14 結婚式
本日、結婚式です。
ウチの可愛い子供たちの結婚式です。
ああなんかもう、嬉しいんだけどなんか寂しい……っ。いや、何が変わるわけじゃないんだけどね? 屋敷を出て行くわけでもないし、基本的には何も変わらない。ただ、気分的な問題なのですよっ。あんなに可愛かったウチの子たちがって。
「旦那さま、落ち着いてくださいな」
苦笑交じりのエレーヌが、自分の隣をポンポン叩いている。座れってか。
準備も一通り終わって呼ばれるまでは手持ちぶたさな俺、先程から部屋の中を散歩中です。だって落ち着かないんだよこの後レティの隣歩くんだぞ俺! シルヴァンのとこまで連れて行くんだぞ!
「旦那さま」
あ、ごめんなさい座ります。
あぶねぇ、ちょっとエレーヌの声が怖かった。
「もう、少しは落ち着いてくださいな」
「わかっているんだけどね。緊張するんだよ」
「仕方のない人」
くすくす笑いながらも、俺の襟を直してくれる。ああ、これだけでも癒される……
こうしてエレーヌが側にいてくれるのは、本当にホッとする。もう、いてくれるだけでいい。俺にとっては最強の精神安定剤です。
そのまま、ふんわり抱きしめる。今日は着飾ってるからね、ぎゅってすると崩れるのでしない。そこは我慢。やったら怒られる。
「ああ、可愛い……」
呟きながらエレーヌの柔らかな髪に頬をすりすりしてたら、背中をぱしぱし叩かれた。
なんですか、奥さん。
「可愛いなんて言われる歳ではありませんわよ、私」
「うん? エレーヌは可愛いよ?」
呆れ気味に言われたけど、即否定。エレーヌは美人さんだし可愛い。それは間違いない。
「旦那様くらいですわよ、そのような事を言うのは」
「そうかい? まあ、私が一番、君の魅力をわかっているからね」
言いながらひょいっとエレーヌを持ち上げると横抱きの状態で膝の上に座らせる。
うん、美人さん。歳を重ねても美しいし可愛い。俺にとっては最愛の奥さんだ。
「旦那さま?」
「なにかな?」
「何をなさってますの?」
「今の内にエレーヌを補充しておこうかと思って」
「今日はあの子たちの結婚式ですのよ」
「わかってるさ」
この後も緊張するのわかってるから、今はこうしていたいんだよ。
「あ~……エレーヌと結婚した時くらい緊張しているかも」
「そんなにですの?」
「うん。あの時はエレーヌが女神にしか見えなくて夢でも見ている気分だった」
本当にね、純白のドレスに身を包んで俺の前に現れた時は言葉が出なかった。これから式だっつーのに嬉しくて嬉しくて感動しすぎて危うく号泣するとこだったよ。何とか堪えたけど。
「旦那さまも素敵でしたわ。友人たちが旦那さまに見惚れている姿を見て、素敵でしょう、私の旦那さまなのよって思っていましたもの」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
こめかみにキスを落す。顔は、ね。お化粧取れちゃうから。
「旦那さまは、学園に入学する前からすでにかなりの家が旦那さまの婿入りを希望していたんですのよ。本当に競争率が激しかったんですから。あまり自覚はされていないようですけれど、私もそれなりに大変でしたのよ?」
「そうなの?」
何それ知らない。
いやまあ、モテてる自覚はあったよ? 俺、入学時にはすでに近衛の登用試験をパスしてたので、そこそこ名が知られていたしね。でも、学園には俺以上の優良物件何て他にもいたし、そもそも俺は入学したその日にエレーヌに一目惚れして他は眼中になかったから、他の女性には全く意識が向かなかったんだ。だってもう、その日からなりふり構わず猛アタックしてなんとか振り向いてもらえて、そこからはエレーヌ一筋だったんだよ。いまに至るまで。
「そうですわよ。ですから、旦那さまから思いを告げて頂いた時には夢かと思いましたもの」
そう言って、ふんわり微笑む奥さん。あああ、可愛いっ!
あれ。でも俺、奥さん落すのにかなり苦労した記憶があったんだけど?
