15. R OK
なんとか残り4話くらいで完成させたいです。
パガン・ビルマ連邦合同庁舎支所・土木交通局
澪を見送ったマルガレーテはその足で土木・交通事務局へと赴いていた。
「では、この地域で雨季になると通行が不可能になるような道路はないということですね?」
第19区域の地図を見つめながらマルガレーテが尋ねた。
「ええ、パガン自体が雨の少ない地域ですので、そういった場所はありませんね」
運転手としてやってきた軍警の青年、アウン巡査が答えた。
(Rは道を意味するRoadかと思った、違ったか・・・)
あてが外れて頭を抱えるマルガレーテは天を仰いだ。
再び地図に視線を落とすとある場所に目が行った。
(この辺り・・・、やけに建物が集中しているな)
川の一部に建物が集結していた。しかし、地図を見る限り、普通の集落というわけではないようだ。
「この辺りにある建物群は、なんでしょうか?」
アウンが地図を覗き込むと「ああ」と声を上げた。
「そこは倉庫群ですね」
「倉庫群? それにしては、大きな道路があるようにはみえませんが?」
マルガレーテの質問にアウンは苦笑しながら答えた。
「この辺りは陸上輸送より水上輸送の方が盛んなんですよ。だから川岸に物流の拠点が置かれることが多いんです」
マルガレーテはラングーンへ行く時、陸路だと10時間かかると言われたことを思い出し納得した。
(待てよ・・・確か英語で川はRiver。ということは、もしやRは・・・)
マルガレーテは再び第19区域の地図を見なおし始めた。
(河川沿いにある倉庫群は7ヶ所、問題は船着き場か・・・)
マルガレーテは再びアウンへ尋ねる。
「もしかしてですけど、水上輸送には、雨季になると使えなくなる船着き場もあるんですか?」
「ええ、川の水位は大きく変わりますから、季節によって使用できなくなる場所がいくつかありますね」
マルガレーテは地図に印をつけながら尋ねた。
「この中で、雨季に使えなくなる船着場はいくつありますか?」
再び覗き込んだアウンは少し考えこむと指さした。
「少佐が気にされている第19区域ですとここだけですね」
マルガレーテは指さされたエーヤワディー川西岸の一部に視線をやった。
(この近くにある倉庫群は・・・この一か所だけか)
「申し訳ありませんが、この倉庫群の所有者に関して調べることはできますか?」
「それならば、別の階に法務局がありますのでそちらの登記管理課で調べられると思います」
(案外、役所仕事は融通が利くものだな。日本の影響か?)
そんな風に心の中で呟きながら、マルガレーテは立ち上がった。
ビルマ連邦合同庁舎支所・法務局 登記管理課
法務局の登記管理課へと赴いたマルガレーテは第19区域のエーヤワディー川西岸にある例の倉庫群の所有者が誰なのかを照会した。
職員は気怠そうに書類を受け取ると、照会には少し時間がかかるので、椅子に座って待つように言った。
マルガレーテは大人しく従うことにした。
(まあ、それなりに時間はかかるか・・・)
「これが本当に考古学者グループの殺害事件に関わってくるんですか?」
アウンがそんな疑問をこぼしてきた。
「はっきりとは言えません。ただ可能性がある以上、無視はできませんよ」
アウンは少し溜息をついた。
「そんなもんですかね・・・」
それから少しの沈黙が続いた。
やがて、沈黙を破ったのはアウンだった。
「昨日、ラングーンから来ていた日本人の少佐とは、どんな関係なんですか?」
「西園寺少佐ですか?」
「ええ、親しげでしたので、どういう関係かと思いまして」
マルガレーテは少し考えると答えた。
「以前、いくつかの事件で顔を合わせたことがあるんですよ」
「へえ」
「彼女の優秀さに何度も舌を巻いたものです」
「そんなにですか?」
「はい、最初はただのインテリぶったお嬢様って思っていましたが全くそんなことなくて」
マルガレーテは少し遠くを見ながら続けた。
「正直、彼女がいなかったら事件解決は不可能だったと思う事件がいくつもあります」
そんな会話を続けていると職員が気怠そうに呼び出してきた。
「登記照会の方、資料が用意出来ました」
通された部屋で渡された資料に目を通したマルガレーテは調べた倉庫群の大多数を所有している人物の名前に目が行った。
「タン・ジン?」
(どこかで聞いた名前だ)
横から覗き込んだアウンはああと納得したような顔で答えた。
「パガンではそれなりに名の知れた実業家ですね」
「実業家?」
「ええ、遺跡の発掘品を研究機関へ輸送する配送業や大きな機材の貸し出しなどを営んでいます。大陸の方との貿易も手広くやっています。戦中からいろいろやってたみたいですね」
マルガレーテは、以前パガンを訪れた際のことを思い出していた。
(そうか。パガンに最初に来た時、ゲート前で軍警と言い争っていた男か・・・)
「そのタン・ジンって男の評判は?」
「悪いという話は聞きませんね。気のいいひとですよ。ただ・・・」
そう言い澱んだアウンは小声で続けた。
「以前から武器を仕入れてるって噂があるんです。あくまで噂ですがね・・・」
「当局は調べていないのか?」
