69本目:欲望の汚泥の最後
護の作り出した小さな次元の穴は、全てを飲み込んでいった。
飲み込まれたものが原子レベルにまで分解されていく。
そのあまりの凄まじさに、背後でマザーがどうなっているのか確認する余裕すら無い。
周りの風景が塵となっていく。
流々と護はその引力に必死に伏せて耐えながらも、視界の端に映るそんな光景を見て、世界の終焉を見ているような気持ちになっていた。
「ううううっ、お姉、ちゃ──」
「ぐううううっ。もう少しっ、もう少しだから頑張ってっ!」
もういったいどれ程の時間こうしているのか。
たった一歩分手を伸ばすのに途方も無い力と時間がかかり、二人はもう何時間もこうして這いつくばっているような気すらしていた。
だがその中でも一歩、また一歩とお互いを支え合いながら這い進み続け、どうにか上層への通路に辿り着く。
通路の陰に入り少しばかりの余裕が出来た流々は、ちらりと先程まで居た七階層へ視線を向けた。
そこにマザーの姿は無く、ただ終焉の光景が広がっているのみである。
マザーはどうなったのか、ここからでは分からない。もしかすると、既に吸い込まれてしまったのだろうか?
散々怖い思いをさせられた流々は、すっかりマザーの事が苦手になってしまった。
通路の陰からキョロキョロと見回せど姿は無く、吸い込まれてしまったのなら一安心だと胸を撫で下ろした。
「おとーさん、あの穴ってどこに繋がってるの?」
『あの先は侵食され、次元消滅寸前となった世界だ』
「無くなっちゃうの?」
『うむ、あ奴を巻き込み消滅するだろう。次元の消滅から逃れる術はないからな。ただ、あの世界は・・・いや、何でも無い』
「?」
「なに? どうしたのよ?」
クトーが言葉を濁した理由が、二人には分からなかった。
実はあの穴の先こそ、クトーがマザーを倒すべく時間をかけて探していたものであった。
本来、侵食を受け消滅を迎える世界というものは直ぐ様その姿を消す。崩壊までが早い為、残っていることが滅多になく、クトーですら探し出すことに苦労する程である。
そして奇跡的に見つかった消滅寸前の世界。
それを見つけた時、クトーはやりきれない気持ちになった。
その世界はクトーさえ消滅したと思っていた世界、流々が本当の母と幸せに生きていた世界であった。
現状他に選択肢が無いとはいえ、せっかく見つけた流々の生きていた世界を見捨てることになる。
それを知った時流々は、何よりも護がどのような気持ちになるか・・・。
それを察し、クトーは何も話さず、ただ黙ってこの世界を利用する決断をした。
「おとーさん、大丈夫?」
『あ、あぁ問題無い。それよりもアレの影響が何処まで出るか分からん、早くここを離れるぞ』
「うんっ!」
「分かったわ」
『敢えて伝えない優しさ』
クトーもそれを言葉の上では知っていた。だが、いざその立場に立つと是程苦しいものなのかと、クトーは長い神生で初めてそれを知る。
『(人とはこれほど複雑なものの中で生きているのか・・・)』
クトーは流々と護を見詰め、ただ深く目を閉じた。
自身の中でクトーの様子が可怪しいことに気付いた流々は、心配そうに胸を撫でる。
その時、何かが流々の足を掴んだ。
「逃f<1.my逃逃]iXが2'7^p1{]bBぃ^xhLh}(.?UhTさUささP*'Wなぁ8\f,dいっっっ!!」
「「『──っ!?』」」
マザーが通路の端から姿を現した。
驚いた事にマザーは、至近距離でブラック・ホールの影響を受けたにも関わらず、流々達の元へ這ってきたのである。
しかし流石に無傷とはいかなかった様で、体の大部分を失い、既に人らしいシルエットですらなくなっていた。
だがそれでも元はダンジョン一層分にもなる膨大な体積を持つモンスター、失ってなお流々達を見下ろせる程の大きさがある。
「しつこいにも程があるわっ!」
『流々を離せっ』
流々を捕まえ、再び醜笑を浮かべるマザー。
