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黄金の風  作者: アウラ・A・グラータ
過去からの漂流者
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ブラックホール・サルベージ 2

ステーションからは遠く離れ、銀河面からも外れた。レーダーにも周囲に宇宙船はないし電磁波も飛び交っていない。


「そろそろかな。D.D.は何か見えるかい?」

『パッシブレーダー、アクティブレーダー、重力波レーダー、全て感なし。光学解析、異常なし。周囲に宇宙船はいないようですね、マルグリット』

「よし。次元潜航用意」

『次元潜航用意。オービス粒子展開。エーテリックジェネレータ稼働開始。慣性緩和システム出力増加。閉弦状態に移行完了』

「六次元潜航開始。潜航と同時に加速を開始せよ」

『六次元潜航、開始します』


スクリーンに映されていた外部映像が消えた。

オービス粒子はエーテリックエネルギーに反応して相互に結合し、その粒子に包まれた内側の空間を閉じてブレーンから離れる。かくして包まれた宇宙船は三次元の縛りから解き放たれ、高次元空間においては三次元空間における光速を超えた速度で移動可能になる、だったか。

私には難しいことを言われたって分からないが、こいつがとてつもないもんだってのは分かる。普通の超光速航行に使われるワームホールは、探すのも大変で維持するのも大変だ。馬鹿高いエキゾチック物質が通る度に必要で、星系外渡航船なんてほんの一部の金持ちしか使ってない。一般人は一生に一度奮発することがあるかないかくらいだろう。まあ、私の知識は三百年前のだけれど、それにしたってワームホールに変わる新しい超光速航行技術ができたなんて聞いちゃいない。まるで未来か、別の文明から来たみたいな技術だ。エーテリックエネルギーなんて、ステーションじゃ聞いたこともない。


『六次元空間到達。船体過重力既定値通り。エーテリックジェネレータ出力安定。オービス粒子泡安定。慣性緩和システム出力安定。加速度は10c/d』

「ふう、一段落だね。目標までどれくらいだい?」

『三十日というところです、マルグリット。入力された座標によると今回のブラックホールはこのあたりです。今私達の位置はこのあたりでしょう』


先程まで外部の映像が写っていたスクリーンに地図が表示される。目標は銀河の中心のほど近くで、巨大なブラックホールがいくつも浮いている船の墓場みたいなところだ。普通の船なら近づくだけで二度と戻ってこれない超危険地帯。全く、これだからやめられない。いつもいつもアウレアは通常考えられないほど危険な地帯を教えてくれる。


「中心にだいぶ近いね。重力の影響は大丈夫なのかい? 高次元空間じゃあ阿呆みたいに重力も強いんだ。三次元空間でだってあんなありさまなのに」

『もちろんです、マルグリット。とは言え、引っ張れるのはいつもより少ないでしょうね。まあ、脱出できなかったら宇宙の終わりが鑑賞できると喜びましょう』

「馬鹿言ってんじゃないよ、まったく」


ブラックホールの内側から外を見ると、とんでもなく早く時間が過ぎていく。外から内側を見た時、事象の地平面に物体が止まって見えるのと逆の理論だ。とはいえ私達が活動する範囲は事象の地平面は愚か、エルゴ領域にだって接したりしない。そんなに近づきすぎれば脱出速度がどうこう以前に、引力でばらばらになってしまう。

それでも通常の宇宙船じゃとてもじゃないが脱出できないほど危険な領域だ。万が一デブリにでも当たってエーテリックジェネレータが壊れれば私も助からないだろう。


「私は部屋に戻って少し眠るよ。何かあったら起こしてくれ」

『了解。良い夢を、マルグリット』


これから三十日は外も見れない退屈な日々だ。この技術が普及すればともかくとして、周りに何もいない今じゃ、高次元にいる限り事故らしい事故が起こったこともない。私も安心して眠れるというものだ。









端的に言って、宇宙で飯は食べるものじゃない。つまり、まずい。


「あんたが羨ましいよ、D.D.。何せこれを食べなくて良いんだからね」

『おや? 今回も口に合いませんでしたか、マルグリット。それなら別の味を用意しましょうか。何百種類でも味がありますよ。それが人工栄養ペーストならね。人工肉ペーストにしますか? 人工野菜ペースト?』