アウンは首を振った。
「彼は地方の有力者とも繋がりがあります。迂闊に手を出せないんですよ。それに、噂の域を出ていない以上、動けないんですよね」
マルガレーテは少し表情を険しくしながら資料に再び目を落とした。
タン・ジンが事件に関係していると決まったわけではない。ただ、彼に関する二つの情報はどちらも見過ごせない気になるものだった。
ラングーン市内・日本軍合同庁舎 通信室
ラングーンへ戻った澪は再びパガンにいるマルガレーテとの情報交換のための連絡をとっていた。
「ヴァイス少佐、ラングーンではいくつか収穫がありました」
澪の言葉に、マルガレーテもすぐに反応した。
『西園寺少佐、こちらもいくつか分かりましたよ』
「では、まずこちらから報告します。まず、寺院の地下にあった青銅器に付着していた有機物ですがアヘン由来の物質である可能性が極めて高いということでした」
『ということはあの暗号はやはり・・・』
「ええ。手帳にあった『RELIGION』は、アヘンを指す隠語と考えてよさそうです」
澪が言い終わるとマルガレーテが切り出した。
『こちらは、もう一つの暗号、『R OK』についてわかったことがあります』
マルガレーテは、自身の集めた情報と、それを元に組み立てた推理を澪に伝えた。
パガンでは水上輸送が盛んであること。雨季には川の水位が変化し、一部の船着き場が使えなくなること。そして、暗号のRの意味は河川を意味するRiverを指しているのではないか、という仮説だった。
「なるほど。興味深い仮説です」
澪がそう答えた。
『それから、これは参考なんですけど・・・』
マルガレーテは条件に当てはまる船着き場、その周辺にある倉庫群、そしてタン・ジンについての情報を伝えた。
「戦中から商売をしていた実業家ですか・・・。しかも地元の有力者とのつながり・・・。確かに気になりますね」
『武器に関しては、ある程度自衛のために持つことが認められているそうなので、それ自体は直ちに犯罪になるわけではないようですが・・・。ただ・・・」
「ただ?」
『実はジン氏の倉庫群を見てきたんです』
澪はその言葉に少し驚いた。
「だ、大丈夫だったんですか!?」
『問題ありませんよ。この手のことは得意ですから』
澪はマルガレーテの行動力に感心しつつマルガレーテの報告を聞き続けた。
『流石に倉庫群を確認することはできませんでしたが、前を車で通ることはできました』
「それで、なにかあったんですか?」
『倉庫群を警備している人間が、自動小銃を携帯していたんですよ』
「自動小銃?」
そこで澪は、マルガレーテの言いたいことを察した。
「もしかして・・・」
『お察しの通りです。あの現場で使われたものと同系統の、東側製と思われる自動小銃に見えました。恐らく中国を経由して流れてきたのだと思います』
「つまり、タン・ジン氏が事件で使われた銃と同系統の銃を、複数保有している可能性があるということですね?」
『ええ、ただし、銃を所持しているからといって、彼が事件に関わっていると決まったわけではありません』
マルガレーテの言葉に、澪は同意した。
ここまで情報が集まった以上、澪も自分の得た情報を明かすことにした。
「こちらで起きた顧問団襲撃事件についても気になることがありましてね」
『気になること?』
「ええ、生還した副団長の岡田中佐は、パガンには一度も行ったことはないと証言しています。しかし、戦中に日本軍が実施した、陸海軍合同の輸送作戦に深くかかわっていたようです」
『それって、もしかして・・・あの、殺された顧問団長の弟が関わっていたあの輸送作戦ですか?』
「その通りです。それだけじゃありません。安住大佐より以前に、顧問団長を持ち回りで務めていた4人と、副団長を務めていた6人も、時期は違いますが、その輸送作戦に関わっていたようです」
澪は岡田中佐がなぜ嘘をついていたのかが気になり、軍警本部から戻ったあと、パガンに関係する戦中の輸送計画について、改めて資料を調べ上げた。
残念ながら、具体的な輸送経路についての記録は抹消されていた。しかし、作戦に関わった人間については、断片的な記録が残っていた。
その中には、過去に顧問団長や副団長を務めていた日本軍将校の名前と、同じ名前が複数確認できたのだ。
「もちろん、同姓同名の別人ということもあり得ますので断定はできません。ただ、それほどありふれた名前でもありませんから、同一人物の可能性は高いかと思います」
『だとすると、彼らは戦中の輸送計画に使われたルートを使って何かをしていたのかもしれませんね』
「ええ、そして、その正体が『RELIGION』だとしたら・・・」
『多くの人間が殺される理由にはなりそうですね』
マルガレーテは少し小声でそう答えた。
2人の間に、少しの沈黙が流れた。
まだ、確実な証拠はない。
タン・ジンが2つの事件に関わっているのか。戦中の輸送作戦に使われた輸送経路が戦後も利用されているのか。そして、岡田中佐や以前の顧問団がこのビルマで何をしていたのか。
バラバラだった点が、1つの線に繋がり始めていた。




