ブラックホール・サルベージ 1
ブラックホールサルベージ……宇宙でもっともスリルがあった仕事であり、それを生業とするブラックホールサルベージャーは宇宙でもっとも世間知らずであった。ブラックホール付近では時間経過が遅くなるために、戻ってきたときには何十年、何百年も経っているためだ。宇宙暦1300年代まで、当時の人類版図の端の方で盛んであったが、その後危険であるためか急速に衰え宇宙暦2486年現在では慣用句に名が残るのみである。なお、彼らがいかにして次元航行を行っていたかは謎に包まれている。
ずいぶんとレトロな船を使ってると思った。よほどの辺境から来たと見え、まるでブラックホールサルベージャーのように世間知らずだった。まさか、本当にそうだったとは。
――アールヴ帝国第四辺境星区管理官アドラ・ステラ少将
「こちらが今回の分です。それからこちらがいつもの物。そろそろ掘り起こしに行く時期ですよね、マルグリットさん?」
「ああ、もう戻って五年も経つのか。あんたとはもう二十年来の付き合いになるな」
廃船の電子権利書を渡し、その報酬をもらう。この廃船サルベージを初めて三十年。街の裏でちっぽけな廃船回収業をやってるこの女主人、アウレアとも二十年以上の付き合いだ。
「私の主観では三百年は経ってるんですが、全く、あなたも危険を承知で良く行きますね。ブラックホールサルベージなんて」
「薦めてきた奴に言われたくないね。一回で三十年も四十年も経つおかげで、新しい物を買って戻ってくる度に、新しいのが出てる。それも何十倍もすごいやつだ。おかげで稼いだ金が全部吹っ飛んじまう。だがたしかにスリルがあるし、何よりこの次元航行って奴が私らしか出来ないってのが最高だ。あんた、どっからこんな超技術をもってきたんだい?」
ブラックホールサルベージ。こいつに言われるまま始めた、新しい稼業だ。このちっぽけで、おんぼろな回収業者がもってるとは思えない、ワームホールなんて目じゃない超光速航行を利用した、ブラックホール付近のものを回収する仕事。ブラックホール付近のモノは状態も良いし高値が付く。危険手当だって高い。だが、コレを始めてから本業は縮小するばっかり、今では私一人で廃船探索から回収まで全部一人でやる羽目になった。同業者もみんなてんでばらばらな時代にとんじまうからほとんど出会わない。
「まだまだ企業秘密です。もしかしたら次は教えてあげられるかもしれませんが」
「またそれかい、全く。よし、口座への振り込みと座標も確認した。そろそろ私もこの時代に飽きてたんだ。私が次に来るまで生きていてくれよ?」
「何歳になっているかは分かりませんが、生きていることは保証しますよ」
「はぁ。そんな簡単に断言できる、長生きの秘訣を教えて欲しいもんだ」
「ちょっとブラックホールまで旅行するだけです、と言ったら信じます?」
「信じないね。そんな都合よく私より前に出れるわけないだろ」
「では、長寿の秘訣も企業秘密です。いつかお教えしますよ」
「いや、察しは付いてる。教えて貰う必要はないよ、私にはまねできないだろうからね」
この目の前の女主人は、何年経っても歳を取らない、とんでもなく不思議なやつだった。オマケに記憶力も桁違いに良く、超高性能アンドロイドなのではないかと疑っている。
「じゃあ私は必要な物資を買ってドランケンドウェルグに戻るよ。出発前にはまた一報入れる」
「はい、またのご来店をお待ちしております。次の時代で」
「Mコンテナは食料、Nコンテナも食料、Oも食料。Pコンテナが医療品と。これでコンテナの方は大丈夫だな。次はエンジンルームか」
『相変わらず、心配性ですね、マルグリット。私の計器類は全て完璧に動作しており、それらによれば全て規定範囲に収まっており完壁ですよ』
「だめだ、自分で見なければ安心できないね。計器に頼りすぎるのは止めた方が良い、D.D.」
『私自身が計器なので、その命令は承りかねます』
コンテナの中身をチェックし終え、エンジンの点検に行こうというところで現れたのは、無骨なアンドロイド、D.D.――ドランケン・ドウェルグだった。
その名の通り、このサルベージ船ドランケンドウェルグのメインコンピュータと直結した人工知能で、今や唯一となった私以外の搭乗員だ。コイツがいないと船を動かすこともままならない。
「とにかく私はエンジンを確認してくる。あんたはとりあえず、フライトプランでも提出して発進を申請しておいてくれ」
『分かりました、帰還予定は、五百年後くらいにしておきますか?』
「どうせ、奴らは見ちゃいないよ。ジョーク回路に回す余力があるなら、もう一度船体検査でもやるんだね」
『至って、真面目なつもりでしたが。…分かりました、とりあえず、いつも通り空白にしておきます』
ブラックホールサルベージでは、行って帰ってくるのに一体何年かかるか、まるで予想も付かない。時間の速さが違いすぎて、まさにハイリスクだ。それでいて死の危険性は実はあまりないことが、ここ数回で分かってきた。つまり、安全にリスクが楽しめ、しかもその実戻ったときに時間がたっていた方が利益率が高い。なにせ、骨董品には価値がある。
どの時代にも骨董品収集家という者はいるもので、あの女店主がどこの好事家に売ってるかは知らないが、いつもそこそこの値段で買い取ってくれる。その時代の型落ち品を買うのに困らないくらいには(もちろん、使ってるやつより数十倍は性能が良い)。
――よし、エンジンも、これなら完璧だろう。
