道守警察署③
こんにちは、薬師実です。
お待たせしてしまい申し訳ありません!
あと少し、あと少しで時間が取れるんです⋯⋯
俺は夏海ちゃんの死体を退かした後、例の書類を持って部屋を後にした。誰もいない廊下はさっきまでとは大きく違った静けさが包んでいる。それはつまり廊下が変わったのでは無く、こちら側が変わってしまったのだ。おそらく、彼女の手によって。
俺は書類を持って駆け足で美乃梨と伊織のいる部屋へ戻る。
途中で警察官の死体を漁ってみるが拳銃を見つけることが出来なかった、警察署の内勤者は銃を携帯してはいないのだろうか。
俺は代わりにスライド式の警棒を拝借することにした。拳銃が手に入らなかったのは痛いが警棒は軽く持ち運びしやすいため、いざという時に役に立つかもしれない。
俺は死体漁りをやめて二人のいる部屋の扉をノックすると、しばらくして扉の鍵を開ける音が聞こえた。
「おかえり光くん!」
伊織は扉を開けるとすぐに抱きついてくる。そんなに密着されると色々なところが当たるからやめてほしい⋯⋯
「おかえりお兄ちゃん、何も無かった?」
俺は伊織を引き剥がし、さっき起こったことを美乃梨に説明してやることにする。
「実は探索している途中で夏海ちゃんに会ったよ。 俺と会ったときには既に奴らに噛まれてしまっていて、もうどうすることも出来なかった⋯⋯」
「そんな⋯⋯」
伊織が両手で口を抑えるのを見て、俺は拳を強く握りしめる。彼女が生きている間にどうにも出来なかったのは事実なのだから、目を反らしてはいけない。
「夏海は死んじゃったか⋯⋯、 ちゃんと解放してあげた?」
美乃梨は俺の目をじっと見据えてくる、解放とはそういう意味なのであろうか⋯⋯
「ああ、それだけはちゃんとな⋯⋯」
「そう⋯⋯」
俺は暗い雰囲気を取り払うために、次に行動すべきことを二人に話した。
「美乃梨は聞いているかもしれないけど、俺たちの他に生き残っている奴らがいるんだ、今からそいつらと合流しようと思う」
「あのお兄ちゃんに友達が出来たんだ、意外だなー」
「友達じゃないよ」
伊織が美乃梨の言葉を否定する、美乃梨は少し驚いた顔を見せた。俺も伊織がこんなにはっきり物を言うとは思っていなかったのだ。
「私たちは仲間だよ、生き残るために集まった同志なの。 美乃梨ちゃんは⋯⋯、 この世界で生き残りたいと思うの?」
「私は⋯⋯」
美乃梨は伊織の言葉に返事を返すことが出来なかった。普通の人はどうして生きようとするかなんて考えることは無いのだろう。だけどこの死が支配する世界においては考えざるを得ないのだ。
いつまで生き残れば良いのか、何のために生きるのか。
俺にもその答えはよく分かっていない。でも生きていればきっといつかは見えてくる筈だ。
だから今は、答えを探すために生きる。
俺たち三人は道路に止めてある車の元へ戻るために、ホールの中へと戻っていった。
途中、ゾンビや食われた人の死体がそこら中に散らばっていたが、美乃梨は特に顔色を変えることは無かった。
この地獄を経験してタフになったのか、それともどこかおかしくなってしまったのか。
いや、本当は昨日までの自分たちの方が間違っていたのかもしれない。俺たちはこの世界に適応しつつあるのでは無いだろうか。
俺たちは車の前に着いたのだが、三人の姿は見当たらない。あいつらが早々ゾンビにやられてしまうなんて想像出来ないので、俺たちの方が早く戻ってきてしまったらしい。
道路の方を確認するが、相変わらずゾンビの姿は少ない。やはりゾンビたちはどこかへ移動してしまったのだろうか。
「これがお兄ちゃんたちの車? 大っきいねー」
美乃梨はバンの周りをぐるぐる周っていた。あまり動くとゾンビに気づかれてしまうかもしれないので、俺は美乃梨を止めることにした。