「結構。まったくいつになったらこの味や食感は改善されるんだい。あるいは天然食の価格改善は?」


人工肉ペーストも人工野菜ペーストも色が違うだけ。どのフレーバーもはっきりいってまずい。なまじブラックホールサルベージで儲けて、天然食レストランなんかに行っちまったのが悪いんだが、それからというもの宇宙食はまるで残飯としか思えなくなった。形だけはまるでサラダやステーキみたいななりだが、その実食感と見た目が違うだけだ。味はどちらも最悪。第一、レタスはこんなチップみたいにパリパリしちゃいないし、ステーキはこんなゼリーみたいに柔らかくない。


『アイラステーションにおける、食料生産のうちどれくらいが天然食か知っていますか、マルグリット? 0.01%。 0.01%しか無いのですよ。しかも二百年前からこれっぽちも、ほんの少しも、1キログラムだって、全く増えていないのです、マルグリット。つまりステーションには、宇宙で天然食が豊富に食べられるくらい家畜様や野菜様を増やす計画はないということです。ついでに言えば需要も』

「はぁ。次の時代についたらこのペーストディスペンサーを変えるとしよう。何せ八百年は経ってるらしい、さぞ良いものが出てるに違いないよ」

『私は人類が食事を取らなくなっていても驚きませんね。人工栄養ペーストも廃れて、無痛注射器で栄養や糖分を直接血液に送り込んで食事と言い張るに違いありません』

「嫌な未来だ。冗談でもやめてくれ」


全く、ステーションの天然食レストランがもう恋しいよ。ん、そういや、天然食レストランといえば、私にはあれがあったんだった。









端的に言って、仮想空間で飯は食べるべきだ。つまり、うまい。当たり前だが人工栄養ペーストと比べれば天と地の差だ。


「VR装置なんて、エネルギーリソースを食うばっかりで利点なんてあんまないと思っていたが、こいつはいいねえ。思い切って買ってみてよかったよ」

『なるほど。これがマルグリット行きつけの天然食レストランの味ですか。きっとこのパラメータを解析して入力された方はさぞ苦労したのでしょうね』

「パラメータなんて言うな、味が落ちるだろう」

『はて、味パラメータ以外に味の要素が?』


ダメだ、D.D.とは主観について語り合えない。食べ物の味とか食感とか、好き嫌いとかいう次元じゃないよ。

にしてもまさか、ここまでのもんだとは私も思ってなかった。冷やかしにどんなもんがあるのかとおもってVRデータショップに行ったら、行きつけの天然食レストランが幾つかのメニューをデータ化して販売していたのだ。ついでに宇宙の七名泉なる温泉データも買ってしまい、大急ぎでVR装置を業者に注文して取り付けた。

味覚なんてのは一番再現が大変らしく、ゲームなんかで容量削減のために嗅覚と並んで真っ先に削除される部分だ。そこにこだわっているだけあってこの空間は椅子と机、それからメニュー以外はレストランの風景を部屋の壁にそのまま表示してあるだけ、実際には狭い部屋だ。だが、出て来る料理はまさに天然食そのもの。


「サラダやステーキってのはこうじゃないとね。これで栄養がないなんて嘘だろう。嘘に決まってる。嘘だったら良いのに。ああ、私は明日もあのまずいペーストを食わにゃいかんのかい」

『全て廃棄しますか? マルグリット』

「廃棄するわけ無いだろ、何食えってんだい。だけどこいつを体験するとますますさっきあんたが言ったことが現実味を帯びてくるねえ」

『嗜好としての食事はすべて仮想空間で、ですか。十二分にありそうですね』


ほんと、嫌な未来だ。きっと人類は仮想空間に引きこもってるに違いないね。


その後デザートまで食べた。メニューの上から下までだ。仮想空間だけあっていくらでも食べられる。


「ふう、食った食った。どれ、次は温泉でも試してみるか」

『体が清潔になるわけでもないのに、温泉に入る意味があるのですか? マルグリット』

「気分だよ、気分。今は窓から星も見えやしない。せっかく風呂場には全天スクリーンがあるのに。けど、仮想空間なら関係ないだろ。さーて、どこの温泉かな」


私のドランケンドウェルグはかなり趣味に走って、もとのサルベージシップから改装してある。風呂場のスクリーンもその一つだが、次元潜航中じゃなんにも見えやしない。

宇宙の七名泉なんて、聞いたこともないが一体どこかねえ。

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