~試の二~
教会の裏手に広がる広場。そこで待っていたのは、リリアと同じ年頃の子供達。
皆が皆、手に子供用の木剣を持っている。
総勢13人の子供達は、各々に素振りをしたり互いにフォームのチェック等をしていた。
「みんな、お姉ちゃんたちがきたよ!」
リリアの声に子供達が私とアルの存在に気が付く。すると子供達は奇麗に横並びで整列した。
「アル先生、こんにちは! リヴィお姉さん、こんにちは!」
そして、これまた奇麗に揃って挨拶をする。リヴィとは私が巡回中に使っている偽名だ。
「こんにちは」
私とアルも姿勢を正して挨拶を返した。アル曰く、こうして正しい挨拶を見せる事も、子供達にとっては大事なのだと言う。
なぜこんな状況になったのか、それは私がクトゥアの巡回を始めた3か月程前の事だった。
初めての巡回で地区内を周っている時、私はリリアに襲われたのだ。私の小奇麗な格好を見て、金目の物を奪えると思ったかららしい。
物陰から短剣を振りかざして襲い掛かって来たリリア。私は彼女に対し、思わず迎撃をしてしまった。
迎撃と言っても剣で斬った訳では無い。リリアの短剣をかわすと同時に、肩で体当たりをしただけだ。
ちょうど稽古で相手の体勢を崩す技を繰り返し練習していた時期だった為、考える間もなく自然に体が動いていた。
軽々と飛ばされたリリアは、そのまま建造物の壁に叩きつけられてしまう。
トモエが念動力で彼女を守ってくれなかったら、怪我だけでは済まなかったかもしれない。
アルの回復魔法で傷を癒し、目を覚ましたリリアに対し私は謝罪した。
初めての巡回で緊張していたとは言え、落ち着いて対処すれば彼女を傷付けずに済ませられた筈だ。
自分の剣に責任を持て、とはトモエに言われ続けていた事だ(その時は剣を抜いていないけれど)。
私が頭を下げると、リリアは暫く呆けた後で突然泣き出した。
おろおろと戸惑う私に、「落ち着くまで待ちましょう」とアルが助言してくれる。
アルは聖騎士だった頃、年下の子供相手に剣を教えていた経験が有り、子供の扱いには慣れているようだ。
やがて話せるようになったリリアから、孤児院で暮らしている事を聞きだす。継ぎ接ぎだらけのワンピースを見て何となく想像出来ていた私達は、彼女が落ち着いてから孤児院へ送り届けた。
そして教会から駆け付けた神父様から、彼女達の話を聞くことになる。
多くの子が自らの出自を知らない事。名前すら無かった事。窃盗や強奪、物乞い等を繰り返して生き延びてきた事。
更に改革が行われるまで孤児院への補助金も充分ではなく、教会側も彼女達全員を受け入れる余裕が無かった事等。
リリアが見た目の割にたどたどしい口調だった理由も、何となく理解できた。彼女は私が当たり前の様に受けていた、いや一般市民が受けられる教育すら知らずに生きてきたのだ。
神父様が己の力不足だったと悔やむ中、私は自らの身分を明かして謝罪した。国の管理不足だったと。
神父様はかなり驚いていたが、事の経緯を説明すると納得し、謝罪を受け入れてくれた。
そして教会の運営状況や要望等を話し合った。彼女達が二度と法を犯す事が無い様にどうすれば良いかを。
神父様からも「あの子には良く言い聞かせます」と言われ、一度話を持ち帰る為に教会を立ち去ろうとした。
しかし、そんな私達の前にリリアが立ち塞がる。
10名以上の孤児達を引き連れたリリアは、射る様な眼差しで私とアルを見上げていた。
思わず剣の柄に手を伸ばしそうになるが、トモエの念動力がそれを止める。
(大丈夫だ)
トモエにそう言われ、私はしゃがんでリリアと目線を合わせた。
「何かご用ですか?」
務めて優しく言ったつもりだが、リリアは強張った表情を崩さない。
暫しの沈黙。やがて、リリアが意を決したように口を開いた。
「わたしたちに、たたかい方をおしえてくれ!」
真剣な眼差しのリリアに、私は言葉を無くして固まった。
つい先程、襲い掛かったばかりの相手に戦い方を教えて欲しい?