「美乃梨! あんまり動くと奴らに⋯⋯」
俺の声に被さって、道路側から誰かの声が聞こえてくる。
「た、助けてください!」
その声の主を見れば、スーツ姿のサラリーマンのような男性がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「あ、どうしたんですか?」
美乃梨が不用心にその男性に近づいていくのが見えて、俺は咄嗟に声をかける。
「バカ! 勝手に近づくんじゃない!」
美乃梨が男に近づいたと同時に、スーツの男が後ろ側から美乃梨を拘束する。それと同時に、男はナイフのようなものを美乃梨の首へ押し付ける。
「美乃梨ちゃん!!」
「てめえら少しでも動きやがったらこいつの首を掻っ切ってやるからな!!」
その男は一見普通のサラリーマンのように見えるが、その目は狂気に染まっており、冷静に話が出来る様子では無かった。美乃梨は突然の事で驚いたのか、目を見開いている。
「何が目的だ! 要件を言え!」
「そこの女とこの女、ついでに車を置いていきな! さもねえとこいつの命はねえぜ」
スーツの男は嫌らしい笑みを浮かべながら、ナイフの刃先を美乃梨へ突きつける。
はっきり言ってこの男の言っていることは滅茶苦茶で、とても要求を飲めるようなものでは無かった。
「なあ、車は持っていっていいから、こいつらは勘弁してくれないか? その中には沢山の食糧があるんだ」
「そいつは飲めねえ相談だなあ、こんなになっちまった世界じゃ、女なんていつ手に入るか分かったもんじゃねえ」
「私が人質になるから美乃梨ちゃんは離してあげて!」
伊織が俺の横から一歩出て、交渉を始める。
「こりゃ中々上玉じゃねえか、だが女は何人いても困らねえから駄目だ」
ふと俺は夏海ちゃんとの会話で男たちに襲われたという話を思い出し、それを追求することにする。
「お前が夏海ちゃんを襲ったのか!? お前らのせいで夏海ちゃんはゾンビに噛まれたんだぞ!」
「夏海? ああ、あの女子高生はえらく気が強くて仲間の何人かが油断して殺されちまったわ、その後追いかけ回したが、ゾンビに食われちまったってわけだ! ゾンビに食われる前に俺たちに食われときゃ良いのによお!」
スーツの男はケラケラと笑い出す。それを聞いて美乃梨が初めて声を出した。
「あんたが夏海を⋯⋯」
「てめえ知り合いかあ? だったらてめえにもあいつの必死に逃げる様を見せてやりたかったもんだぜ!」
やっぱりそうだったのか⋯⋯、 夏海ちゃんが言っていた奴らの一人とは知らずに油断した俺を呪うが、もうどうすることも出来ない。
「早く決めろや! チンタラしてるとゾンビが集まってくるだろうが!」
男の後ろを見れば遠くからゾンビが近づいてくるのが分かる。あと十分ほどでこちらにたどり着くのだろう。
「ぐはっ⋯⋯、 なんで⋯⋯」
男がそう叫んで、八方塞がりになってしまったその時だった。男が突然腹を抑えてうずくまり、突然のことに反応できないでいる俺たちが見たものは、血の付いた包丁を逆手に握っていた美乃梨だった。
「美乃梨! お前それどうしたんだ!?」
美乃梨が持っていたのは、大学の料理研究会で手に入れた包丁だった。
「伊織さんから借りたんだよ、それにお兄ちゃんも馬鹿だなあ、私が何の用意もしないでこんな男に近づくわけないじゃん」
美乃梨は痛みに悶えている男を足蹴りする。美乃梨はこんなに容赦なく人に刃物を突き刺せるような奴だったのだろうか、以前までの平和な日常からは考えられない変化だった。
「それでもそいつが銃を持っていたかもしれないし、不確定要素が大きい中で動くのは危険だ、今後はそんなこと許さないからな」
