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第二話  エピローグ

 

 エピローグ


 グラウンドの赤茶けた土に午後の日差しが降り注いでいる。

 野球部もサッカー部もいない。土曜日の午後にグラウンドが空いているのは奇跡と言ってもいいが、グラウンドどころか、学校中がひっそりと静まりかえっていた。

 学校は一週間の休校になった。

 全員が自宅待機。登校は禁止された。

「カンシタの『検査』は終わったよ」

 ふ、と息を吐きながら、ベンチに腰を下ろした漆黒の男に眼を向けた。

 黒い髪。黒いスーツ。シャツまで黒い。

「『ロゴス』の反応は出なかった。――だろうな、って貌だな」

「おまえの友達は父親のカメラに父親の人格を投映していた。カメラが壊れれば、具現化の条件を失う。おそらく二度と『ロゴス』は出せないだろう」

 黒塗りの眼で男が言う。

「だとしても可能性はゼロじゃない。普通ならカンシタの『検査』は終わらない」

 言いながら、男に近づいた。

「あんたはどこまで関わっていたんだ」

「どこまで、とは?」

「実行部隊が動いていたのは知っていたのか」

 あの日、写真部の部室に現れた男達は、監視室の実行部隊だった。

 具現者の処分を、警察、裁判その他あらゆる公的機関を通さずに実行する権限を持つ。具現者の疑いあり、だけでも処分可能だ。

「おれ達はあのまま処分されてもおかしくなかった。だが、おれとミツルギはすぐに解放され、カンシタは『検査』にまわされたものの、一度の陰性反応で具現者ではないと判定された。あれなら後遺症も残らない。あんたが手をまわしてくれた――とおれは思っているんだがね」

「買い被りだ」

「ジン」

「おまえ達を解放したのも、おまえの友達を自由にしたのも、監視室の判断だ。おれは知らない」

「だがよ――」


「コウ――」


 校舎の影からミツルギが現れた。私服だった。白のコットンTシャツにアクアブルーのカーディガン。デニムのショートパンツ。すらりと長い足が伸びている。

 その後ろから、私服姿のカンシタが現れる。ざっくりとしたセーターにジーンズ。

 線の細い貌に、少し困ったような表情を浮かべている。

「いいのかなあ。デートの邪魔して」

「デートじゃねえ」

「デートじゃないから」

「仲がいいですねえ」

 楽しそうに笑ったのはアンリだ。ミツルギが手にしているバスケットの縁に坐り、足を揺らしている。赤みを帯びた猫っ毛はいつも通りとして、男物の学生服を着ていた。

「よっしゃ。野球をやるぜ」

「野球?」「野球って?」「わあい」「……」

「ああ。言っとくがな、ジン。言いだしっぺはアンリだから」

「コウ君が野球をやってみたいと言ったのです」

 にこり、と笑って、アンリが言う。

「でも。コウ。5人でどうするの」

「4人ですよ。わたしは応援団長です。きりっ」

「それで学生服なのね。そうよね。ちょっと野球は無理よね」

「ピッチャー×バッターの勝負にする。三振または内野エリアの打球はピッチャーの勝ち。四球または外野落ちでバッターの勝ちだ。――ジン。ピッチャーやれよ。ミツルギはセンターで球拾い。カンシタは審判な」

「ジン君。ファイトォ」

「……」

 両手を広げるアンリを見て、ジンが無言で立ち上がった。


 ふれえぇ。ふれえぇ。ジ――ン君。ふれ。ふれ。ジン君。ふれ。ふれ。ジン君。

 かっとばせ。かっとばせ。コ――ウ君。かっせかっせ。コウ君。かっせかっせコウ君。


 アンリの声を聴きながら、ジンがマウンドで両腕を上に伸ばした。

 流れるように踏み出した左足に重心が移り、上半身が大きく傾いた。

 腕が地面近くで孤を描き――


「ス、ストライク」

 キャッチャーポジションからも審判ポジションからも大きく離れた位置で、カンシタがストライクを宣言する。

「振らなければ打てないぞ」

 マウンドに置いたバケツから、ボールを取り出しながらジンが言う。

「その身長でアンダーってのに驚いたんだよ」

「ほう――」

 二球目。浮き上がってくるような球にバットを振った。チップした球がバックフェンスに当たる。

「よっしゃ。タイミングはばっちりだ。――ジン。どうせなら賭けをしようぜ」

 ジンが眼だけを向けてくる。

「おれが勝ったら、あんたが何者か答えてもらう」

「……」

「あんたが勝ったら、おれを人形おたくにしてくれたことをチャラにしてやる。どうよ」

「そうだな」

 ジンの口許にどこか愉しむような笑みが浮いた。

「おれが勝ったら、おまえには特別授業を受けてもらう」

「特別授業?」

「遅刻はクリアできても、進級にはほど遠い成績だ。48時間おれの授業を受けろ。休み明けのテストで、多少はまともな点がとれるようにしてやる」

「48時間? 休校は1週間だぞ」

「1日8時間なら6日で終わる」

「冗談じゃねえ。誰が受けるか。投げろ。バックスクリーン(グラウンドにはねえが)まで弾き飛ばしてやる」

「ふ――」

 ジンの長身が大きく沈み、鞭のように腕がしなった。

 地面すれすれから伸びてくる球に、バッドを合わせる。

「――けえっ」

 振り抜いたバット。飛翔する白球に向かってエールを送るように叫び声をあげた。



 **************************************************************


 ピッ。

 センサーが来訪者を告げる。

 ドアがスライドした。現れた男性職員は、入室する前に部屋の主が不在であると気づいたようだ。

「LEMU。室長は? この時間にアポがあるのだが」

《ラボにいます。――メッセージを受信しました。ラボに来てほしいとのことです》

「了解」

 男が身を翻し、ドアが閉まる。

 ドアに相対するように置かれたエグゼクティブデスク。

 前面に張り出した形の巨大なデスクは、機能性よりも防弾性を重視している。

 部屋の主は部下を信用していないのかもしれない。

 机上に置かれたネームプレートには、役職名は何も無く、ただ名前だけが刻まれていた。


 S.SAKASHIMA――


 **************************************************************



(おまけ)


「おれの勝ちだな。ジン」

「いや。ミツルギが捕球した時点で、おまえはアウトだ」

「ミツルギは球拾いだ。打球が外野に飛んだ時点で、バッターの勝ちだぜ」

「ルールを確認しろ。ボールが外野に落ちたら――とおまえは言った。落ちなかった以上、ピッチャーの勝ちだ。感謝しろ。一週間、みっちり教え込んでやる」

「コウ。一緒に二年生になりましょうね」

「てめ。ミツルギを味方につけるために、『進級』を条件にしやがったな」

「素直にセンターに打ち返した己れの愚策を嘆け」

「こ――のっ」


「あれって仲がいいんだろうね」

「あんなに愉しそうなジン君は久しぶりに見ました」

「いや。僕には愉しそうかどうかわからないんだけど。眼、怖いし……」

「愉しそうですよ。とても……」

「え。もしかしてきみ泣いてるの?」

「いいえ。嬉しくて笑ってますよ。……よかった」


カメラのフィルムについて以下のウェブサイトを参照しました。


Wikipedia:写真フィルム,ネガフィルム、現像

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