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~試の三~

 リリアに出会ってから3か月。


 孤児院の子供達には、約束通り仕事を斡旋。午前中に、安全な場所での清掃や炊き出しの手伝いをして貰っている。子供達が真面目に仕事をしているかを確認し、問題なければ教会宛に給金を支払う様にした。


 教会へのお手伝いも積極的にする様に言い聞かせた事で、神父様やシスターさん達の負担も減っているそうだ。


 その甲斐もあって、薬の購入費を賄えた上に毎日の食事も少しだけ豪華になったらしい。


 そして午後からは剣の稽古。普段はアルが見てくれているが、魔物の討伐遠征等が入った場合は、アルの知人だと言う先輩の聖騎士さんに頼んでいる。


 先輩聖騎士さんはアルと同様、子供相手に剣を教えているそうで快く受け入れてくれた。


「私は生臭ですから時間は有り余っております、ご用命が有れば何時でもご連絡ください!」


 と、不穏な発言と共に胸を張っていたアルの先輩に、正直少しだけ不安はあった。


 しかしアルに「変わった人ですが信頼出来る方です、変わった人ですが」と念を押されたので、任せる事にした。


 実際、私も悪い人だとは思わなかった。変わった人だったけど……。


 そんな二人の指導もあってか、たった3か月で子供達はメキメキと上達していった。


 今も14名の子供達が整列して素振りをしてるが、稽古を始めた当初よりも明らかに鋭さが増している。


 もっともアルの稽古を受けているんだ。たった3か月でも、実質1年以上の稽古を受けたくらいの経験は摘んでいるだろう。


 私とアルは共にトモエから指導を受ける立場だが、以前の私はアルからも剣の指導を受けていた。


 ハッキリ言ってアルの稽古は辛い。アル自身が回復魔法を使える事もあって、非常に濃密で無駄の無い稽古を受ける事が出来る。言い換えると、休みなく稽古漬けにされると言う事。


 本人には言えないけれど、私は今でもアルの笑顔を見ると少しだけ怖くなる時がある。


 因みに、アルがトモエから教わっている剣と、アルが子供達に教えている剣は別。


 アルと彼の先輩が幼い頃から親しんでいる、この国発生の流派だ。


 二人で指導する以上、流派は揃えた方が良いだろうと言う事。そしてトモエの剣より防御に適してるので、自衛の為には其方の方が良いだろうとの理由だった。


 そもそも、私達はトモエの剣を他人に教えられる程収めてはいない。だから、その流れは至極当然だった。だったのだが……。


「お姉ちゃん!」


 孤児院の帳簿を確認していた私に向かって、リリアが駆け寄ってくる。


「どうしたの? リリア」


「お姉ちゃん、わたしにけいこをつけて下さい!」


 そう言って深々と頭を下げた。


「稽古なら、今皆がアルお兄さんとしているでしょ?」


 私は窓の外で剣を振る子供達を指す。


「いや! わたしはお姉ちゃんにおしえてほしいの!」


 リリアは私を見上げながら瞳を輝かせた。


 そう、リリアは私の……と言うよりも、トモエの剣を学びたがっている。


 切っ掛けは見取り稽古として、私とアルが子供達の前で試合をした時。試合はアルの一本勝ちで終わったのだが、リリアは私の剣術に惹かれたらしく、あれから何度も私に指導して欲しいと頼みに来ている。


 そんな所まで私に似ているんだな……と、私は初めてトモエの剣を体感した瞬間を思い出した。


 正直リリアの事は可愛いと思う。触れ合う内に、彼女は他人を思いやれる優しい子だと知ったし、長らく孤独を感じていた私にとって「お姉ちゃん」と言って慕ってくれるリリアは本当に愛おしい。初対面で襲われた事を忘れてしまうくらいに。


 だから出来るだけ望みがあれば聞いてあげたいとも思ってしまう。


 しかしそれは出来ない。私自身、他人に教えられる程ではないし、トモエに相談した時も……。


(まだダメだ)


 と、言われてしまった。「まだ」の意味は聞かなかったけれど、トモエは剣に関しては極めて真面目だ。相応の理由があるのだろうと私は納得した。


 リリアにも何度となく説明をしているのだが、どうも納得が行っていない様子だ。事ある毎に私に所にやってくる。


「リリア、何度も言ってるでしょう。アルお兄さんに教えて貰いなさい」


「むぅ~……」


 リリアが口を尖らせる。


「大丈夫、アルお兄さんに教われば強くなれるから」


「わたしは、お姉ちゃんみたいになりたいの!」


 そう言ってむくれるリリアに少し前の自分が重なった。


(オリヴィアみたいな事を言うなぁ)


 トモエも同意見らしい。確かに私も同じ様な事をトモエに言った覚えがある。


(でも、そろそろ戻した方が良いと思うぞ……)


 トモエが意味ありげに呟いた瞬間、ゾクリと悪寒が走る。


 恐る恐る視線を上げて行くと、そこには笑顔のアルが居た。


「……リリア、今は稽古中ですよ?」


 リリアの表情が絶望に染まり、冷や汗が噴出した。


「言いましたよね? 私達の言う事は必ず聞いて下さいと」


「……っ!」


 小動物を思わせる俊敏な動きで、アルの脇を抜けようとするリリア。しかし、アルの手が逃げようとするリリアの奥襟を鷲掴む。小柄なリリアは、そのまま軽々と持ち上げられてしまった。