私が返答出来ずにいると、リリア達の表情が更に強張っている。
いや、強張っていると言うよりは引きつっている様に見えた。
「リリア、頼み事をする前にすべき事があるのではないですか?」
振り返ると、神父様が微笑みながら青筋を立てていた。
「し、しんぷさまにはかんけーない!」
「……リリア?」
リリアの体がビクッと跳ねる。何だか姉を前にした自分を思い出してしまう……。
神父様に笑顔で睨まれたリリアは、複雑な表情をしながら小さく頭を下げた。
「ごめんなさい……」
泣きそうになってるリリアを見て、またしても親近感を感じてしまう。
「私こそ怪我をさせてしまって、申し訳ございませんでした」
私が頭を下げると、徐々に子供達が騒めき出した。「ほんとだ……」とか「信じられない……」とか。
顔を上げると、リリアは得意満面で腕組みをしている。
(何なんだコレ?)
「……さあ?」
私達が戸惑っている間に、神父様が改めてリリアに話を聞いてくれた。
曰く、地区全体の治安は良くなってきているが、それでも全てを取り締まれる訳では無い。
子供達の中には幼子も居る。以前、酔っ払いに怪我をさせられた子もいたらしい。
神父様をはじめ教会や孤児院の方々としても、常に子供達を見ていられる訳じゃない。
だから強くなって皆を……家族を守りたいのだと、リリアは力強く言い切った。
そんな時に起こったのが私への暴行未遂事件。死角からの攻撃をかわし、尚且つ反撃してきた私は間違いなく自分よりも強い。だから、私から戦い方を教わろうと考えたそうだ。
(なるほどねぇ……)
トモエが、うんうんと唸る。
私もリリアの想いは分かる。王家の人間として、彼女達の境遇に対して申し訳なくもある。しかし……。
「無理ですね」
そう切り捨てたのは、アルだった。
「我々は職務中です、他人を指導する余裕はありません。そもそも今の私達は人にモノを教える立場にはありませんし、それにアナタはオリヴィ……彼女を襲った。つまり罪無き者に対して暴力を振りかざした。そんな人間に戦い方など教えられません」
アルが僅かに語気を強めると、子供達が一斉に怯えた表情を見せる。
アルの言う事はもっともだ。
私達が彼女に戦う術を教え、それが無辜の民に向けられたとしたら? その責任を私達がおえるのか?
現実的に考えて、彼女の要望に応える事は不可能だ。
でも、私はアルの様に突き放す事が出来ない。アルが正しい事は分かっているのに、ハッキリと拒絶出来ない。
何故だろう……その時ふと、とある男性の顔が思い浮かんだ。
彼は隣国エルバドスの第2王子ザヴァル。彼は私のお母さんを尊敬し、剣聖を名乗っていた。その彼は、お母さんの生き様に感銘を受け、孤児に稽古をつけ戦士として鍛えていたのだ。
直属の部隊として雇用する為に……。
(何を考えているか当ててやろうか?)
「え? な、何の事ですか?」
(ザヴァルの部隊を思い出したんだろ?)
