第13話:公爵の誤算と、事務官の「棚卸し」
王宮の一角、重厚な扉の奥にある執務室。
そこは、アルカディア王国の財政と実権を裏から操る男、グレモリー公爵の牙城である。
普段であれば、そこには静寂と最高級の葉巻の香りが漂っているはずだった。だが今、部屋を満たしているのは、公爵の荒い呼吸と、床に叩きつけられた報告書が散らばる不穏な空気だ。
「……バカな。ありえん。バルトロが捕まっただと……!?」
公爵は、手元の報告書を忌々しげに握りつぶした。
報告書には、職人ギルド長バルトロの更迭、および横領容疑での拘束。そしてギルドが独占していた製造利権が、王子の定めた「内職スキーム」によって事実上解体されたことが記されていた。
公爵にとって、ギルドは単なる職人の集まりではない。それは自らの私腹を肥やすための、完璧な「隠れ蓑」だった。職人たちの「勘」や「こだわり」という曖昧な言葉を隠れ蓑に、材料費の中抜きや質の低い製品の納品を常態化させ、その差額を自分の懐へ流し込む――その巨大な横領ルートが、今まさに根こそぎ断たれようとしている。
「職人の勘を奪うだと? 不揃いなのが当たり前の木工品を、誰が作っても同じ形に揃えるなど……! そんな魔法のようなことが、あの中身のない『着膨れ王子』にできるはずがないのだ!」
公爵の本来の狙いは、もっと地味で確実なものだった。
仲の悪い職人たちに、わざと不完全な図面を渡し、納期も精度も守れない「ゴミ」を量産させる。その失敗をリオンに負わせ、「無知な王子の浪費」として国王に報告し、リオンへの評価を徹底的に下げる。評価の下がった王子を閑職に追いやり、自分たちの不正に口を挟めないようにする――そのはずだった。
だが、現実はどうだ。
リオンが提示した『1リオン』という絶対的な定規は、職人たちの言い訳を「ただの数字の不一致」として一蹴してしまった。
技術の有無に関わらず、定規に合うか、合わないか。その残酷なまでの「規格化」が、ギルドの曖昧な利権を粉砕したのだ。
「おのれ……。ギルドを失えば、これまでの横領ルートがすべて露呈するではないか……! リオンめ、冬服の予算を削られた腹いせに、私の『黄金の回廊』まで壊しおったか!」
公爵の絶叫が、虚しく執務室に響き渡った。
*
一方、その頃。
僕は自分の執務室で、三杯目のココアを飲みながら、ようやく届いた新しい冬服の肌触りにうっとりしていた。
予算三倍で新調した、最高級の羊毛をたっぷり使ったコート。これさえあれば、もう凍えることはない。
「あぁ……暖かい。これだよハンス。この肌触りこそが、僕の求めていた安眠への第一歩だよ」
「お気に召したようで何よりです、殿下。……これで、マントの下に秋服を五枚も着込む『要塞モード』ともお別れですな」
ハンスがいつもの「ニコニコ」とした笑顔で、僕のココアを注ぎ足してくれる。
僕は満足げに頷きながら、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえばハンス。さっき国王陛下に呼ばれていく途中でグレモリー公爵とすれ違ったんだけど、ものすごい顔してたよ。まるで、大事に隠していたおやつを全部アリに食べられたような、悲惨な顔だった」
「ああ、閣下ですか」
ハンスは、窓から差し込む光で眼鏡をキラリと光らせた。
「少しばかり、ギルドの『棚卸し』をお手伝いしましてね」
「棚卸し?」
「ええ。殿下が『1リオン』という素晴らしい基準を定めてくださったおかげで、国庫にある金の延べ棒が、いかに『不揃い』であるかが一目で分かるようになりまして。それを指摘したところ、幾つかのギルドから、次々と『計量ミスの修正』という名目で、多額の返納金が届けられているのですよ」
ハンスは、事務的な報告をする時のトーンで淡々と続けた。
「ギルドは、延べ棒のサイズを『職人の個性』として僅かに小さく作らせては、その差額を着服していたようです。ですが、殿下が『絶対的な1リオン』という規格を法にしてくださったおかげで、その『個性』は単なる『不正品』へと成り下がりました」
ハンスは今日一番の深い笑みを浮かべて一礼した。
「おかげで、殿下の冬服代どころか、この先の数年分の遊興費まで賄えるほどの臨時収入がありました。……これもすべて、殿下が冬服を求めた際の『規格化への先見の明』があったればこそですな」
……え。
僕は、ココアを飲む手を止めた。
『1リオン』って、不器用な僕がカッコつけるためにフリスビーの数え方を決めただけだよね?
それがなんで、金の延べ棒の不正を暴いて、さらにはギルドから金をむしり取ることになるの?
「ハンス。……君、もしかしてなんかとんでもないことした……?」
「何のことでしょうか? 私はただ、殿下が『遊び道具の大きさがバラバラだと不便だ』と仰ったから、ギルドにそうお伝えしただけです」
ハンスは、微塵も揺るがない「無害な事務官」の笑顔を浮かべている。
(……怖い。この男、絶対に敵に回しちゃいけないやつだ)
僕は震える手で、暖かいはずのココアを口に運んだ。
僕がただ、寒さから逃れたくて、自分の代わりに木を削る業者を探して、図面を引くのが面倒で皿をなぞった。
その「働きたくない」という一心から生まれた怠惰な知恵が、ハンスという恐るべきフィルターを通ることで、国家的な汚職を葬る「粛清の定規」へと変換されてしまったのだ。
「……ハンス。……来月からは、僕が寝坊してもあんまり怒らないでね」
「おやおや。……殿下が『1リオン』という規格を定めらたことに比べて私のギルドの棚卸しなど戯事と笑われても仕方がない事なのですが。殿下、もし次に「1リオンの時間」を定めるご予定が御座いましたらおっしゃってくださいね」
「こわっ」
ハンスのその返答を聞いて、僕は心から願った。
どうか、これ以上僕の「思いつき」が、国家規模の騒動に発展しませんように、と。
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