15 特別授業
愛娘の学園生活は、いまの所は順調です。例の夜会以降、何かと落ち着かない状態が続いてはいたけど、ちょっと前に二人の結婚式を挙げたことでそれも収まりつつあるかな。ウチの子たちを狙ってた連中も大半は諦めてくれたようなので、結果良しだ。……諦めてないのもいるけどな。まあ、そこは想定内なので特に問題はない。あいつらがしつこいのはわかってたし。
で、今日は俺も学園に来ていますよ。魔術オタクの講師共への講義です。
正直、俺が教えられることなんて、そうないと思ってたんだよ。だから、数回で飽きるだろうなと高を括ってたんだけどね。どうも俺の付与魔法ってかなり特殊な部類に入るようで、実際に目の前でやって見せたらあのオタク共の研究心に火をつけてしまったらしい。講義の回数増やしてくれとか言われる始末だ。
勘弁してくれよ。ただでさえ、騎士科に教えに来てる元後輩どもからも指導してくれとか言われてんのに。
「ルシアン先輩! 是非とも我々にも指導を! お願いします!」
今日も来た途端にこれだ。
今日はちと時間あったんで早めに来たのが失敗だったか。いやだって、レティがお弁当持って行くからお昼一緒に食べれるかなんて聞いてくるから、早めに行って諸々終わらせようと思っただけなんだけど。
それにしてもお前ら、いくら何でも校門で待ち構えてんなよ。つーか、授業中じゃねーのかよ、生徒はどうしたんだ。
「本日、多対一の模擬戦を見せる予定なのですが、是非先輩も!」
「最強と名高いルシアン先輩の実力を自分の目で見ることも、彼らにはいい刺激になります!」
「我々も久しぶりに叩きのめされたいので、是非!」
「「お願いします!!」」
満面の笑顔で何言ってんだよ!
え、なに? 俺の後輩ってドM集団なの? こんな変態しかいないの?
こっちがドン引きしているっつーのに、コイツラものっ凄い良い笑顔で俺を捕獲しやがった。
まあ、仕方ないから少し付き合ってやるかと諦めてついていけば、そこには騎士科の生徒がずらりと……ちょっと待て。これ、全学年いねーか? しかも校舎のあちこちから生徒や教師が顔を出しているはキノセイ? 他の科の生徒も集まってないか、これ?
「……おい」
さすがにこれはどうなんだと俺の前に立つ後輩の頭を掴む。
「痛いです!」
「痛いじゃねーよ、説明しやがれ」
「理事長には許可を頂いていますし、なによりレティシア嬢が協力してくれたので」
「は?」
意外な名前に、一瞬そんなバカなと一蹴しようとして今朝の事を思い出した。
言われてみれば、今日に限ってお昼の事を言われたなと。
あれ。ハメられた?
ぎろりと睨むも、すました笑顔で揃って頷きやがったよ、コノヤロウ……!
ただまあ、すでにこの状況で拒絶するほど俺も鬼じゃない。あんな期待に満ちた目で見られたら、ねぇ。どこかでレティも見ているだろうし。
「……服、汚したくないんだが」
「なにを。先輩なら汚れる前に終わるでしょう」
しれっと言ってくるが……いいんだな? マジで叩きのめしても文句言わないんだな?