「私もグランジェ家の人間ですもの。我が家にふさわしいかの見極めは必要でしたから」
疑問を口にしたら、そう返された。まあ、そりゃそうか。
代々騎士の家系で、名門と言われたグランジェ伯爵家だ。あの頃のエレーヌは既に婿を取って家を守らなければならない立場だったし、家を継ぐ以上はグランジェ家にふさわしい人間でなければ受け入れられなかったわけだな。つまり、騎士として身を立てることが出来るだけの実力、そして近衛騎士として城へ上がれるだけの知性と礼儀作法等を身に着けているか。
「旦那さまはすでに近衛騎士としての資格をお持ちでした。学園に通うという事で、お勤めは限定的でしたのよね」
「そうだね。一応、見習いと言う形での登用ではあったから。在学中は近衛騎士としての基礎知識や式典の際の特殊な作法などを中心に学んでいたかな」
俺含め、そんな扱いの近衛騎士見習いは現役騎士から指導を受けていた。その時の教官役の一人が俺の義父でもある当時のグランジェ伯爵だったんだけどね。あ、グランジェ伯爵にはエレーヌと出会う前から指導を受けてました。言うなれば俺にとっては師匠みたいなもんです。
「お父さま、ずいぶんと褒めてらしたのよ」
「……義父上に褒められた覚えはないんだけどねぇ」
かなり厳しく指導された覚えならある。ただまあ、俺もエレーヌの存在を知ってからは特に、なんとしてでも認めてもらうんだって、がむしゃらに頑張ってたからなぁ。
「あの頃のお父さま、鍛えがいがあると言って嬉々としていましたわ」
「あ~……」
まあ、確かに鍛えられた。近衛騎士として必要な事全般、学園に通い始めた最初の半年くらいで詰め込まれた。ものっ凄いスパルタだった。
俺、よく耐えたよなぁと今でも思う。だけど本当にね、エレーヌ以外は考えられなかったんだよ。エレーヌに振られたら俺、たぶん独身貫いていたと思う。そのくらい、好きで好きで仕方なかった。いまも好き。
……あれ。でも俺、厳しく指導された覚えはあっても理不尽な事を言われたりやられたりしたことはなかったな。
という事は、だ。
「義父上、もしかして最初から認めてくれていた?」
「はい。かくいう我が家も、是非とも旦那さまを婿にと考えておりましたの。ですから旦那さまから思いを告げて頂いてすぐ、お父さまに相談したのですが……お父さまからもう少し形になるまではダメだと言われてしまって。本当はもっと早くお返事したかったのに」
「ああ、うん。義父上らしいね」
恐らく、俺が義父上の考える及第点に達するまでは様子を見ていたんだろうな。当時、最年少の見習い近衛騎士でまだまだガキンチョだった俺だ、足りない部分はいくらでもあった。まだしばらくは見極める必要があると考えたんだろう。
そんな感じで学生時代の懐かしい話やらに花を咲かせていると。
「おじゃまー、相変わらずべったりだな」
その声と共に入ってきたのは、規格外娘たち。シルヴァンとレティ、両方の希望もあったので出席してもらった……んだけど。
待って。なんか、エルとミサキの足に、ものっ凄い可愛いのが張り付いているんだけどなにそれ。
「アレックス、挨拶しなさい」
エルに促されて、エルの足にしがみ付いていた小さな影が前に出てきた。
もじもじしながら前に出て来て……え、何この子。めちゃ可愛いんだけど。
「あれっくしゅでしゅ」
ぺこりとお辞儀してご挨拶。
話に聞いていた、エルの息子らしい。
「ほら、イザーク君も挨拶しな」
ミサキに促されて、もうひとつの小さな影が出てきた。
ちょっと待って、この子もめっちゃ可愛い。
「イザークでしゅ!」
こちらも元気にご挨拶。
なんだこれ。なんだこの可愛い子たちは。
「あらあら。いい子ね、ちゃんとご挨拶できて」
いつの間にやら男の子の前で身をかがめてたエレーヌに、俺も隣につく。
「私はルシアンです。よろしくね、アレックス、イザーク」
「私はエレーヌよ。よろしくね、可愛い紳士さんたち」
「「あいっ」」
そろって、にこーっと笑ってそう答えてくれた子たちの可愛い事!
