エピローグ
ナイトレイ伯爵家に、ついに帰ってくることができた。
オフホワイトのワンピースを着た私は、モリスのエスコートでゆっくり馬車から降りて行く。
「セリーナ、よく帰ってきた」
「お帰りなさい、セリーナ」
「セリーナ、待っていたよ。お帰り」
屋敷のエントランスには両親、兄が、私とモリスの帰還を待っていてくれたのだ。
「ただいま、お父様、お母様、お兄様!」
久しぶりの再会を喜び、家族で抱き合った。
その後、リビングルームのソファに腰をおろし、ジャコビー伯爵から預かった書類を両親に渡した。そこには借金の帳消しに合意する旨が記されている。さらに私とモリスの、メイドとバトラーの契約を破棄することに同意する――という書類もあった。
「セリーナとモリスのおかげで、これからまた家族四人で暮らしていける。本当にこの五年、よく頑張ってくれた。ありがとう、セリーナ、モリス」
髪はプラチナブロンドで、濃紺の瞳をした父親は、五年前に比べ、すっかり歳をとってしまったように見える。母親も同様だ。この五年間、両親は両親で借金に追われ、苦労していた。その苦労の結果が、若々しかった両親をここまで老いた姿に追いやったのかと思うと……。
ジャコビー伯爵のことが、本当に許せないと思う。
セリーナが復讐したかった気持ちを噛みしめる。
「ところでセリーナ、フォロウ王国の第二王子フレデリック様のことを知っているかい? 彼は昨年、ホワイトヘッド王国内の学校を卒業した。だが母国に戻らず、まだホワイトヘッド王国に滞在している。噂では自身の花嫁探しをこの国でしているとか。そして昨晩の王太子様の生誕舞踏会にも、参加していたそうだ」
兄のレナードが突然、ヒロインの攻略対象の一人である隣国の第二王子のことを話しだすので、私は首を傾げることになる。ただ、彼のことは知っていたので「お名前は聞いたことはありますが、お話ししたことはありません」と答えると……。
「話したことがないのは当然だろう。セリーナはあのジャコビーのところでメイドをしていたのだから。でも昨晩はアマンダの付き添いで生誕舞踏会に顔を出したのだろ?」
「はい」
「フレデリック様は、偶然見かけたセリーナに、興味をもたれたそうだ」
もう、兄の顔をまじまじと見てしまう。
これは……驚きだった。
ヒロインの四人の攻略対象の中で、私が一番美しいと思っていたのが、フレデリックだったからだ。まさか美貌の隣国の第二王子の目に留まっていたなんて!
驚きを隠すことができない。
「それで明日にでもこの屋敷に、セリーナに会うために訪問したいと、使いの者が来たんだよ」
兄の言葉に、あんぐりと口を開けてしまう。
「セリーナ、口、閉じて」
兄が私を見てクスクス笑った。
私と同じプラチナブロンドのサラサラの髪は煌めき、すらりと長身な兄は、妹の贔屓目で見てもハンサムだった。
しかし、フレデリック、なぜ私に会いに来るの……?
正直、セリーナの一度目の人生を知った時、とにかく「死にたくない。斬首刑は嫌だ」と思った。でも断罪の日まで残り三日しかなく、回避のために怒涛の勢いで動いた。その結果、断罪回避に成功。さらにモリスとも連携し、ジャコビー伯爵を追い詰めることができた。
つまり、断罪を回避し、ジャコビー伯爵に借金帳消しを認めさせ、そして家に帰る――家族に会う。そのことだけ考え、ここまで駆け抜けたわけだ。
色恋沙汰なんて一切関知せずだった。
いや、少し落ち着かないと。
いくら花嫁探しをしていると言っても、いきなり見かけただけの私に対し、プロポーズはないだろう。ちょっと興味を持ち、話して見たくなった……ということではないかしら。
そうだとしても素敵な男子に会えるのは嬉しい。
何より、今度こそすべてうまくいったのだから。
ジャコビー伯爵は、二度とナイトレイ伯爵家に対し、悪さはできない。
それにセリーナが最期の瞬間に会いたいと願っていた家族に会えた。
会えただけではなく、家族と再び暮らせるようになったのだから。
これで本当に「めでたし、めでたし」だ。
◇
セリーナと会い、会話を楽しんだフレデリック第二王子は、完全に恋に落ちた。
三ヶ月の交際期間を経て、セリーナにプロポーズし、二人は無事、婚約している。
その婚約にあたり、ナイトレイ伯爵家は、フォロウ王国からの支援を受け、船舶事業で再びの成功を収めることになった。
トレイシーは、公爵家の嫡男とすぐ恋仲になり、そのまま婚約。三ヶ月後の挙式が決まっている。
アマンダは王太子との結婚式の日取りが決まったが、義母となる王妃との関係には、不穏な気配が漂っている。生来のアマンダの気質を見抜いた王妃と、攻防の日々が続いていた。王妃はフォロウ王国の王族出身。生粋の王家の人間だ。アマンダはこの王妃からみっちり指導を受け、その性根は叩き直される。
とんでもない悪巧みをした張本人であるジャコビー伯爵は、スピードを売りにした自身の豪華客船の処女航海に乗り込み、隣国への商談に向かっている。この船は、速さを売りにしていた。よって船内の石炭倉庫で火災が起きているのに、鎮火せずに出航してしまった。
さらに沢山の氷山や海氷の存在が報告されていたが、速度を変えず、進路を変えず、船は突き進み続けている。こんな航海を続ければ――。後日、この豪華客船に関する悲劇的な事故がニュースペーパーでは報じられることになるとは、ジャコビー伯爵は知る由もない。
~ 善悪の報いは影の形に随うが如し Fin. ~
【善悪の報いは影の形に随うが如し:「旧唐書」張士衡伝から】
悪さをすれば、その報いは影のように離れず、必ず自分の身に災厄となって降りかかる。悪さをすればその報いからは、絶対に逃れることができない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
よろしければページ下部の
☆☆☆☆☆をポチっと、評価を教えてください!
新作などページ下部にイラストリンクバナーを多数設置しています。
お手数ですがスクロールいただき
バナーをタップORクリックで目次ページへ飛びます!