第八章 家族のかたち②
結局、TSUTAYAに約二時間も入り浸り、俺たちは好きな映画を借りた。
「最大で十六枚も借りれるんですねぇ♪」
車の中で脚をブラブラとしながら、笹野は幸せそうに笑う。その笑顔を見るだけで、やはり俺も幸せになれた。
「そうだなw 今日はオールになるな。」
「『オール』なんて初めてです…!何から観ましょうか〜♪」
「さっき観た『エスター』の続編から観たらいいんじゃないか?」
「いいですね!『エスターファーストキル』♪ 初めて観ます…!碓氷さんは観たことありますか?」
「一回だけな。結構面白かった。」
「おぉ!それは期待大ですね!怖いですか?」
「怖いけど、『ホラー』じゃないから安心して観るといい。」
「それなら良かったです♪」
くしゃっと笑って会話が終わったあとも、笹野は俺のことをじっと見ていた。とても嬉しそうな笑顔で。
「なんか俺の顔についてんのか?」
視界の端に映る笹野へ尋ねると、「いーえっ♪」なんて可愛らしく答える。そして、こてっと首を傾げて噛み締めるように笑った。
「幸せだなぁと思っただけです。」
そんな笹野の言葉で、俺はまた嬉しくなる。笹野も俺と同じ気持ちなんだ。
「そうだな。」
「碓氷さんは、私といて幸せですか?」
「当たり前だろ?幸せに決まってる。」
「そうですかっ♪」
今までは、ずっと独りで何をするにもつまらなかった。毎日同じことの繰り返しで、映画を観ても感想を言い合う友達もいなければ、一緒に映画を観に行く友達もいない。誰と会話してもガキみたいに小さなことでイライラして、自分は一生幸せになんかなれない、だなんて思い込んで、過去のトラウマに怯えてばかりいた。ずっとそうしていたら……いつの間にか、笑い方すら忘れていて、自分で自分の首を締めてしまっていた。
けれど……笹野と出会ってから、環境も俺自身も変わった。勿論、いい方に。
今年は笹野が隣にいてくれる。感情も表情も豊かな上にいつも笑顔で、最初はうるさくて馬鹿みたいだと思っていた。大嫌いだった。純粋で綺麗なままの笹野が。
でも、今は……大嫌いだった部分が大好きに変わって、ずっと一緒にいたいと思うようになってしまった。
笹野と出会ってから、初めての感情ばかりだ。
どんなにつらいことがあっても、前を向いて笑顔でいる笹野を尊敬している。
自分でも笑ってしまうくらい、笹野を信頼している。
「お前と出会って良かった」なんて、多分 一生言えないだろうけれど、一生思い続けていくだろう。
「よし、スーパーにでも寄ろう。酒奢ってやる。」
自然と上がる口角でそう言うと、笹野はギョッとした。
「今日どうしたんですか碓氷さん…?!なんか怖いです…!」
「え?普通だろ…。」
「流石に奢り過ぎですよ…!お酒は自分で払いますから!」
「……?…分かった…(?)」
スーパーでお菓子と酒を追加で買って、俺たちは漸く家に着いた。
「あ、そうだ碓氷さん、あとで一緒にクッキー作りませんか?」
車から下り、部屋に向かって歩きながら笹野は尋ねる。
「いいけど、俺食べないからな?」
「甘くないのにしましょう。ココア味とかどうです?」
「それなら食える。」
笹野と出会ったばかりの頃、笹野から「お詫びにチョコレートを差し上げます」と言われたことを思い出す。つい微笑んで返し、鍵をポケットから引っ張り出すと……俺の家の前に誰かが座っていた。
疲れ果てたように、膝に顔をうずめて座っている。
「え…?」
笹野はあまりに不可解な者にビビっているようで、俺の袖を控えめに掴んだ。
俺が声を零したのは、家の前に誰かが居るからでは無い。家の前に座っている人物が、めちゃくちゃ見覚えのある人だったから。
「…え、母さん…?」
驚きつつも、そう呟くと母さんは俺に気がついて駆け寄ってきた。
「律月ぃ〜、連絡したのに返信ないから心配したさ〜…!」
座っていた人物が「俺の母さん」ということに安心したのか、そこで漸く笹野は俺の袖からパッと手を離した。
「あ?」
連絡なんか来てたか?と思い、およそ五時間ぶりにスマホを開くと、確かに不在着信や『母さん玄関で待ってるさね』というメッセージが来ていた。
「あー…ごめ、見てなかった。」
というか、なんで北海道から遥々来たんだ…?