トモエの指摘に戸惑う。そんなに分かりやすかっただろうか……。
「トモエ……私は……」
(自分で考えろ、アタシも出来る事が有れば手伝ってやる)
何か決断しなければならない時、トモエはその選択を私に委ねる事が殆どだ。その上で、彼女は私を全力でサポートしてくれる。そうだ、決めるのは私だ。
私はもう一度リリアを正面から見つめる。
「一つだけ、聞かせてくれる?」
リリアがコクリと頷く。
「なぜ、私に戦い方を習おうと思ったの? 正直、私より強そうな人は一杯いると思うけど」
リリアは少しだけ目を伏せてから、改めて私の眼を見つめ返した。
「あやまってくれたから」
「謝る?」
「ふつうの大人は、わたしたちになんかぜったいにあやまらない。アッチがわるくても、ぜったいにわたしたちのせいだっていう……」
リリアの瞳に涙が溢れ出す。後ろの子供達からも、泣き声や鼻をすする音が聞こえてきた。
今まで何が有ったのか、何となく想像が出来てしまう。
「わたしのせいなのに、お姉ちゃんはあやまってくれた……この人なら、あんしんしてたのめるっておもった……」
「私を襲ったのも、何か訳があるの?」
「イリスのクスリが……なくなったから……」
聞けば同じ孤児の中に持病を持つ子がいて、定期的な投薬が必要なのだとか。しかし薬は高価で適切な分を購入出来ず、私から金品を奪って薬代にするつもりだったらしい。
病気の子供が居るとの話は神父様からも聞いていたが、そこまで切羽詰まっていたとは思わなかった。
「私が不甲斐ないばかりに、申し訳ございません」
神父様が再び頭を下げる。
「怪我や体力は回復魔法で癒せますが、病気となると神聖魔法が必要ですからね……」
アルの言う神聖魔法は世界でも数人しか使用できない。王家の人間ですら中々お目に掛かれない希少な魔法だ。
王女の私でも病で死ぬ間際になってやっと受ける事ができた治療法。それを孤児にとなれば、ほぼ間違いなく不可能と言って良い。
子供達も知ってるのだろう。皆が瞳を潤ませ、悲しんでいる。
そうか……この子達は友達の為に、家族の為に泣けるんだな。その事が、私にとってはとても大きかった。
「それなら私と約束して。これからは自分や仲間を守ること以外で他人を襲ったりしない、物を盗ったりしないって。そうしたら、私がお薬を買えるようにお城の人に頼んでみる」
「おかねもらえるの?」
「うん。でも、ずっとお金を貰うのは難しいかもしれない……だから、お仕事をしてみない?」
「しごと?」
「そう、今この地区を住みやすくしようって皆が頑張ってるの。そのお手伝いをすれば、少しでもお金が貰える様に頼んでみる」
子供達がザワザワし始めた。正直に言えば、それだって一筋縄では行かないと思う。それでも、ただ高額な寄付金を捻出するよりは可能性があるはずだ。
「私がお仕事を持ってきたら、約束を守ってくれる?」
「ま、まもるよ! ぜったいに!」
リリアを含め、子供達が何度も頷く。その姿を見て、この子達なら大丈夫だと確信を持った。
「ちゃんと仕事が出来たら、毎日とは行かないけど剣も教えられるかも知れない」
「ほんと!」
「うん、でも教えるのは……」
そう言って振り返ると、アルが眉間にシワを寄せていた。アルは子供相手に剣術の指導していた経験もあるし、適任かと思ったのだけれど……。
「途中から、そう仰られるんじゃないかと思っていましたよ……」
アルはそう言いながら大きなため息をついた。
「アル、ごめんなさい……」
「いえ、それがオリ……リヴィさんの望みであれば、私は全霊を持って応えるだけです」
アルは苦笑いを浮かべた後、恭しく一礼した。そして子供達に向き直る。
「私利私欲を満たす為に剣を使わない事、交代しながらでも毎日仕事をする事、教会の手伝いもする事、彼女や私、そして神父様達の言う事を聞き、約束は絶対に守る事、一つでも破ったら二度と剣は教え無いし仕事の斡旋もしません。それでも良いですか?」
アルの言葉に子供達全員が激しく首を縦に振る。
「それともう一つ、常に感謝の気持ちを持つ事。まずはアナタ達のお願いを聞いてくれた、こちらのお姉さんにお礼を言ってみましょう」
アルはそう言って私を見る。
「えぇ! 私!?」
慌てる私に子供達の視線が集中する。そして一斉に頭を下げられた。
「「「ありがとうございました!」」」
「え!? いや……こ、こちらこそ!」
っと、意味不明な返事をしながら私も頭を下げる。
こうして私達は、巡回の度に孤児達に会いに行く様になった。
これもまた自己満足だと思う。そして、その自己満足に全力を尽くす事を、私はお母さんに誓った。