エンジンの確認を終えてブリッジに戻ると、ちょうどD.D.が船内質量を再確認しているところだった。いや、わざわざスクリーンに表示して確認して見せているところだった。D.D.は自身のためにはスクリーンに映す必要がないのだから。
「ご苦労、D.D.。質量確認ばっかりは、お前の計器が壊れてないことを祈るしかない。完璧だろうね?」
『もちろんです、マルグリット。なぜなら、壊れていても私には感知できませんからね。……冗談です。私は自己診断プログラムに従い、回路に破損があればそれを検知し、修復する機能を擁しています。そして今、不具合なく、船内質量計は規定通りの数値を示しています。ホコリ一つ余分にはありませんよ』
「結構。序でにそのブラックジョーク回路もオフにしてくれると助かるんだがね」
『何度も申しましたように、ブラックジョーク回路なるものを私は検知できません。自身を構成している回路は全て把握してますけどね。もし私がブラックジョークを言っているように聞こえるなら、それはマルグリット、貴方の感性の問題か、きっと設計者によって私自身に検知されないように作られているのです。私をオフにすれば、ブラックジョーク回路をオフにできますよ? オフにしますか?』
「あんたをオフにしたら、誰がこの船を動かすんだい、まったく。あんたの設計者はよほどひねくれてたに違いない。宇宙でブラックジョークなんて」
宇宙では何かあればすぐさま命の危険につながる。そんなところでブラックジョークなんて、とんでもない。こいつを作った野郎はよっぽどいかれてやがる。
その後も空気や水、燃料の残量、をチェックしているD.D.は放っておいて通信席に座る。
「こちらドランケンドウェルグ。聞こえてるかい?」
『こちらはオーラムヘイム。感度良好。通信時差測定不能。そろそろ出発ですか? マルグリットさん』
「同じステーションにいて通信時差が出るわけないだろ。ああ、もうそろそろしたら出発だからね。今回もあんたには世話になったな、アウレア」
『私はいつも通り穴場になってそうな場所を教えただけですよ。次も教えられるかは分かりませんね』
「いーや、あんたにはいっつも助けてもらってる。あんな私から見たって時代遅れな船をどうやってあんな値段で買って利益が出るんだか。リサイクルに出してるわけじゃなさそうだ」
『またそれですか。ルートを聞き出して、直売しようなんて無駄ですよ。これでも中間マージンをがっぽりもらってるんですからね。ま、次かえってこれたら考えないわけじゃありませんよ』
「なんだって!?」
こいつが自分のことについて何か話すなんて、そんなことはあり得ない。私はこいつと二十年も仕事をしてるが、未だに名前しか知らないんだ。それを大事な商売ルートを教えるだって。
『急に大声を上げないでくださいよ。いや、私もあと八百年か千年くらいでここを畳もうかと思ってるんです。その後なら問題ありませんよ』
「……つまり、この仕事に私が八百年はかかるって、あんたは思ってるんだね? そんなにでかいのか」
ブラックホールが大きければ大きいほど、脱出に時間もエネルギーもかかり、結果としてとてつもなく時間が過ぎてしまう。だが、今までどんなに長くてもせいぜいが百年というところだった。それが、まさか、八百年だって。
『大きさはそりゃあ、まあ。たぶん、今まで紹介した中で一番大きいものの二十倍くらいですね。これより小さいのはもうだいたい掘り終わったので。最近一気に帰ってきたものだから、手頃なサイズのものはもうないんですよ。大丈夫、ドランケンドウェルグの出力なら問題なく脱出できます』
「にしたって、店をたたむなんて急な話だ。あんたがいなくなったらどこに売れば良いんだい?」
『さあ、ご自分で考えてくださいよ。それに、よく考えてください、全然急じゃないですよ。八百年前から店をたたむ準備をする人なんて、聞いたことがありませんからね』
なるほど、そいつはそうだ。だが、なんだって店をたたむなんて。
『どうも、中央の情勢が不安定でして。そろそろ戻らないといけないんです』
「あんた、中央から来てたのか。それにしても八百年後の情勢を気にして、しかもそれが、そろそろ、なんてあんたにしか言えないな。……よし、こっちは出発許可がおりた。どうやらお別れだな。中央に戻ってD.D.の設計者に会うことがあったら文句の一つ二つ代わりに言っといてくれ。ブラックジョークはたちが悪いよ」
『分かりました、伝えておきます。では、ご武運を』
そこで通信は終わった。ちょうどD.D.がエンジンを始動させ、指定順路にのせているところだ。
ステーション内で事故なんか起これば大変なことになるために、一々指定された順路、場所での発着が求められるのはしかたのないことではあるが、すぐそこに宇宙があるというのにもどかしい。こればっかりは全く改善される見込みもない。
ようやく、発進の順番が回ってきた。指定のレーンにはいり、船首を外へと向ける。
「エンジン出力上げ。30秒で標準速度まで加速後、十分にステーションから遠ざかって潜る」
『了解』
一応指示を出したが、D.D.とも長いつきあいだ。何も言われずとも目的地への航路の算出も、エンジンの管理も、全部やってくれている。
つまり、航宙士、機関士、操舵士の仕事だ。他にもD.D.は砲手や通信士も兼任してくれているし、医療知識もあるため、いざというときは船医にもなってくれるだろう。
私はD.D.に指示を出す必要すらない艦長。備蓄の在庫管理などの主計の仕事もしているが、D.D.は自分の計器でそれらを確認しているだろうし、私の仕事と言えば精々補給くらいの物だ。
全く、これじゃ艦長としての私の立つ瀬がないよ。