思わずエレーヌと二人で悶絶。ちょっと待って、マジヤバいこの子たち。ウチの子たちの小さい頃を彷彿とさせる。
二人とも、銀髪に赤い瞳。いや、アレックスはエルと同じで片目が紫だけど。一瞬、兄弟かと思ったら全然違ったよ。アレックスはエルの息子だけど、イザークは違った。とんでもない大物の息子だった。しかもミサキの弟子って。この年で付与魔法使えるってどんだけ天才児だよ。
どうやら今日は式のお手伝いに来てくれたらしい。いや、式で結婚指輪を運んでくれる子を捜してたんだけどね、丁度いい年回りの子が少なくてさ。どうしようかと考えてたら、ミサキが心当たり在るって言うから任せてたとは聞いていたんだ。レティから。
でも、さ。
「アストラガルの宰相の息子ねぇ……」
聞いてびっくりだよ。魔族じゃん。初めて見たよ、こんな可愛い魔族。そんな大物の息子が弟子って何。ミサキ、お前何なの本当に。
色々と付いて行けなくて悶々としている間にも、二人の可愛らしい天使たちはお着換え終了。この日の為におそろいの衣装を誂えてくれたらしい。これがまた可愛いのなんの。奥さんが大喜びしてますよ。
「あらぁ、可愛いわぁ。ステキねぇ。あら。おそろいのブレスレットしてるのね」
「こえねー、かーしゃまとねー、みさきちゃんがつくってくえたんだよ」
「そうなのね」
にっこにこなアレックスに、奥さんもにっこにこですよ。
「ねーしゃまねー、しゅごいんだよー。えるしゃんもねー、しゅごいのー」
「そうねぇ、お二人とも素敵な魔道具職人ですものね」
「こえねー、じーくもおんなじなの」
「あら、聖女様の下の息子さんね。そう、二人ともジークともお友達なのかしら?」
「「おともだちなの!」」
すごい、声だけじゃなく動きもそろってる。
なんだこれマジ可愛い。ウチの奥さんも一緒に可愛い。ホント、なにこれ。
「……ナニコレ」
隣で同じようにおこちゃまたちを見ていたエルに言う。
「可愛いでしょ」
「いや、可愛いとかそういう次元の問題じゃないよね?」
「うん。アチコチでいろんな人を骨抜きにしているよ」
そのアチコチでの逸話を、苦笑交じりにエルが教えてくれた。
そもそも、初めて二人を会わせたのは昨年の事。ミサキが可愛い弟子が出来た、アレックスと気が合いそうとエルたちを呼び出して会わせたのがきっかけだったらしい。初対面のその場で、すぐに仲良くなってしまった二人の、あまりにも可愛らしい言動の数々は、居合わせた連中の大半を悶絶させたようだ。うん、なんとなく想像できる。
「まあ、あの子たち、幼いけど利発だから。ちゃんとお役目はこなせるから心配しないで」
「そこは心配してない。むしろハプニング起きてもいい」
絶対、可愛いことにしかならない気がする。
「父上、そろそろ……ああ、到着されていたんですね」
入ってきたシルヴァンが、ミサキたちを見てふわっと微笑む。真っ白のタキシードに身を包んだ息子君、何時にも増して色男っぷりを発揮してますよ。お前、本当に何を着ても絵になるな!
「「おにーしゃん、おめでとー」」
「ありがとう。今日はよろしくね」
「「あい!」」
おこちゃま二人がシルヴァンにおめでとうって言ってくれたよ! なんて可愛いの!
「姉上たちも色々とありがとうございました」
「キニスンナ。今日はおめでとう」
「シルヴァン、おめでとう。わかっているとは思うけど、ここからがスタートだからね。二人で幸せになるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
二人と穏やかに会話しているシルヴァンに、俺はちょっと感動してる。なんか、可愛い息子が出来たと思ってた頃が懐かしいよ。いつの間にこんなしっかりした顔をするようになったんだか。
嬉しいような寂しいような。
この成長は喜ばしい事だけど、手を離れる寂しさはやっぱりある。まあ、今後も当面は同じ屋敷で暮らすわけだし、特に今までの生活と変わるってわけではないんだけど。
さて、そろそろ俺は、レティの元へ行かなくては。
部屋に集まっている連中にまた後でと言い、レティの控室へと急ぐ。
ゲームでは、まだまだ序盤。これからだ。
だが、今回の事で俺の中ではひと段落を迎えている。今のところは心配していてた強制力のようなものもなさそうだし、ヒロインと邂逅した今もシルヴァンのレティへの態度は何ひとつ変わらない。
二人に関しては、もう心配はないのだろう、と思える。
レティの控室へ行き、ノックをするとすぐに聞こえてくる娘の声。
扉を開け、そこには。
「……綺麗だ、レティ」
思わずそんな言葉が口から零れ落ちた。
「ありがとう、お父さま。お父さまにそう言ってもらえるの、嬉しい」
輝くような笑顔でそう言い、こちらへ近づいてくる娘。
ああヤバイ、もう泣きそう。
さすがにまだ早いだろうと堪えるが、俺、式の終了までもつのかな……