「はーなーせー!」


 ジタバタと暴れるリリアに、アルは変わらぬ笑顔を向ける。


「勿論はなしますよ、リリアにはサボった分の素振りをして貰わないといけませんから」


 アルは後ろに控えていた年長の男の子に、持ち上げたままのリリアを手渡した。


「マルク、リリアに素振り300回をさせて下さい。決して逃がさない様に」


「はい、アル先生!」


 年長の男子マルクは、リリアを小脇に抱えたまま庭へと戻って行った。リリアの叫び声が徐々に遠ざかって行く。


「お疲れ様、アル。何時もありがとうございます」


「全てはオリヴィア様の望むままに」


 アルに隣の席に座るよう促し、並んで腰かけると窓から子供達の稽古風景を眺める。


「稽古の調子はどうですか?」


「まだ3ヵ月ですが明らかに素質を感じさせる者は何人か居ます。真面目に続ければ、剣一本で職に就く事も可能となるでしょう。ただ……」


 アルが広場の中央に視線を移す。そこには、他の子供達に見張られながら素振りをするリリアが居た。


「一番才気を感じる者が、一番……いえ、唯一手に負えないジャジャ馬と言うのが何とも……」


 そう言って頭を抱えたアルに、私は苦笑いするしかなかった。


(確かに才能はあるよな、リリアのヤツ)


 トモエも認めるリリアの才能、特に身体の使い方が抜群なのだと言う。


 リリアは剣の動きから自分の体をどう動かせば無駄なく最大の威力を出せるのか、それを本能で察して体現出来る。それはトモエですら不可能な、特殊能力に近い物だと言う。


(センスだけならアルフィルクと同レベルかもな)


 贔屓目無しで、アルの才能は国でもトップクラスだと思う。そのアルと同等とは、トモエとしては最高クラスの評価だろう。


(だからこそ、ちゃんと指導しないとな)


「そうですね……」


 子供達が剣を教える事に対する不安と責任。それは当然、アルだけに押し付けたつもりはない。まだまだ未熟な私だけど、発案者として、そして先達としての役目は全うしなければならない。


「私も頑張らないと……」


 そう意気込んでいると、体がむず痒くなってくる。


 よく考えれば、今日は早朝稽古以外に剣を振っていない。


「折角なので、私も少し素振りを……」


 そう言って腰を浮かした私を……。


(ダメだ)

「なりません」


 トモエとアルが同時に止める。


(今またリリアの前で素振りなんかしてみろ、ますます教えてくれってうるさくなるぞ)


「トモエさんも同じ事を仰っていると思いますが、今リリアの前でオリヴィア様の剣を見せるのはお勧め出来ません」


「……はい」


 大人しく椅子に座りなおす。


 二人の言う事はごもっともだ。折角、大人しく(?)素振りをしているリリアを刺激しかねない。


「それよりもオリヴィア様、孤児院の経営に関しては如何でしたか? お手伝いできる事がございましたら……」


「確認は終わっています、今の所は順調ですね」


「それでしたら……」


「はい、近々王に相談してみるつもりです」


 子供達が働き出して3ヵ月、孤児院の経営面に問題はない。しかし、このまま同じ状態を続けると別の問題が起きる恐れがある。


 傍から見ても明らかに孤児院、そして教会の様子が変わってくるからだ。


 簡潔に言えば、いずれ孤児院が「お金を持っている」事を周囲に知られる可能性が高い。そうなれば、当然の様に子供達を危険に晒す事になるだろう。


 今は改革が進んでいるが、それでもこの場所はスラムと呼ばれたエリアだ。危険は常に隣にある。


 かと言って、人手不足の状態で孤児院に兵士を常駐させる事も難しい。


 そこで考えたのは、孤児院での実績作り。


 今クトゥアで働いている人間の大半は、国からの委託を受けた業者が他地区から人員を募り、集められた人達。元々の住民は、未だ犯罪に手を染めているか、物乞いで日銭を稼ぐ者が殆どだった。


 理由は地区内ではまともな職に就く事が出来ないから。その裏には、雇う側の住民への不信感がある。誰も進んで元スラムの住民を雇用したくないのだ。


 そこで子供達の就労記録を実績として王に報告。その実績を元に、国から住民を対象にした復興作業員の募集をして貰う。可能なら治安維持の為の人員も募る。


 それを更なる実績として、少しずつ民間企業への偏見を取り除いて行く。


 時間は掛かると思うけれど、住民の所得が安定すれば治安の向上にも繋がるし、地区内でお金が回る様になれば経済成長も期待出来る。


 地区全体が潤えば、孤児院が危険に晒される可能性も減る事だろう。


 勿論、これで全てが解決する程簡単な話ではない。思い通りに行く保証もない。他地区との兼ね合いだってある。それでも子供達の為になるのなら、するべきだと思った。


「後は住民リストの作成状況の確認と、就労希望者の聞き取り……後は……」


 アルと今後の方針を離していると、とつぜん服の裾を引っ張られる。振り返れば、そばかす顔の女の子が笑顔で私を見上げていた。


「イリス、休んでなくて良いの?」


 イリスは、リリアよりも小さな女の子。病弱で寝込む事も多いが、定期的な投薬により病状は安定してきている。リリア達が働き始める切っ掛けになった子でもある。


「お姉ちゃん、いっしょにゴハンたべよ!」


「え……っと、ご飯かぁ……」


 私はアルと視線を交わす。今日は夕刻までにお城へ帰還する予定なのだけれど……。


 アルは少しだけ考える素振りを見せた後、笑顔で頷いた。


「……じゃあ、ご馳走になろうかな」


「やったー!」


 イリスが万歳しながら走り出す。


「イ、イリス! 興奮するとまた熱が出ちゃうよ!」


 私は慌ててイリスを追いかけた。


 孤児院に来る度に、私は子供達に振り回されている。でも、不思議と嫌な気持ちにならない。


 それどころか、とても心地良かった。

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