だったら、相手してやろうじゃないか。
久しぶりの高揚感。
俺を中心に、囲むのは五人。
全神経を研ぎ澄ませて相手の一挙手一投足を監視する。
現役を退いて久しいとはいえ、今でも鍛練は欠かしていない。たまに来る規格外娘どもとも手合わせをしているので、そう感覚は鈍っていないはずだ。
開始の合図が、どこか遠くで聞こえる。
間髪入れずに掛かってきた最初の二人、一人を剣で受けたと見せかけてもう一人の方へ突っ込ませるように受け流し、二人が怯んだところでまとめて剣を弾き飛ばす。……勢いあまって転んでるけど、知らん。
残り三人。
どんな手で来るかと見ていると、先に一人。
正面から来たところで、左右に分かれた二人が同時に掛かって来た。
まず、正面の一人の剣を受け、右からの奴めがけて弾き飛ばす。剣に気を取られている隙に、左からの奴を沈めて、これで一対一。
さすがにここまであっさりやられるとは思わなかったのだろう、残った一人が驚愕に目を見開いていたけど、それも一瞬だった。
にやりと笑う。いいね、そう来なくては。
近衛時代、俺の直下だったコイツは、俺が鍛えた。辞める時に俺の後釜の一人にしたので、それなりに出世している。本来、騎士科の指導に来るのは入隊五年目くらいの中堅になろうかって連中が来るはず。間違っても、コイツラのように小隊長や団長補佐を務めてるような奴は来ないはずなんだが……わざわざこんなとこに来るとは、暇人どもめ。
さて。コイツは少しは遊べるかな。
少しは楽しませてくれよ。
最後の一人も、さして時間もかからずに終了。ただまあ、俺が個別指導して鍛えてあったからやっぱ強いよね。俺には勝てないってだけで。
その後は、さすがにこれだけじゃアレなんで、後輩たちを一人五分と決めて個別指導をすることに。
周囲の歓声とどよめきがまだ収まっておらずに、騎士科の生徒たちに完全に囲まれている状態ではあるんだが、俺にのされた連中はみんないい笑顔。……ホントにドMなんじゃないだろーか、コイツラ。
「やはり王国最強は健在ですね!」
「我々も、もっと精進します!」
「今後ともご指導のほどを!」
「「よろしくお願いします!!」」
……笑顔で声揃えんな。俺は退役済みだっつーの。
ジト目で見るも、全員いい笑顔。なんか腹立つな。
その後は、後輩たちは生徒の指導に戻り、俺は目的を果たすべく間借りしている部屋へ移動。生徒たちにもと言われたんだが、さすがにそんな時間はない。ただまあ、今度時間が空いた時にとなぜか約束させられて、腑に落ちないながらも準備を進めているといつのまにやら昼休憩の時間。
「もうこんな時間か」
取り敢えず休憩するかと机を片付けていると、控えめなノック。
答えれば、入ってきたのはウチの子供達。
「お父さま!」
満面の笑顔で飛びついて来た娘を抱き留めると。
「すごいわ、お兄さまたちを一度に相手して勝ってしまうなんて! やっぱりお父さま素敵!」
ウチの娘、俺の後輩たちの事は昔からお兄さまと呼んでいる。俺の近衛時代、まだ全員独身だったんでおじさんと呼ばせるのはさすがに可愛そうかなと思ってお兄さんと呼びなさいと教えた結果だ。おかげで全員、レティに激甘の兄バカと化している。
「ありがとう。でもね、今日の事は教えてほしかったな」
頭をなでなでしながら言うと、ちょっとシュンとしてしまった。
あ、別に怒ってないからね!?
「ごめんなさい。でも、一度でいいからお父さまが戦っているところを見てみたかったの」
そんな事を可愛らしく言われて、内心悶絶だよ。
どうやらレティ、奥さんやシルヴァンから俺の戦ってる姿は普段の俺とは違うと聞いて興味津々だったようだ。そんなの言ってくれれば騎士団の訓練にでも乱入して見せてあげたのに。
しょんぼりしているレティに、気にしなくていいよと頭を撫でる。
で、昼ごはんとなったわけだが。
なんでここに後輩どもまで来ているのか。邪魔だぞお前ら。いや、昼飯持ってきてくれたのは感謝するけど。
「邪険にしないでくださいよ。お嬢さんが声をかけてくれたんです」
「先程グランジェ家の使いから受け取ってきました」
「奥さまが用意してくださったそうで、ありがとうございます」
「「ご相伴に預かります!」」
コイツラ……!
マジで何なんだよ、邪魔ばっかしくさって!
