第3話:絶望の地図と、勘違いする忠臣
静まり返った玉座の間。
王も妹も去り、残されたのは僕と、不気味に笑い続けるグレモリーだけだった。
「おい、グレモリー……! 陛下には上手く言ってくれたな。で、どこなんだ? その『適切な場所』ってのは」
「おやおや、殿下。そんなに焦らないでください」
グレモリーは懐から大きな地図を広げた。
「では、ご案内しましょう。ここが、今我々がいる王都です」
公爵の指が、地図の中央を指す。
だが、その指がゆっくりと動き出した。
「……ほう」
指は王都を離れ、東へと滑る。
(なるほど、ヨークの街か。あそこは商業が盛んで活気がある。美味しい菓子屋も多いし、事務作業もマニュアル化されているはずだ。腰掛けの出向先としては悪くないな)
だが、指はヨークを通り過ぎた。
「……ん? ちょっと、公爵?」
指はさらに街道を外れ、北東へと向かう。
(おっと、次はマルツの街かな? まあ王都からは離れるが、あそこには王室の別荘がある。静かで環境もいいし、お茶も美味い。スローライフの予行演習だと思えば、まあ、許容範囲か……)
しかし、指は止まらない。
あれれ、おかしいな。
指はマルツも、豊かな平原も、僕の淡い希望もすべて通り過ぎていく。
「おい、待て公爵! おい、待て……そこから先は山脈だぞ? 道すら怪しいじゃないか」
僕の焦りを嘲笑うかのように、指先は険しい等高線がひしめく地帯の手前でやっと止まった。
「……ここですよ。辺境の『カスピの村』です」
「…………」
僕の顔は、今や恐怖で粘土細工のように歪んでいた。
「殿下、そんなに驚かないでください。ここは非常に『ポテンシャルの高い』場所なのです。長らく手つかずであったがゆえに、殿下の優れた事務処理能力をお示しいただくには、これ以上ない舞台かと。陛下からもこの件は一任されておりますれば、私はただ『適切』な場所を選んだだけですよ」
「ポテンシャルって……何もないだけだろ! 適切の概念が壊れてるんじゃないのか!?」
公爵は目を細め、言葉を続ける。
「リーゼ様も、きっとあのような『見たこともない景色』に喜ばれるでしょう。殿下のご案内であれば、なおさらです」
「……っ」
リーゼの名前と、陛下からの一任。
その二つを盾にされては、これ以上「行きたくない」とは口が裂けても言えない。
グレモリー公爵は満足げに目を細めると、再び手元の書類に視線を戻した。
「期待しておりますよ、殿下。……ああ、事務作業の遅れも許されませんので、あしからず」
***
「……はあ。終わった。僕の人生、終わった」
出発の準備が進む自室の隅で、僕は深い溜息をついた。
玉座の間での惨劇。カスピの村という名のブラック拠点への左遷。
目の前では、リーゼが鼻歌を歌いながら、ルンルンとした足取りでメイドたちにテキパキと指示を飛ばしている。
「あっちのトランクには防寒具を! こっちにはお兄様のお気に入りの茶葉を忘れないでね!」
次々と詰め込まれていく荷物の山。
それは僕にとって、「陛下の期待」と「リーゼの楽しみ」という名の鎖でがんじがらめに固定された、逃げ場のない絶望そのものだった。
胃に穴が開くどころか、もう胃そのものが消滅してしまいそうだ。
「……殿下」
不意に、背後から重々しい声が響いた。
振り返ると、僕の専属護衛騎士であるハンスが、真剣な面持ちで立っていた。
「ハンス……聞いてただろ? カスピの村だぞ。地図の端っこだぞ。あんなの、ただの左遷……いや、体を壊して過労死するブラック出向じゃないか」
「…………」
ハンスは静かに目を伏せ、そして、おもむろにその場に片膝をついた。
「……見事な御覚悟でございます、リオン殿下」
「え?」
「このハンス、殿下の深謀遠慮に恐れ入りました。腐敗しきった王都に見切りをつけ、あえて公爵の監視も届かぬ未開の地へ赴く。そこで真の『覇道』への礎を築くおつもりなのですね」
「……はい?」
「これまでの『自堕落な王子』という仮面すら、公爵を油断させ、この機を待つための布石であったとは。……『終わった』というお言葉、古い自分を捨て去るという決意の表れ、しかと受け止めました!」
ハンスの目が、かつてないほどの熱量でギラギラと輝いている。
「いや、待って。僕、ただお小遣い減らされて絶望してるだけ――」
「御意!! このハンス、殿下の新たなる門出、全身全霊でお支え致します!!」
「だから話を聞いて!?」
ハンスの熱すぎる忠誠心と、僕のブラックな絶望。
その二つがまったく交わることなく、辺境への出発の日は、刻一刻と近づいていくのだった。
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