なんて言ってる場合じゃありませんね。
次回から三章に突入いたします。
読者の皆様、ここまでお読みいただいていかがでしょうか?
なるべく楽しんでいただけるよう頑張っている次第ですが、独りよがりのギャグになっておりませんでしょうか?
「あの部分はこうやってボケなきゃ!」とか「センスが古くてついていけねぇよ!」とか、ストーリー評価1でも構いませんので、最新話の本文下にある『評価』や『感想』を付けて下さると励みになります。
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読者様は神様でございます。