しかし、来てしまったものは仕方ないし、こんなに大量の料理、三人で食いきれるわけがない。つーか、奥さんも噛んでるんじゃ拒否できるわけがない。俺が奥さんに弱いの知っててやってるよな、絶対。
と言うわけで後輩たちを交えての昼飯タイムとなったわけだが……たまにはこういうのも楽しいかな。レティもシルヴァンも楽しそうに話してるし。
「お父さま、本当にお強いのね。鍛錬している姿は見慣れているけれど、今日のような試合は初めて見ました」
「強いなんてものではありませんよ。グランジェ伯爵と言えば未だに最強と名高い騎士ですから」
もう騎士じゃねーよ。
「私も近衛時代の父上に憧れて剣を習い始めましたので」
「いいよなぁ、シルヴァンは。先輩に指導してもらってんだろ?」
「はい」
「うらやましー! たまには変わってくれ!」
「先に父上の許可を得てください」
うん、許可しないけどな。
「私、お父さまの近衛騎士のお姿が大好きでしたの。お友達にもよく羨ましがられたんですのよ」
「ああ、モテてましたからね、先輩。奥様一筋だったので誰も相手にしていなかったですけど」
「それは当然ですわ。お父さま、お母さまの事が大好きですもの」
「うんうん、未だに新婚みたいですよねぇ」
そこ、しみじみと恥ずかしいこと言わないでくれないかな。いや、奥さん大好きなのは事実だけれどっ。
「どうすれば父上の域に達することが出来るのでしょうね。鍛錬はそれなりに続けているのですが、とても追いつける気がしません」
「いやいやいや、先輩は規格外だから。あれ、人間じゃねー……いてっ!」
聞き捨てならないことを言いやがった後輩の頭を叩く。
「なにするんですか、先輩」
何するじゃねーよ、人外認定しやがって。
「先輩、今でもそれだけの腕をお持ちなんですから、そろそろ復帰してくださいよ」
「そうですよ! じゃなかったら、指導係として来てください」
やなこった。
「ああ、父上の騎士姿がまた見れるのは私も嬉しいですね。ただ、今抱えている業務を何とかしないと無理です。いまでも十分に忙しすぎるくらいで、少々心配なのです」
「そうよね。お父さま、このところ忙しくし過ぎだわ。お体が心配」
ああ、子供たちが優しいっ。
「大丈夫ですよ、ルシアン先輩だし」
「そうそう、我々現役騎士が束になっても勝てないようなお人です、体力も人一倍ですよ」
「それに、仕事を割り振るのが上手な人ですから」
「「先輩なら大丈夫です!」」
「お前らなぁ!」
いい加減にしろマジで。
一番近くにいた一人の頭を抱え込んでこめかみの辺りをグリグリしていたら、レティがコロコロ笑ってるよ。うん、可愛いんだけどね。何がそんなに面白かったのかな?
「だってお父さま、いつもは立派な紳士でいらっしゃるもの。でも、お兄さまたちと一緒にいる時は少し砕けた感じになるので、その姿も素敵だなって思ったの」
そう言って、にっこり。
ああもう、ウチの子が可愛いっ。
なんだこれ天使だろ。なんでこんなに可愛いんだっ。
「レティの前ではあまり砕けた感じにはならないからね、父上は」
「あら。シルヴァンの前では違うの?」
「たまにね」
うん、そうだね。砕けるどころかたまに乱心するからね、俺。唐突に余計なことを思い出すタイミングって、だいたいシルヴァンいるからさ。
おかげで素の俺がバレて、最初は驚かれたけど。なんかね、印象が全然違うらしいよ。まあ、お貴族様の仮面付けている時はそう見えるように振舞っているから、印象ちがうのは当然。つーか、記憶戻ってからお貴族様仕様はちょっと疲れるようになってしまったので、ごく親しい人の前では素のままでいる事も多いかな。お貴族様仕様は、ちょくちょく休憩入れないとやってらんないってのもある。……父親としての威厳は保ちたかったから、子供たちには隠してたんだけどね。シルヴァンにはバレたけど。
「ん~? ルシアン先輩、近衛だと常にこんな感じですよ。というかですね、前の夜会の時の受け答えで団長すっかりその気ですからね。曖昧な返事をしていると強引に決められますよ」
「本人の同意なく話進めんなっつーの」
「そう言うなら、期限決めてください。団長がその気になったら聞き入れないの、先輩が一番よくわかってるでしょう」
「止めろよ」
「無理を言わないでくださいよ」
いや、お前らが止めたところで止まらないだろうこはわかってるけどさ! あー、でも確かにコイツの言う通りで、あれで団長、俺が復帰する気がないわけじゃないってのは気づいてるもんな。諦めないよな、そうなると。
「お父さま、やっぱり復帰なさるの?」
ふと声が。
何やらレティがキラキラした目で俺を見てるんだが……いや、あのねレティ。復帰するにしてもすぐは無理だからね? お父さんは君が学園を卒業するまではそんな余裕はないんだよ?