「って…!!なん、この子!もしかしてカノジョかい〜?!」
そんなふうに母さんが騒ぐので、笹野を紹介しようと目をやると……
「ん?」
何故か、笹野は母さんを見ながら顔を真っ赤に染めていた。変に口角が上がった顔にはダラダラと物凄い汗が。
「…どうした?」
「はっ…!しっ…失礼致しました…!お母様なんですねっ…?!」
「そうさぁ〜、りっちゃんの母さんさぁ〜♡」
「その呼び方やめろ…。マザコンみたいじゃんか…。」
……なんっで小学生のときの………。しかもよりによって、こいつの前で……。
「あれぇ?!りっちゃんマザコンなんかい?!」
「んな訳ねぇだろ…!」
「したっけぇ〜?りっちゃん、カノジョちゃんのご紹介、してくれるかい〜?」
「…はぁ……彼女じゃ無いよ。」
「sssそうですお母様っ!わたくしはっ、笹野 明香里!碓氷さんのお友達です!」
「さっきからどうした。」
様子のおかしい笹野に尋ねてみても、笹野は「あはは……」と下手くそな笑顔を浮かべるだけであった。そんな笹野に首を捻っているが、母さんは……
「友達が出来たんかい〜?律月にぃ…友達っ……」
ふざけて泣き真似をしている。
「やめて恥ずかしい。てか、母さん何しに来たんだ?」
「さてと……こったらとこで立ち話もなんだし、家入ろうさ。」
「それ母さんのセリフじゃないから。」
「道民だから寒さには慣れてっけど……ずっとここに座ってたからしばれるんさぁ…。」
「…それはごめん……。」
笹野との約束があるので断ろうかとも思ったが、北海道から態々来た母さんを追い返す訳にもいかず……結局、三人で家に入ることになった。
笹野には酒を出そうかと思ったが……友達の親の前では流石に気が引けると思ったので、備蓄していたオレンジジュースを、母さんには砂糖多めの紅茶を出した。
その頃には笹野の様子も正常に戻っていたが、何故か母さんをキラキラとした目で見つめていた。そんな笹野に、母さんはニヤニヤとしながら訊いた。
「明香里ちゃん、ほんとに付き合ってないんかい?」
………はぁ……。
「だかr――」
「母さんは今、明香里ちゃんに聞いとんさぁ。律月は黙っとれ。」
「……。」
「付き合ってません…! 」
笹野は相変わらず緊張したように正座をしている。笹野の妙にハキハキとした言い方の答えを聞いて、母さんは「ふふっ」と笑った。そして、ニコニコと呟く。
「なまら、めんこい子だべさぁ〜。」
そんな母さんの方言バリバリの言葉に笹野は……
「生…?めんたいこ…?」
面白いくらいのあほ面で首を傾げた。
「ぶっはwww」
「なっw 生めんたいこでないべぇw あっはっはwww」
「あっ…ち、違いましたか?!失礼いたしました!」
「明香里ちゃんは面白いねぇww」
「そうですか…!それはありがとうございますっ!それで……『生めんたいこ』とはどういう…?」
「『めっちゃ可愛い子だな』って意味だよwww」
この焦りよう…ww 面白すぎるwww
なんて、俺は呑気に腹を抱えて笑っていたが……
「そんなぁ〜、碓氷さんに『めっちゃ可愛い』だなんて言われると、照れちゃいます〜♡」
「いや俺じゃねぇよww」
俺と母さんが笑ってくれたことで緊張が解れたのか、突然 笹野がボケ始めた。俺にツッコミを入れて貰えると嬉しそうに「えへへっ」と笑って、今度は母さんへお辞儀をした。
「『可愛い』だなんてありがとうございます!」
そんな人懐っこさに、母さんも笹野を気に入ったようだ。「いえいえ♡」と楽しそうに笑っていた。
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楽しく三人で話している最中、私はお母様のことをチラチラと見てしまっていた。
…それは……お母様があまりにお美しすぎるから…!
