62本目 増援
天井から雫が震え、落ちる。
それが神速の抜刀に触れ、霧に変わる。
その稲妻が如き切っ先が、躱した流々の睫毛に当たる。
抜刀は振り抜くこと叶わず護に握り潰される。
村正は引く、流々がその引き足を捕まえる。
流々は村正を枝の様に振り回し、後方から迫っていた村正に叩きつける。
その衝撃に地面が大きく砕け、めくれ上がる。
村正達は即座にゲル状になり、床へ吸収されていった。
驚くべき事に今流々達が目にしたもの、そのほぼ全てがマザーによって作られたマザーの体の一部である。
落ちてきた雫、切り裂いた剣、それを振るう村正、砕けた床、全てだ。
だがそれは何ら不思議なことではない。
何故なら流々達が今居るこの場所は、異世界の災害級モンスター『欲望の汚泥』ことマザーの身体によって再現されたダンジョンの階層だからだ。
詰まるところ、ここはマザーの腹の中。
逃げることなど出来るわけもなく、来た道は既に閉ざされ存在しない。
また、マザーはスライス状の身体により物理攻撃が無効。魔法攻撃にも高い耐性を持っており、一度囚われれば脱出は不可能。
その中で、流々達は戦いを続けていた。
戦いこそ流々達の優勢ではあったが、全体を見れば消耗をしているのは流々達のみ。
徐々にその均衡は崩れていた。
そして遂に限界を迎える。
◆
──ドサッ
「流々っ!」
「も・・・もぅ、ぅごけなぃ、よぉ・・・お腹すぃた」
言葉通り限界なのだろう、タコ足はピクリとも動かない。
これにより、形勢が逆転する。
「あはぁぁ♪ ホらぁ、逃げて逃げてぇ〜!」
愉悦に染まったマザーの声と共に村正達が迫る。
「ぐっ、このっ! 調子に乗りやがってっ!!」
「うぅぅ・・・お姉ちゃん、ごめんなさぃ」
流々を脇に抱えて、護は村正達の剣閃を避け続ける。
多少見える様になってきたとはいえ、流々に比べるとまだ甘く、どうしても避け切れない。
流々を抱えたままでは戦えない。しかし大切な妹を守らない選択肢は無い。
捨て置くくらいなら、潔く打ち死ぬのが護である。
そうして流々達は壁際に追い込まれていた。だが逆にこれは好都合だと護は流々を優しく壁にもたれさせる。
「後が壁なら回り込まれなくて良いわ。ほら、来なさいっ!」
しかし、これも何時迄保つか。
回復の見込みも無い中、護は何とか流々を逃がす方法を模索した。
村正を無視してマザーに特攻するべきかと考えたが、その間流々が無防備になる上、少し先に見えているアレが本体で無い可能性もあった。
そもそも攻撃手段が無かった。
流々を担いで、ひとまず食料になるものを探しながら逃げるのはどうか。
確かにこの広大な広さの何処かにそれがあるかも知れなかった。だが、あまりにも可能性が低過ぎる。
それに護は知らぬ事だがこの階層そのものがマザーである為、結局そんな物は無いのである。
護はここにきて、途中でドロップ品を放置してきた事を後悔した。
ならば体力の続く限り村正を倒し続けるのはどうだろうか。
もしかすると相手も限界に近いかも知れない。
しかし残酷なことに、マザーに限界は無かった。
時間さえあれば何度でも呼び出せるのである。
ただでさえ賢くない護の頭が、焦りと疲労で上手く回らない。
そしてそんな護を嘲笑うかのように、マザーは村正を畳み掛けた。
六体の村正が上から、下から、左右から、正面から、影から護の命を。ひいては大切な流々の命を狙っていた。
「(捌ききれないっ!? 流々っ!)」
我武者羅に突き出した拳が切っ先に触れたその時──
──熱線が走った。
「──っ!?」
「ぎゃあああああああああっっっ!?!?!?」
壁を突き破り現れた赫光は、床を裂き、村正を一瞬で蒸発させて尚勢いを落とさず、マザーを切り裂いて天井を焦がす。
護は驚いていた。この攻撃もそうだが、何よりもマザーにダメージが通ったからだ。
護は勘であったがマザーが高い魔法耐性を持っていると見抜いていた。
当然ゲル状のボディーに打撃は無意味だろう、だからこそ倦ねいていたのだが。
見間違えていたのかと、混乱している護の耳に誰かの声が届く。
『アンデッドですっ!!』
聞き覚えのある声だ。
護は声のする方、熱線が飛び出して来た方向を見た。そこに居たのは・・・。
「アンデッドですっ!! そいつの正体はアンデッドですっ、スライムじゃありません!! 私の《解析鑑定》がそう言っています!!」
「流々ーーーっ、無事なんでしょうねっ!? 怪我なんてしてたら、許さないわよっ!」
「二人ともー、だいじょうぶー? ママが来たわよぉー!」
「流々ちゃーん、大丈夫かぁー? って何やあれっ!? イケ爺がむっちゃおるっ!?」
ダンジョン前で別れた胡愛達と、はぐれた尼崎教諭であった。