「落ち着きなさい、レティ。まだ当面は無理だよ。少なくともレティが卒業するまではね」
苦笑交じりにシルヴァンが止める。
「それはわかってるわ。でも、お父さまの近衛騎士のお姿、見たいんだもの」
こらこら、そんなぷくっと膨れないの。なんですかその可愛い顔は。
「うん、それは私も同意するけれどね」
「だったら、シルヴァンも近衛に来ればいいだろ。年末から登用試験期間が始まるから受けてみれば?」
おい、何どさくさに紛れて息子スカウトしてんだ。
「お誘いは有難いのですが、来年度はまだ学園にいる予定ですので」
「ああ、臨時講師ってやつか」
「はい」
あれ、近衛の連中にもシルヴァンの学園務めは広まってんのか。別に隠してるわけじゃないけど、まだそんなに知ってる人間、多くはないはずなんだが。
「あ、ちなみに団長からの情報です」
「なんであの人が知ってるんだよ」
「いやぁ? 何が何でもシルヴァンを近衛に引っ張りたいようですから。色々と情報を集めていたんじゃないかと思いますよ」
「だから先に本人の同意を取れっつってんだよ。なんで暴走させてんだよ止めろよマジで」
「無理ですって。団長が暴走した時に止めたのって、先輩くらいですよ」
「そうですよ。あの団長が暴走して、我々で止められるわけがないじゃないですか」
諦めないで止めろよ根性で。
「そもそもですね、先輩が多方面で優秀すぎる団長補佐だったので、後任の我々はそれはそれは苦労しているのですよ。先輩が抜けた穴、三人がかりでやってるんですからね?」
「いや、そこはもうちょっと頑張れよ」
「無理を言わないでください。先輩、何度も言ってますけど、我々と基本スペックが違いすぎるんですから無理なんですよ。どう考えても」
「…………」
こうもきっぱり否定されると、何も言えない。
転生者特典なのか知らんが、コイツが言う通りで俺は元から基本スペックがかなり高かった。そこに前世の記憶を取り戻してさらに押し上げられたというか。なんでまあ、俺の代わりなんぞそう簡単に見つからないってのはわかってんだよ。
その後もワイワイ過ごして、子供たちはそれぞれの教室へ戻り。
俺は、そのまま後輩ひとりと対峙している。残りは午後の指導に戻っていったよ。
「で? 学園にまで来て俺に接触した理由は?」
さっさと本題に入れと促すと、後輩が頷いた。
「実は後宮が少々厄介なことになっていまして」
その言葉に、思わず反応する。
後宮は、王族のプライベートスペース。いわば家だ。そこで問題が発生しているという事は、要するに王族の方々に問題が発生しているという事。
「……陛下に何かあったのか?」
近衛騎士を辞したとはいえ、忠誠を誓った方だ。人としても尊敬出来る方だし何かあれば力になりたいと考えている。
「いえ。現状は王妃殿下を中心に、と言えばいいでしょうか」
「今度は何をやらかしたんだ」
俺がそう突っ込みたくなるのは仕方ないんだよ! だって近衛時代、本当にどれっだけあのバカ女の尻ぬぐいしてきたと思ってんだ!
あ、思い出しただけでもイラっと来た。
「王妃殿下がレティシア嬢を側に置きたがっているのは先輩が一番よくご理解されているかと思います」
「ああ、嫌という程な」
本当に、なんであそこまでレティに執着するんだか、あの女。
「あの性格です、使用人は務めているだけで殿下を慕っている者は皆無でした。……これまでは」
含みのある言い方に、俺は眉を顰める。
「今は違うというのか」
「それが……どういったらいいか。こう、不自然なほどに殿下に対して絶対服従な者が数名、現れました」
「何かきっかけでも?」
「いえ。それとなく探りを入れてはいるのですが、これと言って。だからこそ、陛下も注視されています。忠実な配下を持った王妃殿下がどう動くのかを」
つまりは、これまで立場上従っていただけの者達が殿下の意のまま、手足となって動く可能性が出てきたという事だ。
「面倒な」
思わず舌打ちしてしまう。
本当に忌々しい。一応仮にも王妃という立場におられる方だから、これまではそれなりに敬意を払って接してきたつもりだ。だが、これ以上俺の家族に干渉しようとするのであれば容赦しない。あんな無能な王妃一人を排除するくらい、訳はないのだから。
「……ダメですよ、先輩。先輩が手を出しては」
「わかってる」
こちらの考えを見透かされていたらしい。釘を刺されてしまった。
まあ、今はまだ行動に移すつもりはないさ。
今は、ね。