「お父さま。ここまで育ててくれて、ありがとう。たくさん可愛がってくれて、ありがとう。ずっと……守ってくれて、ありがとう。大好きです」
「レティ……ああもう、泣かないで。まだこれからが本番なのだから」
ポロポロと涙を流すレティ、慌ててハンカチで優しく拭う。
お化粧が崩れちゃうでしょ、まだ待って。釣られて俺も泣きそう。
「おとう、さま」
「うん、私の大切な娘だからね、君は。大切にするのは当然だろう」
可愛い可愛い、我が子だ。
記憶を取り戻した時に、真っ先に思ったのは娘を、家族を守らねばという事。その為にここまで色々と手を回してきたんだ。
「私、幸せです。お父さまとお母さまの子供で」
綺麗に微笑んだ娘からの、最高の賛辞。
もうね、その言葉だけで今まで頑張ってきた苦労が報われる気がするよ。
「それは私の台詞だよ。生まれてきてくれて、ありがとう。幸せになりなさい、レティシア」
「はいっ」
その後、教会に移動して行われた結婚式。
ウエディングドレスに身を包んだ愛娘と共に進み、シルヴァンへと届けた。
それぞれリングボーイから指輪を受け取り、それぞれの指に治まったリング。
歓喜に満ちた表情で涙を流す娘、それを優しいまなざしで見つめる息子。
もう、見ているだけで胸がいっぱいだ。
参列者は、近しい身内と友人たちのみ、教会の外では孤児院の子供や職員たちが花道を作って二人を祝福してくれた。
たまたま通りかかったであろう街の人達もおめでとうと言葉を投げてくれ、幸せそうに顔を見合わせて微笑む二人。
この笑顔を守っていかないとと改めて思うよ。
すでに俺の知るゲームの流れとは異なる道を歩み始めた二人。お互いを信頼し、寄り添っていける伴侶として仲良く支えあっていけるだろうと思う。
親しい仲間もいて、気の合う友人もいて。
2人ともゲームの設定とは程遠い人物像にはなっているが、いまの方が断然、人間らしい。この幸せな時間がずっと続けばいいと、心から願う。
その後、我が家では大宴会。
リオネル殿下が陛下からの祝い品だと言って高級ワインを大量に持ってきてくれたり、義両親がこれまた最高級の肉を差し入れてくれたり、エルやミサキがそれぞれの大陸の名産を持ってきてくれたりと、楽しい時間は瞬く間に過ぎて行った。
深夜。
執務室でひとりグラスを傾けていると、扉が開いた。
「ご一緒してもよろしいでしょうか」
そう言いながらつまみをのせた皿を片手に入ってきたエレーヌに、思わず苦笑。
「どうぞ、奥さん」
自分の隣をポンポンたたけば、エレーヌは隣に座ってくれた。
空のグラスにワインを注ぎ、渡す。
受け取ったエレーヌが一口飲むと、こちらを見て首を傾げた。
「眠れませんの?」
「そう……だね。色々と思い出していた」
ある日、唐突に蘇った前世の記憶。
当時は大混乱だったけれど、今思えばあのタイミングで思い出せたのは僥倖だった。レティシアを我儘に育てることもなかったし、何よりエレーヌを失わずに済んだ。
この記憶が蘇っていなければ。恐らく避けることはできなかっただろう。
でも本当は、ずっと葛藤があった。
未来を勝手に変えるようなことをして、本当にいいのだろうかと。
自分が干渉することによって、何か大きく歪めてしまったりしないのだろうかと。
それでも、家族を失いたくなかった。
なによりエレーヌを失いたくなかった。
いま、こうして共に居られることに後悔はない。それは断言できる。
レティのことはまだこれからの部分が大きいが、それでも相思相愛の相手と結ばれてくれたのは正直に嬉しいし、ほっとした。シルヴァンならあの子を裏切るようなことはしないだろうし、何があっても守ろうとしてくれるだろう。
こういった結果に結び付くことになった、未来を変えてやると決意した、あの時の決断が間違えていたとは思わない。
それでも、時折ふと思うのだ。
本当に、これでよかったのかと。
「……旦那さま」
「うん?」
「私、幸せですわよ」
にこっと笑いながら奥さん。
いきなりなんだろうかと、きょとんとしてしまった。
「こうして旦那さまの隣に、当たり前のようにいられること。本来であれば、私はすでに儚くなっていたはずです。でも旦那さまがそれを変えてくださったわ」
奥さんの手が俺の手に触れてくる。
「私がこうして生き残ったことで、どこかに少なからず影響が出ているかもしれません。それでも私は、こうして旦那さまと一緒にいられる今がとても幸せなのです」
「エレーヌ……」
「旦那さま……ルシアンさま。ひとりで背負わないでくださいませ。貴方の苦しみを私にも背負わせてください。私は……貴方の妻です」
もう、たまらなかった。
エレーヌが愛しくて仕方ない。
抱き寄せて腕の中に閉じ込めれば、背中に回される手の感触。
ああもう、本当に。
俺は、この女性無しでは生きていけない。
「……ありがとう。エレーヌ」