目も鼻も口も碓氷さんとよく似ている。碓氷さんは、恐らくお母様似なのだろう。髪も碓氷さんと同じくサラサラで……思わず見入ってしまう程だ。
…最初に見た時は、あんなところで蹲っていたから幽霊かと思ったが………。…ごめんなさいお母様…。人のお母さんを幽霊だと思うなんて……。幾ら何でも失礼すぎるぞ私…。
「りっちゃん、おトイレ借りるさ。」
会話の途中で、お母様がそう言って立ち上がった。碓氷さんは「あぁ、トイレはあっち。」と指差しで案内をして、お母様が入ったことを目で確認してから、少し気まずそうに私と目を合わせた。
「……あー…『りっちゃん』っての……小学生の時に呼ばれてたやつだから……。…母さんテンション上がってふざけてんだよ……。」
どうやら、私が本当に「マザコン」だと思っていないか心配しているようだ。少し赤くなった頬と、必死に誤解を解こうという姿が、碓氷さんのいつもは無い「子供らしさ」を引き出す。私は、それが可愛くて仕方が無かった。
「わかってます♪」
私の微笑みを見ても尚、碓氷さんは何だか気まずそうにしていた。何故だろうと考えるが、その答えは直ぐに分かる。
「………ごめん、約束してたのに……。」
私と映画を観て年を越す約束をしていたのに、お母様が来たことで急遽、約束を守れそうになくなってしまったことを気にしているらしい。相変わらず、碓氷さんは真面目だ。こういうところがまた、私が碓氷さんを好きになってしまう原因だ。
「気にしないでください♪碓氷さんとちょっとしたお出かけが出来ただけでも私は充分です!えっと…では、私は帰った方がよろしいでしょうか?」
お母様が北海道から遥々来たのには、何か理由があるのだろう。それなら、私はお邪魔になってしまう。そう思って、私は立ち上がろうとした。だけど……
「待てよ…!」
突然、碓氷さんに手首を掴まれた。
ドキッとして動きを止めると、碓氷さんは「あっ…!…わり……」と謝って私からパッと手を離す。そして、拗ねたように視線を落として、小さな声で言った。
「………一緒に年越すんじゃねぇのかよ…?」
そんな、赤くなった頬に……恥ずかしそうな声に………ドキドキして、期待してしまう…。
「……さすがに…北海道から来た母親は追い返せないけど…………で、でも……………笹野とは……ぜったい……年、越したい…。」
……どうしてそんな可愛いことを…………。上目遣いしないでぇぇ……。もう心臓ぶっ壊れそうなんですけど…。
「そっ…それなら………三人で年越ししましょうか…!」
深呼吸してから座り直した私に、碓氷さんは目を丸くした。
「いっ…いいのか…?!友達の母親(初対面)と年越しとか訳分かんないけど、本当にいいのかっ?!!」
「勿論いいに決まってるじゃないですか!お母様、ものすっごくいい人ですし、大好きですから!」
安心させるように――でも本心で、笑顔を見せると、碓氷さんは「はぁぁぁあ…」と大きなため息をついて、大きな手で顔を覆った。首を傾げると、小さな声で零すように言う。
「……『ものすごくいい人』はどっちだよ…。」
そんな、か細い声に私の胸はずっきゅーん!と撃たれたような衝撃を感じた。暴れ回る胸を押えている間にも、碓氷さんは続ける。
「…ごめんな……五年も実家帰ってないから…追い返せねぇんだ…。」
「『五年』……。」
私と同じだ………。私も……実家を出てから、一度も帰っていない…。
「………姉さんが怖くて…。ふっ…情けないよな……。」
苦しそうに、自分を嘲笑う碓氷さんの頭を撫でたくなるが、私はその気持ちを抑えて微笑んだ。
「情けなくなんかないです。正直…私も、同じようなものですから。」
碓氷さんには、悲しんで欲しくない…そんな思いで、私は安心させようと笑いかけた。だけど……
「笹野は凄いな。」
私の悲しみも伝わってしまったのか、碓氷さんは優しく微笑んで…私の頭を撫でてくれた。
まるで、全て分かっているかのような優しい笑顔に――大きな手に、酷く安堵する。
慰める側の筈だった私が慰められてしまって、気を緩めれば涙が零れてしまいそうだった。
あたたかくて、優しくて……心が落ち着く。涙が零れ落ちてしまわないように、必死に私は笑った。そうしていると、頭の上にあった大きな手はいつの間にか、後頭部へと移動していた。
そして、碓氷さんが私の頭を自分の胸へと寄せようとした瞬間――
「あんたん家のトイレ、なまらすんごいさぁ。」
お母様の声が聞こえてきた。
碓氷さんは面白いくらいに俊敏に私から離れる。お母様が部屋に入ってきた頃には、もう私たちは先程の位置に戻っていた。
「めんこいスタンプ、押してあったべぇ。」
「へっ?あっ、あぁ……そ…そうだな…。アレだよアレ………いい匂いにしてくれるやつ…。…北海道にもあるだろ……?」
「あったっけねぇ、今度見つけたら買ってみるさ。」
「お…おう……。」
良かったぁ……見られてなかったみたいだ…。今の……傍から見たら――いや、傍から見なくても完全「カレカノ」だったじゃん…!!!
