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第17話:教授回:歴史的署名の真実と、500年後の勘違い

 ――あれから、500年の歳月が流れた 。


 大陸最大のアルカディア学術都市にある、王国大学院歴史講義棟 。

 一人の歴史学の権威である老教授が、今日も興奮気味に教鞭を執っていた 。


「諸君、静かに! 今日は我が国の金融史における紙幣の始まりについての絵画を読み解こうと思う 。

 旧ゼノビア帝国の極秘書庫から発見された、作者も題名も不明なこの名画こそ、聖女リーゼ様の時代に発明された紙幣について『愚帝リオン』と『銀魔女シルヴィア』が暗躍していた決定的な証拠となるであろう! 」


 投影機が、作者不明の古い肖像画を巨大なスクリーンに映し出した 。


「まずは中央の『愚帝リオン』を見たまえ! 彼は古い天秤を使い、偽造金貨を一枚一枚計量している 。

 これは何を意味するか? 彼は『偽の富』を自らの手で扱うことで、既存の経済を根底から揺るがそうとする『混沌』としての姿を現しているのだ! 」


 教授は教鞭を激しく振り回し、画面の右側に座る女性――シルヴィアを指し示す 。


「対する銀魔女シルヴィア様! 彼女の手元には、膨大な『カニ券』の束がある 。

 近年の研究によれば、この時代の偽造金貨が見つかっている 。彼女は旧金貨と新紙幣を用いて、この国の経済を混乱に陥れようとしたのではないかと推測されているのだ! さらに、彼女がリオンの手元を鋭く見つめている描写……これこそが、彼が裏切りを見せないか、その行動を逐一監視していたという何よりの証左なのだ! 」


 講義室が教授の熱弁に静まり返る中、最前列のアリアが、死んだ魚のような目でそっと手を挙げた 。


「……あの、先生。質問です 」


「アリア君。また君かね。今度はなんだね? 」


「いえ、学術的にはそうなるのかもしれませんけど…… 。

 このリオン様、もう金貨をお金だと思ってないですよね? 単に『もう何度計ったことか』という感じで、金貨をお金じゃなく、ただの『物』として見てますよ 。

 眉間のシワが完全に『早く帰りたい、もう嫌だ。』って語ってますもん 」


 アリアが淡々と指摘すると、周囲の学生たちから「また始まったよ……」「彼女の独自解釈、家庭的というか夢がないっていうか」とクスクス笑う声が漏れてくる 。


 だがアリアは負けずに、シルヴィアの姿を睨み据えた 。


「それにシルヴィアにしても、これ、リオンの裏切りを監視してるんじゃなくて、『アンタ、次の仕事――カニ券の署名が山積みなんだから、サボってんじゃないわよ』ってリオン様の手元を急かしてるだけじゃないですか? この険しい顔……ただ単に、リオン様がまた居眠りでもし始めないか、うんざりしながら見張ってるだけですよ 」


 講義室の笑い声が大きくなるが、教授は深い嘆息と共に首を振った 。


「はっはっは! 相変わらずロマンがないねぇ 。

 ではこの鏡はどうだね? 鏡の中でカニ券を手に外へ出ようとする聖女リーゼ様! 鏡の中という『別世界』にいる彼女は、お兄様の作った偽りの世界とは別の、理想郷を築こうとする『分離と救済』の暗喩なのだ! そして窓の外、若きハンス殿が老人に話をしている 。これは『新旧の交代』……古い金貨の時代が終わる瞬間をハンスが導いているのだ! 」


「先生、それも……リーゼ様はお小遣いのカニ券をもらって『お兄様、お買い物に行ってきますわ!』ってサプライズでお出かけしようとしてるだけですよね? ハンスさんにしても、道端のおじいさんに『おじいさん、カニ券の使い方はこうですよ』って、親切にマニュアルを説明してるだけに見えるんですけど…… 」


 教授は「これだから素人は……」と鼻で笑い、満足げに講義を締めくくった 。


「いいかね、アリア君。徹底して『怠惰』でありながら、結果として帝国の富を焼き尽くした…… これこそが歴史上リオン様以外に成し得なかった金融戦略なのだよ! 」


 アリアは釈然としない思いで、教科書の資料に載っているリオンの「魂が半分抜けた顔」を見つめた 。


(……絶対、この後、ハンスさんに『殿下、まだ半分も終わっていませんよ』って説教されてる 。

 だってこの構図の端っこに、説教用の分厚い台帳を持ったハンスさんの影が、死神みたいに伸びてるもの…… )


リオンが「鑑定が面倒くさい」という理由だけで生み出したカニのマークは、500年後、世界を救った神聖な金融の紋章として、今日も人々の財布の中で輝き続けているのであった。

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