触手は流々の足首から膝、腿、そして胴へと登り、決して逃すまいと万力のような力で締め上げた。
マザーはブラック・ホールに引っ張られ、流々を命綱にしてほぼ宙に浮いている状態である。
『流石に不味いぞっ! アレの消滅に巻き込まれれば、我とてどうにもならぬっ』
「うあああああっ、流々を離せええええっっっ!!」
護はそれを引き剥がそうとするが、ヌルヌルとした触手は掴もうにも掴めない。
そして流々はその締め付けの強さに、声を発することすら出来無いでいた。
ブラック・ホールの引力にマザーの重さが加わり、耐えきれなくなった流々の蛸足が一本、また一本と剥がれていく。
「流々っ! 頑張って、流々っ! すぐにお姉ちゃんが助けるから、頑張ってっ!」
『絶対に離すなっ、流々っ!!』
「〜〜〜っ!!」
しかしマザーの締め付ける力は更に強くなる。
残る蛸足は二本。
もう無理だと諦めかけたその時、流々は何かの気配を感じた。
「(だ・・・れ? おん・・・な、のひと・・・?)」
知らぬ間に、目の前に誰かが立っていた。
ハッキリとは見えたわけではない。しかし何処か女性らしい、優しい雰囲気を感じる。
女性はしゃがみ、ふわりと流々を抱き締めた後マザーに向け手を翳す。
すると、まるで何かに弾かれたかのようにマザーの触手が流々から離れた。
「──っ、く[;そっ!! く1そ.myおおf<1.my]i8Xおぉ2'7^pお1ぁ{]bB^xhLh}(.#0w?あ゙UhTUP*'いW8ゃだ\f,いゃBだ'H助けtて%助dミリぃイイイイイッッッ──」
命綱を失ったマザーは、ブラック・ホールの引力に引かれ穴の向こう側へ。
今度こそ、間違いなく、マザーはこの世界から居なくなった。
女性はそれを見届けると七階層に次元の壁を張り流々と護を保護、そしてブラック・ホールでマザーの影響下にあるもの全てを吸い取っていた。
岸壁や海水、そして何処から来たのか沢山のマーマン達。
流々とクトーはその間もずっと女性を見続けていた。
やはりハッキリと姿は見えない、分かるのは女性であるという事。そして恐らく自分達に危害を加える気は無いと言うことだけだ。
流々とクトーが女性に注目する中、護だけは景色が吸い込まれていく様子に目を向けていた。
その様子から、どうやら護には女性が見えていないことが分かる。
「だ・・・れ? 僕を知ってるの?」
「流々、誰と話をしてるの?」
女性は流々に顔を向けふわりと微笑む。
そして流々の傍に歩み寄ると、流々を抱きしめ、愛おしそうに頭を撫でる。
二度三度と優しく撫でた女性は、最後に流々の額にキスを落とした後、流々の中にいるクトーを見た。
クトーがその視線に頷き返すと、女性は満足したのかブラック・ホールと共に消えてしまった。
「消えちゃったわね、勝手に閉じたのかしら?」
『そう、かも知れぬな』
何も見えていなかった護にとっては、マザーが手を滑らせて自滅し、ブラック・ホールが勝手に閉じたようにしか見えていない。
そしてクトーもその事に関し何かを言うつもりは無いようで、護の感想にただ同意するだけだった。
ただその中で、流々は何故か涙を流していた。
「流々っ、どうしたの!? どこか痛い? アイツに何かされたの!?」
「ぐすっ、ぅうん違うの。なんだか止まらっ、ぅ゙わあああああああんっ!」
突然泣き出した流々を見て、きっと緊張の糸が切れたのだろうと護は思った。
刃を向けられ、大怪我をし、何度も死にかけた。
凄く怖かっただろうし、痛かっただろう。その気持ちが一気に押し寄せた為泣いている。護はそう思い、流々を抱き締めて「大丈夫、もう大丈夫よ」とあやし続けた。
そして流々は何故か流れる涙と、胸に感じた悲しみと温かい気持ちに戸惑い、護にしがみついて泣き続けた。
「ぅ゙ええええんっ・・・」
「大丈夫、もう大丈夫だから。よく頑張ったわね」
『・・・・・・』
ハハッ、バイバーイ!(某ねずみ風)




