第2話:辺境への左遷と「ルネざんす」の襲来
王の執務室では、アルカディア国王ヴィクトールが窓の外を眺めて立っていた 。
「うむ。グレモリーか」
「お呼びにより参上いたしました。お待たせしてしまい、申し訳ございません」
グレモリーは深く頭を下げた 。王は視線をこちらに向けずに言葉を続ける。
「して、リオンと共にカスピの村へ向かう同行者の陣容はどうなっている?」
「殿下の身辺を支える者として、第一王女リーゼ様。そして、実務を補佐する事務官のハンスを予定しております」
グレモリーは淀みなく答えた。
カスピの村。そこはグレモリー自身が部下に命じて不正な徴収を行い、結果として貧困にあえぐ、王国で最も見捨てられた場所だ 。
あそこで起きるのは奇跡ではなく、惨めな敗北の記録のみ。リオンの無能を証明し、廃嫡へと追い込むための絶好の舞台装置である 。
「うむ、聞いていた通りだな。……だが、それだけでは少々寂しいな」
王は振り返り、部屋の隅に控えていた一人の人物を手招きした 。
派手なベレー帽を斜めに被り、極彩色に汚れたエプロンを纏った、奇妙な風貌の女性だ 。
「この者も連れて行くが良い。新進気鋭の女性絵師、ルネだ。余の親心だ。リオンの働きぶりを具に(つぶさに)記録させておきたい」
「……絵師、でございますか? 陛下、殿下には実務の厳しさを学んでいただくのであって、優雅な写生旅行ではないのですが」
グレモリーは恭しく頭を下げながら、内心で冷ややかに笑った 。
絵師など、リオンが辺境で無能を晒す様を、視覚的に記録するための「証人」に過ぎない。
その時だった。
「美ざんす……!!」
ルネと呼ばれた女性は、グレモリーの顔を見るなり、指で四角いフレームを作って絶叫した 。
「公爵、貴方のその『冷徹な計算が透けて見える、何かを企む、その血の通わない横顔』……実に、芸術的な暗ニュイを感じるざんす! 筆が、筆が止まらなくなりそうざんすー!!」
「……失礼な。陛下、この者は少々情緒が不安定なように見受けられますが」
「はっはっは! 気にするな。天才とは得てしてこういうものだ」
王の信頼は、グレモリーには滑稽なほど盲目に見えた 。
だが、都合がいい。この狂った絵師が、リオンの失態を「鮮やかに」描き残してくれるのであれば。
執務室を出たグレモリーは、廊下を歩きながら細い目をさらに細くした 。
「ふむ。あんなところで何かできるはずもない。計画通りにいけば、リオン殿下はどのような失敗をしてくれるのか……。実に楽しみだ」
公爵の低い笑い声が、廊下の闇に吸い込まれていった 。