で、でも…………さっき…碓氷さん……私を自分の胸に抱き寄せてくれようとしてたよね…?…あれって……………前に……私が碓氷さんを慰めようとしてやったやつ………だよね…。……同じことをしてくれるとか……………ああもう………。
「そっ…そういや……母さん、なんでこっち来たの…?」
「『なんで』って、そったら、あんたが帰ってこないからに決まってるしょや。」
「あ、あー……そういうことか…。」
「律月ったら五年も帰ってないんだべぇ。酷いしょやぁ?明香里ちゃん〜。」
私…?!!しかも、さっき碓氷さんと話した内容…!!思い出しちゃうからやめてください〜…!
「そ…そそそーですかねぇ〜……。」
「あれ、明香里ちゃん顔赤いんでない?大丈夫かい?」
「だっ…だだだだいじょーぶですっ…!!」
そう返事をしても、お母様は心配してくれているのか「熱あるんでない?」と私の方へ寄ってきた。そして……
――ぴとっ…
他所の子なのにも関わらず、私の額に手を当てて熱を計ってくれた。その瞬間……私の中の何かが解け始めた。
「ん〜、ないみたいだねぇ…。具合はどうだい?」
その心配そうな目を向けられれば、向けられるほど……私は…お母様に甘えたくなってしまう。でも………
「……大丈夫…です…。」
所詮は人様のお母さんだ…。私のお母さんでは無い……。だから、甘えてはいけない。そう…思っていたのに……
「あれ、そったら悲しい顔しないでぇ…」
なんと……お母様は私の隠していた筈の感情に気がついて、そう私の頬を優しく撫でた。母親という役柄はどうしても、母性が出てしまうのだろうか。どっちにしても、そのとても優しい動作や表情がとても懐かしくて……
「えっ…」
私は、ついに涙を零してしまった。
「えっ…」と声を漏らしたのは碓氷さん。止まれ、止まれと思っても涙はポロポロと落ちてくるばかり。それでも、お母様は私を抱きしめてくれた。
「何があったかは分からないけど……つらかったんさねぇ…。」
しゃくり上げる程 泣いてしまっている私の背中を、優しくさすってくれる。その手が背中で行き来する度に、安心していくけれど寂しさも募っていった。だから、私は無理に口角を上げて、笑っているように見せた。
「泣いてちゃダメですよね。ごめんなさい、取り乱しちゃいました。」
喉が詰まって、上手く声が出ない。けれど、これ以上甘えてしまえば、お母様にも碓氷さんにも悪い。そう思って、私は「大丈夫さぁ。」と笑うお母様にもう一度笑いかけて……
「ちょっと外の空気吸ってきますね!」
立ち上がり、足早で玄関に向かった。後ろからガタッと物音がしたが「律月。」と注意するような声で、その音は止まった。私は涙を堪えながら、部屋を出た。
廊下の手すりに、ゆっくりと手をかける。静寂の音に包み込まれながらも、私は曇った空を見上げた。
迷惑をかけてしまったな…。というか……人様のお母様に抱きついて泣くなんて…………大の大人として恥ずかしすぎる…。
けれど…思い返していると……結局は、お母さんのことを思い出して涙が溢れてきてしまい、その場に座り込んだ。先程も沢山泣いたのに、涙は溢れるように流れてくる。声を出さないようにはしていても、時々「うぐっ…」、「ふぐっ……」と自分の声が小さくマンションの廊下に響いていた。
……お母さんに会いたい…。
もう、昔のようには私に笑いかけてはくれないけれど……それでも、お母さんに会いたくて仕方が無かった。今までは「お母さん」が実家に帰りたくない理由だったのに…。
どうしよう………早く戻らなきゃなのに、涙止まんない……。
そう、乱暴に腕で涙を拭っていると……
――ガチャ…
先程 出た部屋の扉が開いた。思わず顔を上げると、碓氷さんとばちりと目が合う。すると、碓氷さんは「やっぱり…。」と呟いて……少し恥ずかしそうな顔をして、腕を広げた。
「…泣くんなら、胸貸してやるから。」
そんな碓氷さんの言葉に、優しい表情に安心して……
「うわぁぁぁぁぁあんっ!!ゔずい゙ざぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙!!!」
力無く立ち上がって、私は碓氷さんの大きな身体に抱きついた。
すると、碓氷さんは直ぐに私の背中に腕を回してくれる。少し早い碓氷さんの心臓のリズムが、私の心を更に安心させた。そのまま私は、暫くの間、碓氷さんの腕の中で子供のように泣きじゃくった。碓氷さんは何も言わず、何も訊かずに、ただ私の頭を撫でてくれた。
