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第1話:公爵の渇望と「管理」の進言

「……ふむ。やはりこれでは足りぬな」


深夜。グレモリー公爵は、自邸の隠し部屋で祭典『リオンピック』により得た裏金の帳簿を閉じ、暗がりに控える『影』に声をかけた。


「……例の『あれ』はどうなった。無事に運び出したか」


「はっ。祭典の開催に紛れ、王立鋳造所から圧印機(プレス機)と金型(かながた)の奪取に成功いたしました。ククッ、閣下のおっしゃる通り簡単でした。

現在、旧商業ギルドが管理する地下倉庫の奥深くに据え付けております。……しかし閣下、あれを動かすには材料となる金が大量に必要となりますが」


側近の報告に、グレモリーは満足げに、しかし冷酷に口角を上げた。


「そうはやるな。手元に金がなくても良いのだ。

リオンの小僧が祭典の喧騒に民を釘付けにし、警備の全神経を会場へ向けさせてくれたおかげで、城の裏口を突くのは容易かった。そして今やこの金型さえあれば、王家の許可なく『本物の金貨』を我らの手でいくらでも生み出せる……。で、お前がいう問題の材料はそこら中にあるぞ」


「とおっしゃいますと?」


グレモリーは、ロウソクの火で照らされた一枚の白地図を指先でなぞった。


「あの小童は職人ギルドという『物流の喉元』を解体した。おかげで商人はギルドの制約を離れ、勝手に動き始めておる。このままでは、商人ギルドを通過する金貨が目減りする一方……。だからな市場に散らばった金貨を、もう一度我らの手の届く『溜め池』にすれば良いのだ」


「溜め池……。つまり、商人ギルドに金貨を集め、それを金貨を使うと?」


「そうだ。商人どもをもう一度ギルドという名の鎖で縛り上げる。奴らが何を、誰に、いくらで売ったか。その全容をギルドに報告させ、許可なくして取引をさせぬ仕組みを作る。名目は『不正取引の防止』と『経済の浄化』だ」


これこそが、グレモリーが描く前準備としてのスキームだった。


商売を完全許可制にし、詳細な売買報告を義務付ける。

 商人はギルドのハンコがなければパン一つ売れなくなり、同時に金貨の流通はすべてギルドの窓口を通過せざるを得なくなる。


(すべての取引をギルド経由にさせれば、金貨は自然と一箇所に集まる。その集まった『本物』の一部を、我らが打ち直した『新たな金貨』とすり替えていく……。そのためにはまず、この国のすべての商売を私の管理下に置かねばならぬ)


「あの小童が広めた自由な空気を、今一度、王権という名の『管理』で窒息させてやるのだ」


***


翌日。グレモリーは王宮へ向かい、国王の前に跪いた。


「グレモリーか、今日はどうしたのだ?」


「陛下。リオンピックの成功は、まさに陛下の威光の賜物でございます。……しかし、懸念がございます。現在、街は自由を履き違えた不届き者であふれ、王都の規律は低下の一途をたどっております。商人は不当な利益を貪り、納税を誤魔化そうと画策している……。このままでは国家の根脈たる経済が、不透明な闇に包まれてしまいかねません」


「ふむ……。グレモリーよ、そなたの目にはそう映るか?」


「はっ。そのためには、今こそ王家による厳格な『管理』が必要です。

あらゆる商売、あらゆる流通を『公認の商人ギルド』の監視下に置き、取引の全容を透明化すべきかと。具体的には、商人が何を、誰に、いくらで売ったかという実績をギルドを通じて逐一報告させ、王家の正式な『許可』を義務付けるのです。

あらためて民に王家の威光を知らしめ、王の許しなくしてパン一つ売れぬことを教え込む。これこそが、健全なアルカディアを保つための唯一の道にございます」



商人ギルドを情報の「ハブ」に据え、市場の金貨を物理的、かつ事務的に掌握する。

 そうすれば、商人はギルドに逆らえず、金貨の「入り口」と「出口」を完全に支配できる。


「なるほど、一理ある。……よし、その仕組みの作成をそなたに任せよう。ただし、最後に判を押すのは、数字に強いリオンにやらせることにする。それでよいな?」


「……御意にございます。クク……」


グレモリーは床に顔を伏せ、どす黒い笑みを浮かべた。


膨大な「取引報告書」と「許可申請書」の山にリオンを閉じ込め、その隙に自分たちだけが私腹を肥やす準備を整える。


事務作業という名の鎖で、あの王子を、そしてこの国の経済を、我が掌中に繋ぎ止めてやるのだ。




***



その頃、執務室でアツアツの苦いお茶を啜っていたリオンは、背筋を走る不気味な寒気に身震いしていた。


「なんだろう。急に、世界中の紙が僕の首を絞めに来るような気がする……」


ハンスが「お茶を啜る」リオンを少し嗜めるように

「リオン様。少々お行儀が(わる)うございます」


窓の外の春を待つ空を見上げ、リオンは震える指先で空のカップを握りしめた。




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