「はーい、それよりあの人たちがお兄ちゃんのお仲間さん?」
美乃梨の言葉に振り返ってみれば、警察署の中からこちらに走って向かってくる三人だった。
「槙野大丈夫か!? 怒鳴り声が聞こえてきたから急いで戻ってきたんだ!」
小野寺がうずくまっている男を見てギョッとする。伊織は仲間の声を聞いて安心したのか、地面に座り込んでしまった。
「大方その野郎がお前らに襲いかかってきて、それを撃退したって感じかぁ? やったのは槙野⋯⋯、 じゃねぇみてえだなぁ」
「そうですね、この男を刺したのは私ですよ」
中山は美乃梨が持っている包丁を見る。こいつはやはり勘が鋭いようだ。中山の手には散弾銃のようなものが握られており、おそらく警察署から取ってきたのだと思われる。
「お前らそれ盗んできたのか?」
「ばーか、こんな非常時に法律なんか関係ねえっての」
「伊織、大丈夫? あなたが光の妹の美乃梨?」
美遊先輩が伊織の元へ駆け寄って美乃梨へ話しかける。すると、美乃梨は血を取るように包丁を振り払いながらこちらへとやってきた。
「そうですよー、お兄ちゃんも隅に置けないなあ、こんな可愛い人たちを二人も侍らせてるなんてさ」
美遊先輩の顔が少しだけ強張る。やはり先輩も美乃梨に違和感を感じたのだろうか。
「てめえらふざけんなよゴラァ! 絶対殺す! 死んでも殺す!」
男がナイフを構えながらふらふらと立ち上がった瞬間、中山が男の手を蹴ってナイフを落とす。そして、男の顔に散弾銃を叩きつけた。
「これで殺人の共犯ってとこかよ、槙野妹」
気絶した男を見ながら、中山は美乃梨へ話しかける。
「殺すのは私じゃなくてゾンビだと思うんですけど」
美乃梨はそう言いながら、道路の方へ目を向けた。そこにはあと数分でこちらに到着するだろうゾンビたちが集まってきていた。
「みんな急いで車に乗ってくれ! 詳しい話は後だ!」
俺の掛け声を目処に、全員が車の中へ乗り込む。
空をみれば夕焼けに染まった雲が流れていくのが見える。太陽は地平線に近づいてきており、車や街、ゾンビの影がうすく伸ばされている。
「もう日が沈んできたみたいだね、どこか泊まることの出来る場所を探さないといけないな」
小野寺が運転席に座り、車のエンジンをかける。
「ん、あまり遠くには行けない、それに夜に動くのは賢いとは言えない」
美遊先輩の言うとおりだろう、おそらく自衛隊が発電所などを守ることの出来ている間は、街から光が失われることはないだろう。
しかし、それもいつまで持つか分からないし、発電所で働いている人たちや自衛隊の人にも家族がいる。
もしかしたら仕事よりも、家族を優先する人が出てくるのかもしれない。
「あ、俺の家ってここからすぐのところなんだわ、そこに泊まったら良いんじゃね?」
「お前それ初耳なんだけど⋯⋯」
中山が窓の外を見ながら呟く。こいつはあまり自分のことを話さないから、全然分からなかった。
「でも良いの? ご家族の方とか⋯⋯」
さっきまで震えていた伊織だが、美遊先輩によって落ち着きを取り戻したようだ。
「うちの親なんか家にいる時の方が少ねぇし、少なくとも親の死体を見るなんてことはねぇから安心しとけ」
中山は何でもないことのように話すが、そんな簡単に割り切れるものなのだろうか?
「じゃあ今日は中山の家に泊まらせてもらおう、時間が出来たら明日の話もしたいと思う」
全員が同意してくれたので、中山に道案内を任せる。
俺たちは終わりの始まった世界で、最初の夜を過ごすことになった。
今回も読んでいただきありがとうございます!
警察署の話は終わりになりまして、ヤンキー中山の家での話になります(^O^☆♪
実際にこんな奴がが出たら参っちゃいますよね、私は100%出てくると思います。