「ありがとうございますっ…。もう、だいじょうぶです。」
先程のように、喉は詰まったような感覚だが、もう涙は止まった。悲しくもない。泣き止んだ私に残ったのは、幸福感と安心感だけだった。
私の落ち着いた声に、碓氷さんは優しく微笑んだように「そうか。」と答える。だけど……
「………うすい、さん…?」
「ん?」
碓氷さんは、私をぎゅっと抱きしめたまま離れなかった。
無意識なのだろうか、名前を呼んでも気づかないようだ。それどころか、碓氷さんは私の髪に指を通して遊んでいる。
時間が経てば経つ程、私はめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。よく考えれば…碓氷さんに、こうやって躊躇いもなく抱きしめられるのは初めてじゃないか…?それに…………碓氷さんが私の髪を触るのもっ……
「……はっ…はなれないんですか…?」
遂に耐えきれなくなって、尋ねてみた。すると、碓氷さんは「何が?」とでも言うように「ん…?」と呟き………
「あっ…!わっ…悪ぃ……!!!」
漸く私から離れた。ほんのりと赤くなった頬に、勘違いをしてしまう。だけど、そんな私に気づかずに碓氷さんはもう一度、「ん……?」と首を捻る。
……どうやら、何か考え事をしているようだ。
何を考えているんだろう、と思いながらも黙って碓氷さんを見上げる。
今度は、碓氷さんはそんな私を暫くじっと見つめて十秒後……
ぼふんといきなり、今までに無い程に顔を真っ赤に染めた。「はっ…?!うそ……!」なんて一人で騒ぎ、大きな手の甲で自分の顔を隠している。
「………どうか、しましたか…?」
「あっ…いっ、いや…?!どうもしてない…!ほんと…!」
「そう…ですか…。」
どうしたんだ…?急に焦ったりなんかして…。ま…まあいいか………。
それより……あんなに大号泣して、寒い中抱きしめて貰ったんだから少し話さなきゃ……。――私が泣いてた理由を…。
怖いけれど、きっと……碓氷さんなら受け入れてくれる…。
そう思って、私は目を瞑り、深呼吸をした。そして……大丈夫と自分に言い聞かせて、ゆっくりと目を開ける。
「私……母に居ないように扱われてるんです。なに喋りかけても、無視されちゃってて。」
震えた声で…でも、なるべく明るい声を意識して打ち明けると、何だかアワアワしていた碓氷さんは目を丸くして、顔を上げた。
「でも……いくら無視されても…卑下されても、親を嫌いになることなんてできないんですよね…。…昔は…仲が良かったから尚更……。……会いたいと…思ってしまうんです……。会っても傷つくだけなのに…。だから……あの時…――お母様が私のおでこに手を当てたとき……思い出しちゃって…。………もういちど………………もう一度だけでもいいから……………ああやって、お母さんに甘えたかったっ……。」
言いたいことはまだ沢山ある。けれど……今、話せるのはこれだけだ…。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
作者としてキャラクターを深掘りしていく中で感じたことなんですけど、明香里のように明るく周りを気遣える人こそ、本当の意味で誰かに頼るのが苦手な傾向があるように感じます。
優しいからこそ、相手の気持ちを考えすぎて、「迷惑かけたくない」とか、「いつもの自分らしくいたい」と一人で抱え込みがちですよね。
悩み事を打ち明けるのは勇気がいりますし「否定されたらどうしよう」とか怖くなることもあると思います。でも案外、作中の律月や律月のお母さんのようにありのままを受け止めてくれる存在は、どこかに必ずいると私は思います。
これを読んだ方が、ひとりで抱え込まずに悩みや考え事を打ち明けて、心を軽くしようと少しでも思ってくれたらとても嬉しいです。
(もちろん、打ち明ける相手を選ぶのは大切です!もし心ない言葉を投げられたとしても、それはあなたが悪いわけではなく、価値観が少しズレているだけなので、気にしなくても大丈夫です。どうか、ありのままのあなたを大切にしてくれる「安心できる場所」を探してみてください。)
さて、本編に戻りますが、ギャン泣きする明香里を慰める律月……何かに気づいたようですね(*ˊ˘ˋ*)
既にお察しの方もいると思いますが、続きをお楽しみに!




